一所不在 漂泊流離の宇宙に生きた人

                四季山水図(毛利博物館)(⇑)
              四季山水図(京都国立博物館)(⇑⇓)

 雪舟(読み)せっしゅう[生]応永27(1420).備中,赤浜 [没]永正3(1506).周防,山口?

室町時代後期の禅僧,水墨画家。幼少時に出家し上京して相国寺に入り,春林周藤に師事して禅僧となる。諱 (いみな) を等楊 (等揚) といい,知客 (しか) の職をつとめるかたわら,周文に画法を学んだと推定される。 34~35歳頃周防,山口に移り,大内氏の庇護下に画房雲谷庵を営み,ようやく画僧として高名となる。元の禅僧楚石梵 琦の墨跡「雪舟」の二大字を得て雪舟と号した。応仁1 (1467) 年室町幕府の遣明船で入明,天童山景徳寺を訪れて禅の修行をし,第一座の位を与えられた。のち北京において礼部院中堂の壁画を描いて名声を博したと伝える。文明1 (69) 年帰朝。初め大分に天開図画楼を構え,のち山口に雲谷庵を再興し,以後ここを本拠として死没までの間に美濃,京都,丹後などへ旅した。遺作には『山水長巻』 (86,国宝,毛利博物館) ,弟子如水宗淵に与えた『破墨山水図』 (95,国宝,東京国立博物館) などの山水画,『鎮田瀑布図』 (76,焼失) ,『山寺図』 (模本) ,『天橋立図』 (国宝,京都国立博物館) などの風景画,『寿老人図』,『益田兼堯像』 (79) ,『慧可断臂図』 (96,斎年寺) などの人物,道釈画などがある。雪舟の画風は従来の日本画の抒情性を離れて,構図や広大な空間表現の巧みさなど,自然に対する写実的表現を特色とし,そこに禅僧のもつ真摯なきびしさが表出される。弟子に雲峰等悦,秋月等観,如水宗淵らがいる。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

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 四季折々に、何かを感じて無性にある人について考えたり、音楽を聴いたり、絵を見たりと、ある種の風狂に似た境地に陥ることがしばしばです。もちろん、たんなる気まぐれにすぎないのですが、この何十年もつづく、年年歳歳の紅葉狼藉や桜花乱舞に近い、ぼくの心持の狂気でもあります。この時期、雪舟に代表される「水墨画」などを一日中眺めていることがあります。もちろんよくわかって、そうしているのではなく、一種の気まぐれであることは先刻承知ですが、終日眺めて、まず飽きません。やや大ぶりの画集が相手ですが、それでじゅうぶん。時には新聞紙大の写真を壁に貼り付けることもあります。ある時は、部屋の壁を雪舟画の写真で一杯にしたこともありました。

 何がいいのだか。よくわからない。生没定かならず、生涯の軌跡も雲をつかむが如く、杳として知れない怪しさが、ぼくには魅力的なのかもしれません。まるで名もない絵描きの残した作品が歴史の風雪に洗われながら、いまなお存在し、その不分明な姿かたちをさらしているという風情です。あるいは、野の花の佇まいが、幽玄に映るということかもしれない。彼の作画が「国宝」になるというのも、保存に重きがあるという点では理屈は通りますが、常に「御目文字」が叶わない、国家の所有(国宝)となっているだけなら、「宝の持ち腐れ」になるほかないのです。ぼくは写真や画集で「干渉(あるいは、鑑賞か)」するだけで、まったく不満も何もありません。六百年の星霜を越えて、現前する一枚の「慧可断臂図(えかだんぴず)」に、ぼくは引き寄せられるばかりで、どんな美酒でも味わえない境地に浸ります。さて、慧可とは何者でしょうか。(天橋立図)(左上)

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 できるやんか それでええやんか

 学校と私:通信制高校は第二の青春=お好み焼きチェーン「千房」社長・中井政嗣さん

 7人兄弟の上から5番目で、やんちゃな子どもでした。授業中もがさがさしているから、小学校の時の席は、いつも教壇の横。先生に出席簿の角で頭をたたかれたり、両手にバケツを持って廊下に立たされたりはしょっちゅうでしたね。/ 親も先生も「勉強せえ」と言いませんでした。5段階の成績は、体育や音楽、図画工作が5か4で、他はだめ。中学でも勉強は嫌いで家も貧しかったから、高校に行きたいとは思いませんでした。就職できてラッキーという感じだったんです。/ 中学3年の途中で進学組と就職組に分かれるのですが、職業の授業を担当してくれた男性の先生が僕らをとても大事にしてくれました。宿直の時に生徒を呼んで、ビールをちょっと飲ませたり、大人のまねごとをさせてくれるんです。「あかんことや」と思ったけど、先生と秘密を共有しているのがうれしかったなあ。

 卒業式の翌日、尼崎(兵庫県)の乾物屋に丁稚奉公(でっちぼうこう)に出ました。「仕送りはいらんから自立せえ」と送り出してくれた父親がその年の秋に亡くなり、自立心ができました。毎日寂しかったけど、根性ができて耐えることを覚えました。/ 37歳の時、大阪府立桃谷高校の通信制に入学しました。中学卒の学歴にコンプレックスがあったのと、勉強したかったからです。「千房」を経営していたので週4日、仕事を終えてから通学しました。最初はスーツで行っていたのですが、なじめなくて。ジャージーに着替えたら、一気になじみました。15歳から70代まで年齢はばらばらだったけど、友達もできて文化祭や体育祭も全力で参加しました。自分で学ぶことを選んだから、成績も良かったんです。第二の青春でしたね。/知識を身につけるのは大事ですが、社会で問われるのは学校の成績だけでなく何をしているかです。企業でも業績とか効率とか言うけど、数字よりもどんな努力をしたか、プロセスがもっと大事。場当たり的に成績を上げる方法を考えるのではなく、日常生活で礼儀や言葉遣いなどの基礎を少しずつ築いて自信をつければ、成績は自然に上がるんとちゃうかな。

【聞き手・田中博子】==============■人物略歴 ◇なかい・まさつぐ=1945年奈良県生まれ。73年、大阪・ミナミにお好み焼き店「千房」を開店。現在、大阪を中心に全国とハワイで展開する。自伝的著書「できるやんか!」(潮出版社)など。(毎日新聞・10/12/11)

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中井さんのお店「千房(ちぼう)」は大盛業中です。取材から十年たった現在、社長は次男に譲られ、自身は会長を務められています。この方は、早い段階から、社会奉仕に徹底してこられた。中でも「出所者」を積極的に採用されています。「自分で学ぶことを選んだ」「社会で問われるのは学校の成績だけでなく何をしているかです」という指摘は、もっとも学校教育の隙をついた言葉ですし、まさに経験の重みというものを考えさせられてしまいます。

 大時代の言葉を使うなら、中井さんは「立志伝中の人」となるのでしょう。さまざまな活動をされてもおられます。ぼくが関心をもつのは、「成功者」としてではなく、「学校の経験」をどのように把握して現在に生きておられるかという点にあります。

 この島では一定の年齢になれば、だれもが学校に行きます。行かなければならないことになっています。「義務教育」とは、子どもの教育を保障する「保護者や国などの義務」を指して言うのですが、その「義務」が子どもが教育を経験する「権利」を担保しているのです。学校に行けば、「権利」が保障されるかと言えば、決してそうではないのですが、それはともかく、自らの学校経験をどのように掴みなおすかが、その後の人生に大きな影響を及ぼすだろうと、ぼくは考えています。人間は間違える存在です。その「間違い」を生かすも殺すも本人次第ともいえるし、それを支えてくれる他者の存在も大きく影響してきます。親や教師の役割も、子どもの背後で彼や彼女の自立歩行を支えてくれる存在であるというところに尽きる、そういっても外れてはいないのではないでしょうか。あるいは、そのような支え手はどの子にとっても「親や教師」であるともいえるのです。

「中学3年の途中で進学組と就職組に分かれるのですが、職業の授業を担当してくれた男性の先生が僕らをとても大事にしてくれました」、「教師冥利」というのはどういうことを指して言うのでしょうか。

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 嘘よりも八丁多い江戸の町

仏教の世界では〈生きとし生けるものを真の教えに導くために用いる仮の手段〉を意味したという。「方便」という言葉である。〈目的を果たすために用いる便宜的な手段〉を指すこともある▼「うそも方便」という。そんな意図があったのかどうか。前首相の安倍晋三さんの周囲では、事実と異なる説明が横行していた。森友学園に国有地が格安で払い下げられた問題を巡り、政府が国会で139回にわたって事実と異なる答弁をしていたことが分かった▼学園との応接録があったにもかかわらず、存在しないと言っていた。土地の賃貸を検討していた際、学園側に貸付料の概算を提示していたのに、示していないと説明していた。答弁したのは麻生太郎財務相や佐川宣寿財務省理財局長らの面々である▼「桜を見る会」問題では安倍さん自身が事実と異なる説明をしていた疑いが浮上した。前日の夕食会に参加した支援者の会費について「事務所側が費用を補塡(ほてん)した事実はない」と説明していたが、実際は900万円超を穴埋めしていた可能性がある▼事務所の担当者は支出を政治資金収支報告書に記載していなかったため、安倍さんに事実を伝えなかったという。これが本当なら、安倍さんの周囲の人々にとって事実とはそれほどに軽いものなのか▼うそをつく権力者は、国民との約束をたやすく破るかもしれない。事実を軽視する風潮も現政権に受け継がれているとしたら、背筋が寒くなる。うそを〈便宜的な手段〉にしてはならない。(新潟日報・2020/11/26)

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 嘘という語の歴史は古くて複雑です。それだけ、人間社会にとっては多用され重宝されてきたことの証拠です。さかんに「嘘も方便」が言われています。「方便」にもいくつもの使用例がありますが、ぼくは、この場合は「活計・たつき」としたい。この場合とは、いうまでもありません。国会で口を開けば「嘘八百」を吐き出していた前総理の愚かしい話です。「活計・たつき」というのは、文字通り、「生活の手段、方法」です。生計を立てるという場合の、それです。この前総理は「嘘をつく」ことで「生計を立て」ていたというわけです。嘘が「たつき・手付き」でした。それは「天才的」だったというべきでしょう。真っ赤な嘘を吐きながら、すべてを意のままにしていたのですから、お見事とは言いたくありませんが、見上げたものです。嘘をつきとおすのが、彼の人生だった。

 この「天才」政治家を育てたものは何だったか。もちろんぼくは彼の生育歴を知りませんから、深くは語れませんが、少なくとも「有権者」は有力な「育ての親」であったことは確かです。なにしろ「衆議院議員当選九回」です。これだけの選挙で彼を担いで勝たせてきたのですから、立派な親と言っていいでしょう。ぼくも、なにによらず「選挙」にはほとんど投票所に出かけます。投票率は九割以上であると思います。また、ぼくの選んだ候補者の落選率も九割以上でした。(嘘ではありません)

 さらに国会議員諸氏もまた「育て親」の資格は十分に持っています。なにしろ「嘘つき晋三」を八年近くも総理大臣として遇してきたのですから(腹の中でどうみなしていたかは、別問題)。それで甘い汁を吸ったり、嬉しい思いをした御仁もたくさんいたから、「嘘つき晋三」はのさばったのです。彼個人をとやかく言うほど、ぼくは彼を知らないから、むしろ、そのような人物を祭り上げた取り巻きの振舞いは問われてしかるべきだといいたいだけです。選挙、あるいは選挙権の誤用ですな。

 それでは「生みの親」はだれか。言わずと知れた「純一郎」さんです。今では間違っていたと「臍を噛んでいる」かどうか知りませんが、じつに単純に後釜に据えたのですから、その責めは負わなければならないでしょう。そこまで面倒見られないよ、と言われそうですが、この島の「かじ取りを選ぶ」のだという認識があれば、こんな間違いは犯さなかったはずです。純一郎自身が、たくさんの間違いを重ね、後の路線を敷いた罪は逃れられないといえますね。子分は「親の歩き方、息きの吐き方、嘘のつき方」を最大漏らさず模倣した結果、遂には自分の「嘘つき流儀」を確立したのではなかったか。「子は親の背中を見て育つ」「口元を見ても育つ」

 こんなことを言っても、何事も始まりません。ぼくは繰り言を吐露して、自らの憂さ晴らしをしているのではないつもりです。町内会長を選んだり学級委員を選挙するのと、やはり筋がちがうという「知識」があれば、ぼくたちは後悔しないのに、というだけです。デモクラシーは見果てぬ夢ですが、それを足場にして生きていける社会をこそと、デモクラシーを育てたい、これまでの歴史においては、それは願わしい政治制度・仕組みであり、集団生活の方法・原理であると考えてきました。しかし、集団のメンバーがじゅうぶんに育ち切っていないと、とんでもない事態を民主主義は生み出してしまいます。デモクラシーの歴史は「過ち・失敗の歴史」でもあるでしょう。

 多数決はデモクラシーの一手段ですが、それは「仮定」「一時の手段」でしかありません。(ここまで書いてきて、かなり面倒になってきましたから、端折って言います)じっくりと時間をかけ議論を重ねて「結論」を得る、そんな手間暇をかけなければ、デモクラシーはじゅうぶんに育たない。この生活の方法は、歴史の彼方や虹の彼方から生まれてきたのではありません。おそらく、どんな社会集団にもその片鱗や核の部分はみられるのです。人間集団(やそれ以外の生き物を含めて)が形成されてこの方、いつでもどこにでも「デモクラシー」の要素があった。しかしある種の異端者が出てくれば、その方法や、その方法にのっとっている集団は瓦解します。全体主義になったり専制(独裁)政治がまかりとおったり、「衆愚政治」が生まれてくるのです。ぼくたちの島社会にも、この歴史がハッキリと認められる。

 「由らしむべし、知らしむべからず」という政治哲学が「論語」にあり、よく引かれてきました。あるいは哲学ではなく、政治の手法だったかもしれません。その意図するところは単純ではあり、バカな政治家まがいに模倣(利用)されると、人民はひどい目に合うのを避けられないのです。多くは「《「論語」泰伯から》人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい。転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない。」(デジタル大辞泉)とされているようです。文句を言わないで、権力者の命令に従えばいいんだと。そうだろうか、とぼくは異議を唱えます。

 他も同じような解説です。「人民を従わせることはできるが,なぜ従わねばならないのか,その理由をわからせることはむずかしい」という意味である。つまり,人民は政府の法律によって動かせるかもしれないが,法律を読めない人民に法律をつくった理由を納得させることは困難である,といっているにすぎない。ところが江戸時代には,法律を出した理由など人民に教える必要はない,一方的に法律(施政方針)を守らせればよいという意味に解されて,これが政治の原理の一つとなった」(ブリタニカ国際大百科事典)

 民衆は愚かだから、とことん教えても無駄だ、という愚民史(視)観が根っこにあり、黙って従わせればいいんだという、フザケタ姿勢がどんなにつまらない政治屋人間にも巣くっているんですね。前総理はその「愚民史観」をだんだんと膨らませ、遂には国会の中においても「自分以外は愚」という政治原理の完成を見たのでしょうな。どっこい、それはまたおどろくほどの「陥穽」だったんですね。「自分も含めて、愚か」というのは真実です。でも「自分以外は」といったところが致命傷だった。バカは「黙らせる」から、「騙せる」に変容したんですね、まるでウィルスのように。これは彼自身の「持ち分・持ち味」だったとぼくは見ています。人間は愚かだな、手もなく騙せるんだから、という(学習)を彼はどこでしていたのか。

 「子曰。民可使由之。不可使知之」孔子という儒者は政治家(為政者)になることを、長年にわたって、望んでいました。彼は一国の総理大臣になり、これを治めることが生来の願い(修身斉家治国平天下)だったといってもいいでしょうが、不幸にして時にあらず(時宜を得なかった)、彼を呼んでくれる人がいなかったのです。(自分は「論語読みの論語知らず」であることを白状しておきます。うんと若い時に『論語』全巻を仁斎や徂徠に導かれて読んだ経験があり、今も愛読書ですが、読むたびに難しくなります。誰の言葉だったか、「陸沈」という語はあります。(陸上で溺れる」というのは、どういうことでししょうか。宿題です)

 結論はありません、政治は「道」の実現です、孔子はそう確信していました。「道」というのは、孔子にとっては「君子の道」、つまりは政治を通して発現してくる「方法」でした。君子たるものが経世済民のために習得すべき政治の原理であり哲学だった。とまあ、こんな無駄話をする気にもなれないのが、今朝の心境です。(いずれ、孔子や論語についてはゆっくりと書いてみたいですね)

 「嘘から出た実」ということはあるのでしょうね。それでは、今回の「嘘つき晋三」からは、どんな「実」が出たのでしょうか。きっと、「馬鹿は死ななきゃ治らない」ということなんでしょうが、詳細はこの次に。(彼が捕まるかどうか、ぼくの関心外です。ただ、国会を足蹴にして、おのれの小さな野心を遂げるために「嘘八百」に塗れていたという事実が明らかになればそれでいい。これ以外の「嘘も方便」もまた、おのずから明らかになるでしょう)

 (二代目広沢虎造「次郎長伝」中の「森の石松」は、その語りまでぼくは、記憶しています。これは学校では教えられなかった。だから、ぼくは学んだ。「馬鹿は死ななきゃあああああーあああ、治らあああーなあい」静岡(遠州)にある石松の墓参り(⇦写真)をしたことがあります。はたして、石松の「バカ」は治ったかどうだったか)

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 二兎を追うものは一兎をも得ず

 霜月に入り、立冬も過ぎたころ、この島は異様な好天に恵まれ、まさに「小春日和」という陽光に、衣替えの手を休めたのでした。この月二十一日(土)、ぼくは久しぶりに友人の訪問を受け、しばし旧交を温める機会を楽しんだ。少し時間があったので、予定になかった場所(パワースポット)に移動しました。そこは「上総二ノ宮」と親しまれた橘樹神社(茂原市本納)でした。これまでにも何度か訪ねていたところでしたが、今回は新たな「桜」が二本ばかり参詣路の片側、御手洗場の脇に植栽されて、今を盛りに(というか、すこし盛りを過ぎていたかな)咲いていました。やや小ぶりの可憐な花弁で、神社の方に訊くと「十月サクラ」だということでした。ぼくには初めての品種で、望外でしたが、老眼の保養になりました。

 「小春日和」の「小春」(将棋の坂田三吉の女房の名前でもありますが)、ここは「陰暦の十月」の意で、まさに今頃をさして使われたのです。まるで春先のように暖かな日が差す初冬の束の間を言うのでしょうが、永田町という辺鄙なところ(ぼくの住んでいる場所から見れば)では狂い咲きのような、あるいは仕舞桜の散り頻る、落花狼藉の醜悪さを見せられるかのように、深く静かに先行していただろう、東京地検の捜査状況が漏れ漏れで、島中に報道されたのです。意図的に流された政治ネタですが、旧悪にもならない、前総理の、ホカホカ、アツアツの不始末に「国権の最高機関」は驚天動地の大騒動を醸しています。それはまた、「勝(盛)者必衰の理」「おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし」で、「馬鹿は死ななきゃ治らない」という陳腐きわまる世の掟の再認識です。「偏に風の前の塵に同じ」ですね、ご同輩。

 しかし、それ(地検)を動かした(手玉に取っていた)人物がいけシャーシャーと国会で答弁しているとなると、魑魅魍魎も舌を巻き尻尾を巻いて逃げ出すであろう。でも、ぼくが興味をもつのはそんなところに存在しない。国会で数年にわたり虚言を吐き通し、それを支援し支持してきた連中が、ただの一度も権力の腐敗に弓を引かなかった点、あるいは弓を引こうとさえしなかった不甲斐なさ・信頼に対する裏切り行為に胸がかきむしられるし、それを総理や官房長官が傍若無人にやり放題の乱痴気をしてきたのに、無批判にも、手をこまねいて許してきたぼくたち自身の無頓着・無関心に、言いようのない怒りが込みあげてくるのを抑えられないのです。これもまた罪ですね。

 ぼくは前総理が再登場した時にも「小さな文章」をどこかに書き、彼は「捲土重来」を期してきたから、無能だけど、取り巻きがそろったようだから、注意しなければならないといいました。下司の勘繰りでしたが、中らずとも遠からず、でした。最初の政権投げ出しは「脱税疑惑」を受けてのものでったことが明らかになっています。二度目は、史上最長の「悪政時代」の末期にふさわしい(とぼくは考えています)、刑事事件の処罰逃れのゆえに「敵前逃亡」したと思っています。疑惑は一つではないし、そのどれ一つとっても、万死に値する犯罪であったと、ぼくは推察しています。法を無視し、憲法を蹂躙したのですから。ぼくは「交通違反」を咎められ、どれほどの反則金を取られたことか、自分でいうのも癪ですが、なんとも可愛いものですよ。

 この問題が深刻なのは、二人の総理が事件の経緯をすべて知悉していたうえでの結果であるという点です。辞任発表に至る経過はすべて「自作自演」で、脚本を書いたのは「官僚」だったでしょう。その猿芝居にうまく使われたのがメディアでした。「身命を賭して政治を動かした総理」の辞任に、国民はもろ手を挙げて「万歳」と叫び、まるでここ数日の株価の如くに、彼の支持率が莫迦上がりをしたという、コミックでもあり得ないグロテスクな滑稽譚が生まれました。事情が分かってみれば、罪隠し(犯罪逃れ)の悪足掻きだった。人民の低能も極まれり、です。

 この塵屑総理の後を襲ったのが現総理です。(総理になろうなどという気にさせたのは、誰だろうか)この陰険な人物が、八年に及ぶ「最長腐敗政権」を「二人三脚」で通してきたのです。それ以上に、再登板の目(能力も)がまったくなかった前総理を「焚きつけた」のが現総理です。二人の罪は重い。前総理には数えられないほどの罪状が明らかになるはずですが、現総理にしても、同罪です。憲法や法律違反は言うまでもない。衆人監視(にあたらないのは、目を瞑っていたからだ)をものともせず、虚言をのべつ吐き出していたのです。二人三脚で「国会を愚弄」し、「国民を罵倒」したことは許されないし、それを支えてきた多くの支持者(国会議員、官僚、選挙民、経済人など)の責任もまた問われなければならないでしょう。(アメリカの大統領選挙を嘲笑したのは誰だったか。「他山の石」というのも烏滸がましいのですが、以て「自戒の素」としなければならなかったのです。対岸の火事だといっていた、足元が崩れていたのです)

 特捜部の捜査がどのような展開をたどるか、ぼくには判断できない(こうなればいい、という希望はあります)が、このあたりで、旧弊はすべてご破算で願いましては、と行くならそうしたいですね。つまりはリセットです。でも「国破れて、山河あり」で、この塵埃の坩堝からしか出発する場所はないのです。廃墟からの「出直し」に、ぼくたちは我が道を見出すほかないのでしょう。

 この島では、ますますコロナ禍が拡大増殖しています。外に出るな、早く家に帰れ。でも、旅行に行って、飲み食いをしろ。右から左から、両足を足を引き離すようなでたらめぶりです。いったいこれを政治、政策などといいえるのか。マスクをして飯を食えとは、どういうことだ。「ズボンをしたまま、小便をしろ」というのですな。なんでまた、こんな中途半端な税金の配り方(山分け)をするのか。「ダメマスク」配布と同様の愚策で、税金を溝に捨てる愚策です。本当に必要とするところに届かず、旅行したり飲み食いできる金のある人にしかまわらない。ずいぶん昔、「貧乏人は麦飯を食え」といった総理大臣がいました。今では麦飯さえ口に入らない、貧窮に喘ぐ多くの人がいます。高度先進国と称する島の真ん中で、飯を食えない人が無数にいるという現実に、ぼくたちは立ち向かわなければならないのです。権力亡者やそれに取り巻かれたたい輩には、塗炭の苦しみに責めさいなまれている「無辜の民」が目に入らないに違いない。

 これはいつもどんな場合でも感じ入るのですが、いわゆる「政府系審議会」に連なる面々の脂(やに)さがった顔つきです。おそらく頭の中も脂ぎっていると思われます。この問題でいえば、「新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)」が、何か知らぬが、対策だか方針を出しているとみられますが、結局は無能をさらしているばかりです。各人の無能はかまいませんが、その余波で多くの人民がいらぬ苦心や苦悩に陥っているのです。原発問題で、あからさまな「人命棄損」を進言してはばからなかった連中の悪態を、ぼくたちは見せつけられてきました。なんでも「中心部」に近づくことは、それだけ疚しい、或いは卑しい根性を持っていることの証明かもしれない。ぼくにはそんな「根性」がないので、これは当て水量です。いい加減にしてくれと、ぼくは言います。何をしたくて、そんなところにいるのかな。

 政治の要諦は「国民のいのちを護る」ことだと、生意気な口を利く総理大臣に、悪臭立ちこめる「権力」よりももっと大事な人の誠、誠実というものがあることを知らせることができるでしょうか。生きるに値する「人間の生活」には比較(優劣)を拒絶した厳粛さがあるということを知らしめることができるでしょうか。この点に関して、ぼくは初めから諦めています。ないものねだりは無駄なことです。ぼくには余力はありません。金もない。体力もない。つまるところ、余力はないが、自らの分に応じた按配というものがあります。必要とされる人に、ぼくのできる範囲の心配りを送り届けることです。ぼくはこんなことをしています。どうか褒めてくださいというのではないし、いいたいのでもありません。これまでも「貧者の一灯」をささやかに燈してきたし、これからも、「ささやか」は変わらないというばかりです。

 ともすれば、あれもこれもと、ぼくたちは欲張ります。現状に照らせば、コロナ感染を抑えたいし、経済も動かしたい、と。悪い政治家を退散させたいし、政治にあらたな顔ぶれを求めて、この島の再生を期したい、と願いは多いができるのことは一つです。大切なのは、一時に一事を。「口を開いたままで、イーと発音する」のは無理なんだ。ぼくにもできる最善の策はあるか。あるとして、いったい何か、それを素人として考え抜こうとしています。(この期に及んで、税金で国民を誑かして解散を打つという、度し難い政治屋もいるのです。政治家を名乗る偽物の虚言に「いのち」を奪われないように)

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 チンパンジーほどかしこくなかった

 京大特別教授ら2人を懲戒解雇 チンパンジー研究の権威・松沢氏ら研究費不正

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 チンパンジー研究の世界的権威で文化功労者である京都大の松沢哲郎特別教授(70)らが京大霊長類研究所(愛知県犬山市)などに関わる研究資金約5億円を不正支出していた問題で、京大は24日、松沢氏と同研究所の友永雅己教授(56)を懲戒解雇するなど、研究者と事務職員の計6人に懲戒処分を行った。京大は「誠に遺憾であり、国民のみなさまに深くおわびする」とコメントした。(上の写真・チンパンジーのアイと松沢・京大教授(2012年6月14日、犬山市・京大霊長類研究所)(京都新聞)

 2人のほかは野生動物研究センターの平田聡教授(47)を停職1カ月、森村成樹准教授(50)を同2カ月。当時同研究所の事務方トップだった60代男性事務職員、契約担当の掛長だった50代男性事務職員を戒告とした。/ 京大は6月、不正額が約5億669万円に上るとする調査結果を公表。2011~14年度の霊長類研究所と野生動物研究センター熊本サンクチュアリ(熊本県)にそれぞれあるケージ整備の契約約30件で、ずさんな仕様書による過大支出や発注済みなのに再度発注して二重に代金が支払われる架空取引などが行われたとしていた。/ 京大は懲戒処分を受けた教職員について「内容を認めていない者もいたが、個別の説明は差し控える」とした。/ この問題を巡っては会計検査院が今月、不適正経理の合計が11億2823万円とする結果を公表した。京大は「会計検査院の指摘事項は把握している。いずれの事実も把握した上で今回の懲戒処分を行った」と説明。研究資金の不正支出分については既に返還の手続きを進めているが「具体的な金額などについては回答は差し控える」とした。/ 懲戒解雇を受けて松沢氏は個人のホームページにコメントを掲載。「不正の判定の基礎となる大学の調査そのものが事実を誤認しており、このため誤った事実認定に基づく不正の認定になっている」「私的流用はありません」などとした上で、今後について弁護士と相談するとした。(2020/11/24 16:25 (JST)11/25 00:00) (JST)updated ©株式会社京都新聞社

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 ぼくは、今西錦司さん(⇦)の仕事を足掛かりに、つねに霊長類から学び続けてきました。(まずは鴨川のカゲロウ、野間岬の野生馬、宮崎青島のニホンザルなどなど)その中でも近年は、特に犬山霊長類研究所のおサルたちから、それこそ数えきれないほど教えられてきました。詳細は省きますけれど、人間(人類)の今ある姿は、すべておサルさんに、その痕跡が認められるという、研究成果は、ぼくにとっても画期的な変化をもたらしました。「毛が三本足りない」という、サルを蔑視したような言い草は、知恵(猿知恵)の点ではサルに及ばない人間どもの負け惜しみであるのだといいたいほど、サルがいなければ到底人類は出現しなかったという証明がなされてきたのでした。松沢さんのやられた仕事も貴重なものだった。その松沢さんが、です。ホントかよっ、マツザワ。

 この不正疑惑は前から、噂の域を出ないものでしたが、ぼくも知っていました。今般大学が不正と断定し、解雇処分にしたのです。それに対して、松沢さんは「事実誤認、不正はなかった」と主張されています。法廷に問題は持ち越されるのでしょうか。アイちゃんたちは、今回の事態をどう見ているのでしょうか。「マツザワ―、それは無いだろー」といったかどうか。(少年時、ぼくは嵐山の「岩田山のおサルさん」と仲良く遊んでいました。今でも・無事・健在だろうか。ここでも京大が関わっていました。なぜか、嵐山がつづきます)

 研究費疑惑とか不正流用とか、こんな不始末(政治家みたい)、サル山、サル社会では決して起こりません。時に、松沢氏は「サルから学んだこと」といったテーマでよく話されてきましたが、この「不正問題」に関してはなかったように思われます。サルたちはこれを教えなかったのか。なによりも、疑惑が晴れることを激しく期待します。

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 雪と見る 桜の上や 月一つ(子規)

 いつの間にか「えべっさん」が終わり、気付けば、ドリミネーションの明かりがともる。広島市中心部の夜は今年も明るく輝くものの、いまひとつ気分が乗らない人も多いに違いない▲コロナ禍のせいだが、別の理由もありそう。ブラックフライデーにサイバーマンデーと続く月末に向け、商店街もネットも手ぐすね引く。そんな冬のバーゲン時季なのに、朝晩の冷え込みが弱い。厚手のコートにはまだ、物欲の灯がともらないのだ▲むしろ、こちらの値段が気になる。都内のホテルを会場に開かれた、おととしの「桜を見る会」前夜祭。参加者は5千円の会費を払い、主催した安倍晋三前首相の後援会は何ら追加負担はしていないと主張する▲いや、少なくとも1人の飲み食いに1万1千円かかるはずだ―。弁護士らの告発を受け、東京地検特捜部が前首相の秘書らから事情を聴いたという。差額の6千円ほどを後援会が提供した疑いがあるという告発状の指摘が事実なら、有権者への寄付行為として公選法に違反しよう▲英語のバーゲンには、掘り出し物のほか、契約や取引といった意味もある。ここはせめて、ホテルと後援会との値決め経過が明るみに出ないものか。 (中國新聞・2020/11/24)

(スクープだそうです)

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 東京地検が動いた、やっとという遅さであったが、とにかく疑惑問題に手を付けたのは確からしい。この先がどうなるか、ぼくにはわかりませんが、「総理の犯罪」の有無が明らかになることを願っている。こんな腐臭芬々の事柄に言及したくないのですが、この十年以上、島の中央政府が強引な政治(私物化・独占化)を押し通してきた結果、いまや嘘もつき放題、憲法も法律も無視し放題というあきれてものが言えない事態が、常態になっているのですから、この責任のありかはどこの誰であろうと追及してもらわなければならない。 さらに許しがたいのは、舌先三寸で「国税濫費」「政治私物化」「国民愚弄」という頽廃の坂道を国会議員総勢で降下していたのですから、我々を含めて問題放置・傍観の責任から逃れられないというべきです。

 ぼくは普段から、同じ嘘をつくのでも、総理大臣と市井の一私人とでは雲泥の差がある、またなければならないと考えてきました。また人を見る(判断する)際に、言っていることではなく、行っていることにおいてそうすべきであるとも。「人権尊重」を言い募りながら、やっていることが「人権侵害」であったなら、ぼくたちはその人間を受け入れられないのです。時の総理が国会で、何十回何百回の虚偽答弁をしていたのは事実であり、その責任は一度も果たされてこなかった。その「嘘」を万人が知っていたのに、それを明らかにしなかった。その時、当事国の人民は何をしなければならないか、ぼくたち自身も問われているのでしょう。

 自分は選挙区の人間でもないから「総理の犯罪」には無関係と言ってしまうわけにはいかないと思います。好んでなったわけでもないけど、この「国人の一人」であるという、自らの置かれた立場から逃れられないのです。だからこそ、ぼくたちに代わって、ぼくたちが望むような責任を果たすように「強制する」役割が憲法や法律によって与えられている人々がいるのであり、それが公務として認められてもいるのです。この間、政治的暴力によって「三権分立」が蔑ろにされてきました。それを復旧させることは至難の業ですが、放置しておくわけにもいかない。「特捜が動いた」「鼠一匹を逮捕」じゃ、天下に示しがつかないのです。(その惧れがまったくないわけではないことを、ぼくは知っているのです)

(サクラ、咲く?)
(サクラ、散る?)

 五輪を「福島復興」のために、こう言って「招致」運動を展開した。その結果はどうだったか。「1964年の東京五輪が敗戦からの復活をアピールしたように、2度目の祭典は震災からの復興が旗印とされる。『他に取り組むべき問題は多いのに、五輪なんて役に立たない。名ばかりのパフォーマンスだ』。福島県南相馬市の市長を2018年まで8年務めた桜井勝延(64)の口調は厳しい。/ 福島原発の使用済み核燃料の搬出は遅れ、増え続ける処理水を保管するタンクにも限界がある。招致の際、首相が確約した『状況はコントロールされている』という言葉からは、ほど遠い。五輪関連の建設ラッシュが資材高騰や作業員不足に拍車をかけ、桜井は『五輪が逆に復興を遅らせている面もある。原発も五輪も、東京が福島を利用して金儲けする構図は変わらない』と指弾する。」(京都新聞・2020年1月14日 13:18)

 いうならば、それは五輪の「私物化」「政治利用」でした。こんなにしてまで「己を高く見せたい」という我執、それがぼくたちの中にもあると考えると慄然とします。背筋が凍る思いがするのです。人をないものにしてまでおのれの存在を突き出したいという欲望、そこにはいささかの自制心もなければ、他者に対する畏敬の念のかけらもないというべきでしょう。少なくとも、こんな人物が「政権を掌握」して八年、そんな人物に後事を託した元総理の過ちも、ぼくは問い続けたいし、この人物の下僕宜しく、だが「虎視耽々」とその椅子に近づこうとしていた、禅譲か略奪かわかりませんが、やがて願い通りに後釜に座った現総理の犯罪的行為(官房長官時代の)も見逃せないのです。それをまた、後方支援や前面尽力をしてきた官僚軍、また「銃後の護り役」を果たしてきた報道界。(この機に、路線転換を図る輩が陸続しています、悪いことじゃないけど。きっと、またどこかで「転ぶ」んだ)

 けじめをつけてくれ、それをひたすら望むし、それが叶わなければ、ぼくたちの立つ瀬はない。歴史的な破廉恥さで、総理大臣の堕落や腐敗に拍車をかけてきたのが、議員さんたちの「不作為」であったとしたら、もう救いの道はないし、ますます庶民は浮かばれない。公務員(public servant)であることを今一たび、自らに糺してほしい。そして、ぼくたちもまた、一人の選挙民として、さらに賢明になる努力をするほかに、この「泥濘」「塵界」から身を救い出す術はないのです。「一億総懺悔」などという戯言にしてはなるまい。己の持ち場で、何をしなければならないか、それが問われているのです。(前総理の「後援会」のだれ一人として、この「総理の不正・腐敗」に対峙しようとしなかった、選挙民の愚かさ・卑しさが、国を過ち人を貶めるという典型でした。払いきれないほどの「授業料」を払うことになればいい)

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