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判決後、勝訴と書かれた旗を掲げる原告側の関係者=大阪市北区で2020年12月4日午後3時9分、大西達也撮影

 大飯原発の設置許可取り消し 住民ら原告側勝訴 大阪地裁が初判断

 福井県や近畿地方の住民ら127人が、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)について国の設置許可を取り消すよう求めた行政訴訟の判決で、大阪地裁は4日、許可を取り消した。森鍵一(もりかぎはじめ)裁判長は、原発が想定する地震の最大の揺れを示す「基準地震動」について、「原子力規制委員会の判断に看過しがたい過誤、欠落があり、設置許可は違法」と述べた。2011年の東京電力福島第1原発事故後、国の設置許可を否定する司法判断は初めて。

 国は関電などと協議し、控訴する方向で検討している。判決が確定しなければ許可取り消しの効力は発生しない。国による安全審査の妥当性が否定されたことで、他の原発にも影響を与える可能性がある。

 耐震設計の目安となる「基準地震動」の妥当性が最大の争点だった。関電は原発周辺の地層の調査や過去の地震データなどから、基準地震動を856ガル(ガルは加速度の単位)と算定。規制委は17年5月、福島事故後に厳格化された新規制基準に適合するとして、設置許可を出していた。

 判決は、関電が算定に使った計算式は過去の地震データの平均値に基づいており、実際に発生する地震は平均値からかけ離れて大きくなる可能性があったと指摘。耐震性を判断する際、想定する地震規模を上乗せして計算する必要があったのに、関電や規制委が「何ら検討しなかった」と批判。規制委の判断に「不合理な点がある」として設置許可を取り消した。(以下略)(毎日新聞・2020/12/04)

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 福島事故後、やがて十年目を迎えます。その区切りの時期の「設置許可取り消し」判決でした。この問題については、さまざまなことが指摘されてきましたが、いまだに政府官僚電力業界の原発依存体質は微塵も(表向きは)変わっていないようです。死んでも変わらないでしょう。また、規制委員会ももちろん原発推進派であることを隠していません。「推進規制委員会」と名称を変更したらいい。「反対派を規制する」委員会なんだからさ。原発を一基設置すると、どれだけの税金が制約なしに使えるのかという「旨味」に味を占めたハイエナ連中が犯してきた犯罪行為です。東電事故で、どれだけの税金が使われてきたか。呪兆円なんてものではありません。それで被災者が、すこしでも救われるならまだしもですが、現実は非道極まる「仕打ち」に徹しているかの思いがします。早く過去の「悪夢」を消したいだけの「復興」旗振りです。

 いずれ、「福島の現状」について書こうと準備しているのですが、見るも読むも聞くも、惨憺たる有様に目も耳も口も塞ぎたくなるばかりです。こんなに人民を愚弄し、足蹴にしてきた政府や官僚とはいったい何者なのか。「苛斂誅求」という古語を使いたくなります。「情け容赦もなく、税金などを取り立てること」というのです。その上に、「いのち」まで取り立てるという非道を平然と敢行しているのです。「悪逆無道」そのものです。

 世界の趨勢はとっくに「脱原発」です。にもかかわらず、この島で、原発で儲けようと姦計を弄する連中はさらに新規に設置したうえで、あろうことか原発輸出まで目論んでいました。その「死の野望」が失敗に終わったからには、何が何でも既存の原発を稼働させ続けるという「賭け」(人民は参加していない賭場があるのでしょう)に出たが、この勝負は「八百長」が通り相場です。「死の商人」だと他国からはみられているのです。

 設置三十年で廃炉という当初の方針がいたずらに延ばされて、今では「原発事故」が起こるまで動かすのだという、狂暴な方針(覚悟)に摩り替ってしまったといいたいほどに「無責任」「出鱈目」な施策をでっち上げているのです。それだけ、「原発」は金になる、金を産むのです。それに加担してきた司法や行政の反正義も強く非難されるべきです。この地裁の判決が二審ではどのように判断されるか、ぼくは期待はしませんが、関心を失わないで監視を続けていくつもりです。「こころある司法」への願いは持ちながら。

 おのれの死後にも責任をとるというのは「荒唐無稽」だし、「できない相談」であることの証明です。俯瞰的に総合的に見て、現実に責任を微塵も取ろうとしない政治屋が、未来に責任を持つふりをしている図は、得も言われぬ漫画だし、底知れぬ退廃と腐敗を感じるばかりです。(この二人の党代表は、あるいは宗派が同じかもしれないと考えます。つまり、「日蓮一派」ですね。なにでもかんでも「お題目ファースト」だから)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。