皺(しわ)にこそ、人間の光と闇が表れる

【有明抄】しわだらけの手、シミのある目元、まばらな髪…。細密な鉛筆画で知られる画家木下晋さんは、やせ衰えた老人を数多く描いてきた。あるとき脚本家の山田太一さんが尋ねた。絵を描く人なら、若い女性を描きたい、その美しさもたまには自分の絵にしたいとか思わないのですか、と。木下さんはさらりと答えた。「しわのない肌はつまらないから」◆しわもシミも、白髪も抜け毛も、世間から見れば老いは「マイナス」でしかないが、実はそこに豊かな価値があるということなのだろう。「女性にとって最良の夫は考古学者だ」と、ミステリー作家アガサ・クリスティーも語っている。なぜなら「妻が年をとればとるほど夫が興味をもってくれるから」◆全国で65歳以上の女性は2018年に初めて2000万人台に突入し、同世代の男性を500万人近く上回っている。今世紀半ばには5人に1人は高齢女性が占めるという。人口減少が進む社会で、彼女たちの存在感は増している◆ただ、この世代で働いているのは男性に比べまだ半分ほど。近ごろ盛んに語られる女性活躍も、ちゃんと彼女たちまで人数に入れてあるか、少々気になる。元気なおばあちゃんたちが、元気のない社会に活力を与える。そんな時代は遠くない◆また話し合いが長くなる…と嘆く御仁がおられないか心配ではあるが。(桑)(佐賀新LIVE・2021/02.08)

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● 木下 晋 Susumu KINOSHITA

1947富山県に生まれる

196316歳 作品「起つ」を自由美術協会に出品、初入選を果たす。

196922歳 8月村松画廊での初個展で、評論家・瀧口修造と出会う。

197528歳 木下晋油絵展(現代画廊・東京 ’77 ’79 ’81’83 ’85)

198942歳 注連寺に籠り天井画本図を描き上げる。

199245歳 9月念願であったニューヨークでの個展が実現する。(キーンギャラリー)

199750歳 「木下晋 えんぴつの世界 1981-1997」(池田20世紀美術館・静岡)

199952歳 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻非常勤講師(造形基礎)となる。(~2008年)

200154歳 武蔵野美術大学造形学部油絵学科非常勤講師となる。

「スタンダート展」(直島コンテンポラリーアートミュージアム・香川)

200457歳 「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」(森美術館・東京)

200962歳 金沢美術工芸大学大学院博士課程専任教授となる。

201164歳 3月に起こった東日本大震災の被害を目の当たりにし、新たに「合掌図」の制作を行う。

201265歳 「木下晋展 祈りの心」(平塚市美術館・神奈川 他2館巡回)

201568歳 教科書「高校3年・美術」(日本文教出版・三村図書刊)に制作風景と作品が掲載される。

201669歳 「エッケ・ホモ―現代の人間像を見よ―」(国立国際美術館・大阪)

201770歳 「リアルの行方」(平塚市美術館・神奈川 他4館巡回)

5月14日NHK日曜美術館・特集「リアルの行方」に出演

「ニッポンの写実 そっくりの魔力」(北海道函館美術館 他3館巡回)

現在パーキンソン病の妻をモデルにした作品の制作を続けている。

パブリックコレクション

国立国際美術館 福岡市美術館 神奈川県立美術館 富山県立美術館 石川県立美術館 新潟県立近代美術館 宮城県立美術館 平塚市美術館 沖縄県立美術館 他10数館(https://echo-ann.jp/artist.html?name=%E6%9C%A8%E4%B8%8B%E6%99%8B)

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【学校とわたし】 極貧から救ってくれた先生=鉛筆画家・木下晋(すすむ)さん

 終戦2年後、富山に生まれた私は食うや食わずの極貧家庭に育ち、5歳のころ、二つ違いの弟が餓死しました。父はとび職で留守が多く、母は兄を連れて放浪を繰り返していました。小学4年のころ、母を追って街をさまよい、空腹に耐えられずパン屋でコッペパンを盗み、その場で捕まりました。

 施設に保護された私を連日校長先生が訪ねてくれました。その熱意に心を開いた私に、1冊の本をさりげなく置いて帰りました。タイトルは「ああ無情」。ビクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」の児童向け翻訳書です。パンを盗んだ主人公ジャン・バルジャンが成長して市長になる物語を、「僕とそっくりだ。すごいぞ」と泣きながら読みました。「こんな僕でも立派な人になれるかも……」。希望の灯が幼い私の心にともったのです。

 富山市立西部中に進み、2年の1学期終了時、美術の河西(旧姓清水)修子先生から「木下君、夏休みも学校に来て彫刻をしてみない?」と声をかけられました。しかも「昼にはラーメンをごちそうする」と。生活保護家庭の子にとって、給食のない夏休みは「昼抜き」を意味します。願ってもない提案でした。(以下略)(毎日新聞2020年1月20日 東京朝刊)

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 ひたすら、木下さんの作品に向かう。どれくらいの時間が経過したのか、すこしも気にならないうちに何時間も過ごしてしまうことがあります。木下さんが描いた「人」たちの中にこそ、人間の生の歴史が刻み込まれている。そこには外側からは伺い知れない深い「闇と光」があると、木下さんは言われる。ぼくは、ある友人を通して、草津の「桜井さん」とも不思議なご縁を持つことが出来ました。東久留米の多摩全生園には何度か通ったことがあります。「社会の闇や心の闇を描くには、6Bではだめだった」という話に、ぼくは度肝を抜かれた。

 「しわのない肌はつまらないから」というのが、木下晋さんの絵を描く根本の態度であり、生きるための根っこにある思想ではないでしょうか。しわや老衰(もうろく)を、まるで忌み嫌うべき「病」のように排除するような時代社会のもつ、いいようのない闇の深さを、ぼくは今一度経験しなければならないようです。「孤独」というものに、ぼくはまだ遭遇していないのかもしれない。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです