我が生、既に蹉駝たり。諸縁を放下すべき時なり。

 明日は遠き国へ赴くべしと聞かん人に、心静かに成すべからん業をば、人、言ひ懸けてんや。俄かの大事をも営み、切に嘆く事も有る人は、他の事を聞き入れず、人の愁へ・喜びをも、問わず。問はずとて、「などや」と恨むる人も無し。然れば、年も漸う長け、病にも纏はれ、況や世をも遁れたらん人、また これに同じかるべし。

 人間の儀式、いづれの事か、去り難からぬ。世俗の黙し難きに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇も無く、一生は雑事の小節に障へられて、空しく暮れなん。日、暮れ、道遠し。我が生、既に蹉駝たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも、守らじ。礼儀をも思はじ。この心をも得ざらん人は、物狂ひとも言へ、現無し、情け無しとも思へ。謗るとも、苦しまじ。誉むとも、聞き入れじ。(「徒然草」百十ニ段)

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 本日、直前のブログで「日は暮れたが、道はなお遠い」という駄文を綴りました。そこで、「ああ、兼好さんにも同じのがあったなあ」と思い出したので、それをダシにまた道草です。というように、ぼくは道草の愛好家、いや今ではそれは堅固な悪癖になっています。道草をいっぱい食ううちに、何をしようとしているのかがすっかり忘却の彼方に雲散霧消してしまう。このところ、アメリカという対岸の「暴力政治家」の始末に負えない自己終執着に辟易としていました。己の名誉だか、自己評価を高からしめるためにはアメリカという国もろとも、ぶち壊してしまえと言わぬばかりに、「大統領」の椅子に座って、国を乗っ取っていた(ハイジャック)のでした。

 こんなに油っ気の多い見せ物に辟易して、どうしても淡白というか、脂身の少ない魚の刺身に食指が動くのです。心身ともに世情に翻弄され、反吐を吐きそうな気分に襲われると、きまって兼好さんです。いわば、ぼくの胃腸鎮静の常備薬です。新薬ではないから、すぐには効き目はないけれど、じんわりと、ゆっくりと、身中に効き目が表れてくることがある。もっといいのは、副作用がない点ですね。(左図・重要文化財 牡丹麝香猫図 南禅寺本坊大方丈障壁画)

 この度は、どうか。推測ではありますが、これを兼好さんは五十ぐらいで書いたとされます。いわば「五十而知天命」です。「論語」が好きで若い頃から読んできました。文字通りに「論語読みの論語知らず」、それで一向にかまわないという主義で通してきました。この「知天命」はいろいろな含みのある部分ですが、まあ孔子の履歴書(自伝とも)とされてきました。

子曰、
吾十有五而志乎學、
三十而立、  
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩(「為政」編)

 早い時期に学問(道の学問=政治)を志し、三十ほどで自立し、四十になると、迷わなくなる(よそ見をしない)。そして五十になって「天命を知るに至る」、六十になると、耳に従う、つまりは耳に入る事柄は容易に理解でき、ちっとも差しさわりが生じなくなり、そして七十にもなると、己の欲するとところに従って、けっして規(規矩)を逸れることがない。こんな人生が生きられたらなあ、というのが孔子の実感だったんじゃないですか。事実としては、これは「絵に描いた餅」だったのは確からしい。孔子はまっすぐに政治家になろうとしたのではなかった。紆余曲折を経ながらも政治の道を歩き続けようとしたが、時宜を得ず、その道は歩行困難を極めたのです。泥濘(ぬかるみ)を歩いたかのようでした。「子罕」にそれを裏書きするような話が出てきます。(「知天命」については、いつか、どこかで触れてみたい)

子貢曰、 
有美玉於斯、
韜匱而藏諸、
求善賈而沽諸、
子曰、
沽之哉、沽之哉、
我待賈者也。(子罕第九) 

 ぼくも「従心所欲、不踰矩」の関所をはるかに超えたんですが、いよいよ「惑い」が湧き出る如くに噴出するんですから、きっとまだ四十なんでしょうね。「七十而惑亦惑」というほかありません。兼好さんはどう言っているのでしょう。歳をとり、もうなにやかやと不如意になると、どうなるか。

 「人間の儀式、いづれの事か、去り難からぬ。世俗の黙し難きに従ひて、これを必ずとせば、願ひも多く、身も苦しく、心の暇も無く、一生は雑事の小節に障へられて、空しく暮れなん」世の中に自分の歩調を合わせていると、一生、煩わしい些事に遮られてただ空しく、もう後がないところまで来てしまう。

「日、暮れ、道遠し。我が生、既に蹉駝たり。諸縁を放下すべき時なり。信をも、守らじ。礼儀をも思はじ」世の約束事を破り捨てて生きるほかないところに、自分は来てしまった。そうであるならば、信義も忘れ、礼儀も無視する。それでなにか文句があるか、とまるで開き直った風情があります。ここのところに兼好さんの面目があったのかもしれない。

 こんな世捨て人のような心持がわからない人は、「君は狂気だ」「不人情だ」と思ってくれて結構。世間の評判を気にしていたら、いつまでも俗世から足が洗えない。自分の人生じゃないか。謗られようが褒められようが、まったく耳順なんかではないんだから。世を捨てるにも、なかなかの決意や覚悟がいるということかもしれない。そんなことなら、世の中にいて、世捨て人になったらいいじゃないかと、ぼくなどはへらず口をたたきたくなる。つまり「隠居」ですな。

 今の時世に、出家も家出も、とてもできない相談で、どこまでも「世のなか」がついて回るのですね。だから「世にいて、いない」、そんな生き方を求めたくなるのです。すでにたくさんの先輩がおられますよ。これもまた「世捨て人」だと、ぼくは認めているのですが。誤解されそうですが、「ホームレス」とは「ファミリーレス」なんですよ、家族や家庭から切れても生きていこうとする人(homeless・familyless)を指しているつもりです。「独りで生まれ、一人で死する」という定めに逆らわない「生き死に」を、それがまっとうな(足りないところのない)、一つの生涯なのかもしれません。「苦しまじ」「聞き入れじ」をこそ、我が信条(心情)に。

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