島を明るく包んでくれているようだった

 島を包む虹のアーチ クリスマスイブの阿嘉島に奇跡の1枚

(阿嘉島にかかった虹=24日午前10時40分ごろ、座間味村阿嘉島(提供))

 【阿嘉島=座間味】クリスマスイブに阿嘉島で不思議な虹が見られた。撮影したのは阿嘉島在住の女性で、仕事のため、隣の慶留間島に行く途中で遭遇したという。霧のような雨が降る中で、一瞬陽が射した時にかかったようだ。最初は光が足りずにうっすらとしか見えなかったが、次第にはっきり姿を現し、まるで阿嘉島を包み込むような形となった。/ 雨が続き鬱々(うつうつ)とした日々が続く中、光が射したような奇跡的な虹の写真は見た人の気持ちを温かくした。/ 虹を撮影した女性は「島を明るく包んでくれているようだった」と笑顔で話した。(村石健一通信員(琉球新報・2020年12月29日 12:48)

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 海の青、虹の七色。こんな景色に恵まれるとは、いかにも南の島だけに恵まれる幸運しょうね。ぼくは沖縄には出かけたが、島めぐりはしませんでした。気が進まなかったというのではありません。沖縄を考える、ぼくの旅は遅々として進まず、ひたすら「学習」(座学)に専念していた嫌いがあったのです。友人知人もたくさんいたが、今ではほとんど音信が途絶えています。これは沖縄に限ったことではありません。本土においても事情は全く同じ。最大の理由は、ぼくの物ぐさです。別に「仙人気取り」を楽しんでいるのでもなく、他人からそう言われるのは心外で、都会や街中暮らしに嫌気がさしただけであありました。人混みというか、人ゴミというか、ぼくにはそれがたまらなく嫌だったのです。仮の住処が山中といっても、まさか人跡未踏。未開などというのでもありません。ぼく自身は粗野かつ未開ではありますが。

 若い時から、海よりは山、水よりは木、それがぼくの偏愛したものでした。若気の至りで、天城の山中に住もうとしたり、那須の山肌に家を建てようなどと計画にならない無謀な試みをしたこともありました。まだまだ、ネット時代の先行きは見えなかったころの話です。海と山、これは人それぞれに好みがあるのだと思います。他人は知りませんが、ぼくは山に入ると落ち着きます。反対に、海のそばだと、気が休まらない。それぞれが「静と動」かもしれなく、ぼくは「静」がこよなく好きだということになります。(右は阿嘉島)

 島国といわれるだけあって、なんと大小、有人無人を合わせて六千八百余もあるという(海上保安庁による)、まことに、正真正銘の島国です。「日本を愛する」というのは「六千超の島」を愛することだと、偉い人と言い合ったことがあります。「君には愛国心が欠けている」となじられ、それじゃいったいいくつの島から、出来上がっているか、知ってるかと、売り言葉に買い言葉のお粗末でした。上には上があるもので、ぼくの記憶ではインドネシアが一万四千弱、フィリピンは七千余もあるとされています。潮の満ち引きの関係で頭を出したり隠したりするものは除きます。それはともかく、小さな無人島だから、だれかにくれてやるというわけにはいかないのが、近年の世界状況です。尖閣だ、竹島だ、北方領土だといって、その領有権が問題となり続けています。排他的経済水域、実効支配、安全保障上の重要性などが絡み、今にも一触即発の危険地域でもあるのです。(いままた、馬毛島という南の島が問題として浮上しています)

 鳥でも昆虫でも、いとも簡単に島から島へと飛翔しています。人間だけが、愚かにも角突き合わせたり、今にも沈みかけている岩礁をコンクリートで固めて、「偽島」に仕立てたりする。「覇権争い」というメンツにかかわる、沽券にかかわる厄介なものを持っているのが、取り屋昆虫ならぬ、人間たちです。島から島へと瞬時に虹の橋が架かるさまを、ぼくたちはあっけに取られてみるほかないのでしょう。虹が消えたら、また何もなかったように、心中にも「普段(領有権・支配欲)」が居座るのです。たとえ一瞬でも、心のなかに「虹の橋」が架かっていたという記憶は、きっといつの日か鮮明に思い出されて、島に纏わる新たな地平を開く縁(よすが)になる、そんな夢を、ぼくはこの「阿嘉島の虹」を写し取った一枚の写真に託したくなりました。

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