及ばざる時は速やかに止むを、智と言ふべし

 貧しき者は、財(たから)を以て礼とし、老いたる者は、力を以て礼とす。己(おの)が分を知りて、及ばざる時は速やかに止むを、智と言ふべし。許さざらんは、人の誤りなり。分を知らずして、強ひて励むは、己れが誤りなり。

 貧しくて、分を知らざれば盗み、力衰へて、分を知らざれば、病を受く。(『徒然草』第百三十一段)

 中国古典の『礼記(らいき)』を典拠とする段です。

 兼好の言おうとするところは明白です。貧乏な人はカネに苦しんでいるから、それをお礼にする。老人は力を大事だと考えているから、それをお礼に出す。自分の分(能力)をわきまえて、とてもできないと判断したら、直ちにやめる、それが知恵というものです。(そういう判断を)認めない者は、その人がまちがっているのです。分際をわきまえないで懸命に無理をすると、自分がまちがえてしまう。

 貧しくて、分を忘れれば人のものを盗む(そうしてまでお礼をしたくなる)、自分の力が衰えているのに、それを忘れて無理をすれば、病気になる。

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● 吉田兼好= 1283ごろ-? 鎌倉-南北朝時代の歌人,随筆家。弘安(こうあん)6年ごろの生まれ。生家は京都吉田神社の神職。卜部兼顕(うらべ-かねあき)の子。慈遍の弟。卜堀川家,のち後二条天皇につかえて左兵衛佐(さひようえのすけ)となる。30歳ごろ出家遁世(とんせい)し,二条為世(ためよ)に師事。為世門四天王のひとりにあげられ,「続(しよく)千載和歌集」以下の勅撰集に18首はいる。50歳前後に随筆「徒然草(つれづれぐさ)」をまとめたといわれる。文和(ぶんな)元=正平(しようへい)7年(1352)以後に死去。家集に「兼好法師集」。【格言など】手枕(たまくら)の野辺の草葉の霜枯に身はならはしの風の寒けさ(「新続古今和歌集」)(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)

 詳しくは分かりませんが、高師直(こうのもろなお)(『仮名手本忠臣蔵」で知られる、足利尊氏側の武将)に仕えていたともいわれる兼好さんです。早くに出家したのはいいが、なかなか世間から抜け出せなかった気配が濃厚です。まだまだ邪念や世俗の塵が払いきれていない時期の『徒然草』ではないでしょうか。ぼくが通った高校は「双ヶ丘」という兼好さんの「草庵」の北側にありましたから、彼の名前も本についても知っていた。しかし、灯台下暗しというのか、まったく真面目に読みはしなかったのです。著書を手にしたのは大学に入ってからでした。以来、何度読みましたか。年々歳々、兼好さんの「物言い」がついて回るような気がしてきました。さらに言えば、ぼくが住んでいる山中で、いつかひょっこり兼好さんと出会うという気もしなくもない。まるで時代相はそっくりというより、何時の時代でも世間というものは大差がないのだというのでしょう。

 この「段」は「分をわきまえなさい」という教えなのかもしれません。己を知れ、とも。自分のことは自分が一番知っていると思い込む。でも結局は何も知らないままで、いやでも世間に煽られているということになります。時の勢いに「掉さす」ということでしょう。ぼくたちが生きている時代(もちろん、いつだって)には、あちこちに無数の、差された棹が一望できます。世に生きるとは、「棹屋」になることだろうと、早合点しそうな勢いです。まず小学校から「棹を差す」ことを覚える・強いられる。学校段階はとにかく、棹です。長いか短いか、棹をいたるところで差す。それが世間で生きること、つまり他者との競争に勝つ、いい人生の始まりです。世間という本流(濁流かも)に棹を差して、風に乗る。

 延々、棹を差す。どこに差すか。もちろん、時代の流れに、世の価値観や高い評判の方面に向かって、です。「流れに掉さす」とは、「調子を合わせて、うまく立ち回る。「時流に―・す」(デジタル大辞泉)そうこうしているうちに、無理をしてしまうのですが、それに気が付かない。やがて無理に無理を重ねて病になる。この「段」で、ぼくが興味を惹かれたのは、「己(おの)が分を知りて、及ばざる時は速やかに止むを、智と言ふべし。許さざらんは、人の誤りなり。」というくだりです。

 ぼくはどういうわけだか、「分際」という言葉が好きでした。あるいは「風情」という語も。「分際」には多様な含みがあるのです。一例ですが、デジタル大辞泉から。

● ぶん‐ざい【分際】 の解説《古くは「ぶんさい」とも》 身分・地位の程度。身のほど。分限。大した身分でもないのに、という軽蔑 (けいべつ) の気持ちを込めて用いることが多い。「学生の分際でぜいたくだ」 それぞれに応じた程度。ほど。「我が―を知りて、その果報の程にふるまはば」〈沙石集・一〇本〉 分量。数量。「ここにて敵の―を問ふに」〈太平記・三六〉

 兼好さんが言いたいのは(2)でしょう。「ほど」「程度」、いい言葉じゃないですか。ほどを知る、身のほどを知るなどと言います。「風情」はどうか。同じくデジタル大大辞泉から。

● ふ‐ぜい【風情】 の解説[名] 風流・風雅の趣・味わい。情緒。「風情のある庭」 けはい。ようす。ありさま。「どことなく哀れな風情」 能楽で、所作。しぐさ。 身だしなみ。「人の―とて朝毎に髪結はするも」〈浮・一代男・三〉

 ここはやはり(2)でしょうね。「あの人、ようすがいいよ」という具合に言いたいですね。イケメンなんという四角張った表現では太刀打ちできません。「けはい」も、いいですね。自分の分を知る、それは「身のほど」と「身分」を直接に指して言ったことが始まりでしょう。でも徐々に、その人の「人柄」(様子)など、ある種の内面性にまで広げられて使われてきました。まあ、それはともかく、自分の「分をわきまえる」という生活態度を強調しているのは、兼好さんにも思い当る節があったからでしょう。

 とまあ、ああでもないこうでもないといっているんですが、兼好さんが六百年以上も前の人間であることも、その棲み処たる社会も、ぼくたちの生きている時代社会と寸分違わないと、ぼくは気付くんです。人の住む世は変わらない、喜びも悲しみも違わないとするなら、この様な賢人の顰に倣うのに、損はないんじゃないですか。

 虚空、良く、物を容る。我らが心に、念々の、恣(ほしきまま)に、来たり浮かぶも、心といふ物の、無きにや有らん。心に主、有らましかば、胸の中(うち)に、若干(そこばく)の事は、入り来たらざらまし。(第二百三十五段)(つづく)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。