(同性婚を)認めても、世界は続いていく

(秋田市内の一部の民家に配布されたビラ(画像の一部を加工しています)=性と人権ネットワークESTO提供)

 秋田で投函されたLGBT差別あおるビラ 誇張し偏見 問題の背景は?

 今年9月、秋田市内の一部の民家に「過激な『同性婚合法化』運動に気を付けよう」と書かれたビラが投函(とうかん)された。LGBTなど性的少数者への差別をあおるようなビラは、当事者の家にも投函されたといい、相談を受けた支援団体は「本人たちの幸せを侵害する権利は誰にもない。誤った情報で差別や偏見をあおるとは」と憤る。【高野裕士、小鍜冶孝志】

 性的少数者を支援する団体「性と人権ネットワークESTO」の真木柾鷹代表によると、当事者から寄せられた情報で問題のビラの存在が発覚した。ビラの投函が確認されたのは、秋田市議会でパートナーシップ制度に関する一般質問が出た直後。戸籍上は女性で男性として暮らす当事者の家にもビラが配られ、秋田地方法務局や県警、県などに相談している。/ ビラには、パートナーシップ制度や当事者の人権を否定するような記述があった。「行き過ぎた主張が無批判に認められていく危険を感じる」「子供たちにマイナスの影響はないのか」「(海外では同性婚が認められ)婚姻制度が根底から揺らいでいる」。ビラを投函された当事者本人は「個人を特定してまかれたとすれば非常に怖い。存在を否定された気がする」と不安を募らせているという。(以下略)(毎日新聞・2020年12月5日)(https://mainichi.jp/articles/20201204/k00/00m/040/176000c)

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 アジア初の同性婚 20年の道のり (更新:2020.06.26)

 2019年5月24日、台湾で同性婚が認められるようになりました。アジア初の快挙となったこのすばらしいニュースは、日本でも大きく取り上げられたので、ご存じの方も多いかもしれません。/ あれから約1年後の2020年5月23日までに、台湾で4,000組以上の同性カップルが結婚しました。台湾での同性婚の成立までの経緯、そして、アジアで初めて同性婚を実現した台湾が、結婚の平等を叶えるための次のステップについて、考えてみたいと思います。

 同性婚実現までの道のり

 アジア初の同性婚を実現した台湾ですが、もともと同性愛に寛容だったわけではありませんでした。「同性婚は、家族を破壊する」という考えをもつ人が、たくさんいたのです。台湾のLGBTIの人たち、そして活動家たちは、そのような偏見や差別と闘いながら、20年以上にもわたり、同性婚の実現を訴え続けてきまし た。特に2020年代に入ってからは、同性婚を求める声が高まっていきます。/ 同性婚を求める多くの人たちの声が届き、2017年5月、台湾の最高裁判所は、同性カップルに結婚の権利が認められないのは違憲であるとの判断を下し、2年以内の法改正を求めました。合法化への道を開く、歴史的な出来事となりました。(以下略)(https://www.amnesty.or.jp/lp/lbg/about/lgbt_newsblog_03.html)

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 三年前の十一月、ニュージーランド議会で一人の議員が演説をしました。(これについては、このブログで触れています。)(https://www.bbc.com/japanese/42177128)

「この法案でやろうとしていることは、ただ愛し合う2人に結婚という形でその愛を認めてあげることだ。それだけだ」
「今この法案に反対している人たちに約束する。明日も太陽は昇る」
「十代の娘はやはり全て分かっているかのように言い返してくる。住宅ローンは増えない」
「皮膚病や発疹にはならないし、カエルがベッドから出てくることもない。世界は続いていく。だから大げさにしないでほしい」

 この問題について、ぼくが言うべきことは、ほとんどありません。ウィリアムソン議員の発言に全面的に賛成するばかりです。願いが叶うまでに、時間がかかるし、かけるべきであると思いますが、いずれ「少数者の権利」は認められるはずです。そのことによって、「多数者の権利」は侵害されるものではありません。人権の価値は「多数決」に馴染まないのは当たり前ですが、それが法的基盤を以て社会制度と認められるためには(多数決による)法の制定は避けることができないのです。どんな問題でも、同じ手続きが課されることになります。「法の下の平等」とは、「少数者の権利」も「多数者の権利」と同様に、社会の構成員によって認められることを意味します。

例年、十二月十日は「国際人権デー」とされています

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。