それと分かじ 野邊の里

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 今頃の季節には、きっとこの唱歌が懐かしくなります。初出は大正二年(1913)でした、例によってこの歌も作詞作曲は不詳となっています。それにはいろいろと理由があるのですが、その大半は学校唱歌の揺籃期というか未開拓の時代でしたから、民間人も含めて時の文部省内にいくつかの専門家委員会が作られ、議論(合議)を重ねた末に「唱歌」が出来上がるということだった。作詞や作曲の大家も入った委員会で、いまなら「コロナ専門委員会」「コロナ対策分科会」というようなものだったでしょうか。だれの詞、だれの曲とわからなくても、それを学ぶ(歌う)子どもたちにはあまり関係はなかったとも思われますし、成人してから歌う人にとっても「読み人知らず」では不都合はなかろうと思われます。誰の手になるか知らないで、ぼくたちはたくさんの「ものやこと」を好んだり、大事にしたりしているのが実際です。

 この「冬景色」もそうです。興味のある方はいるもので、歴史的にも高名は方たちが「ホシ」だとされています。なるほど、曲の調べやリズムの展開の具合から、あの方たちであろうといわれれば、「そうかなあ」という気にもなります。でも、ぼくは「古典」というものの作者はすべて「名無しの権兵衛」でいっこうにかまわないと考えているのです。誰が法隆寺を建てたか、誰が「カレーライス」を生みだしたか、そんなことには頓着しないで、いいものはいいし、うまいものはうまいというだけでいいのではないですか。日常生活に欠かせない「火」はだれが発明したか、発見したか。(「子どもたちの遊び」(石井行昌撮影写真資料 明治時代)左上写真)

 この曲の調性には異同がありますが、とりあえずは「ヘ長調」版の楽譜を挙げておきます。

 何度も繰り返し「歌詞」を読んでみる、晩秋か初冬の一日、朝、港には霧がかかっている。舫(もや)ってある舟も、霜が降りて白くなっている。麦畑には人(子どももいるでしょう)が作業をしており、そこに「小春日」が降り注いている。嵐が襲い、雲が低い、時雨(しぐれ)て日が暮れ、陽がかげると、まるで野辺は暗くなって、人家の灯が漏れてこなければ、まるでどこだかわからない。夜明けは遅く、陽の入りは早い。

 この詩を書いた人はきわめて早起きで、湊(江)の住人がまだ起きてこないうちに、海や港を観察しています。まさしく、これぞ「冬景色」という場面ではないでしょうか。今から百年余も前の島の朝景色の一枚でした。三・三・五調というのは、快活、すっきりですね、「寒い、団から出るのは嫌だ」なんていってられるか、そんな調べじゃないですか。

 今ではすっかり「麦畑」が姿を消して、麦ふみなどという仕事も想像すらできなくなりました。麦なんか輸入すりゃいいじゃないかと。「小春日」に恵まれて、咲きだしたのが桜か梅か。拙宅の枝垂れ桜も「返り咲きぬ」で、今も山茶花といっしょに「開花」を楽しんでいる?これを書いているのが夕方の五時過ぎです。少し買い物にと車で出かけて、途中で雨、いや霙(みぞれ)に遭遇しました。いやに寒くなったと思っていたところでした。「野辺の里」という言葉とそれが含む風合いは、ぼくのとても好むところです。同じ唱歌「朧月夜」(大正十三年、六年生唱歌)に「さとわのほかげ」という詞がでてきます。これもまた、ぼくの偏愛する情景です。岡野貞一曲、高野辰之詞でした。「冬景色」も、このコンビの仕業だという説がもっぱらです。「さとわ」という生活の場は、すっかり消されてしまいましたか。

●さと‐わ【里曲/里×廻/里回】 《「さとみ(里曲)」の平安時代以後の誤読》人里のあるあたり。「―の火影 (ほかげ) も、森の色も」〈文部省唱歌・朧月夜〉(デジタル大辞泉)

 「さとわ」「さとみ」」という地名は島中に点在しています。房総半島にもいくつもあります。「里見八犬伝」などはその代表でしょうか。市川には「里見公園」-かみさんと手をつないでだったか、歩いたところでしたー、この近くに「野菊の墓」があります。

 という次第で、小学校唱歌を愛好し続けるのは、ぼくのささやかな趣味であり、また、この島のまだまだ貧しくも健康であった時代、明治という若い時代の詩情というか、気分を味わうための歴史の学習でもあるのです。唱歌を通しても、いろいろの「明治」があったという実感を持ちたいという願いがあります。どんなにひどくても、今日のような腐敗や堕落は、まだ始まっていなかったとぼくは見ています。唱歌にもそれは明らかに透視画のように映っています。真面目であり、誠実であることが虚仮にされない、人間の社会でしたね。(Source by: The New York Public Library ⇓)

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