この条約は、2021年1月22日に発効します

 気さくな人柄で人気があるが、主義主張をあまり語らない。長崎市長だった故伊藤一長さんは在職のころ、時にこう評された。ご自身が発案者であるその集会でも先頭には立たず、市民の結束の場をつくる“裏方”に徹した▲海外からも非政府組織(NGO)が集う「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」は20年前のちょうど今ごろ、長崎市で初めて開かれた。4日間で延べ5千人以上が参加し、被爆地が熱気に包まれたのを思い出す▲その前、伊藤さんはオランダであった1万人規模の平和NGO集会に参加し、「長崎でもできないか」と考えたらしい。相談を受けた元長崎大学長の故土山秀夫さんが実行委員長を務め、長崎集会が実現した▲最終日の11月20日に「長崎アピール」を出した。第一に、核兵器禁止条約の実現に向けた行動を市民に呼び掛けている▲条約は3年前に成立し、50の国・地域の同意を得て、近く発効する。被爆者の訴えと、市民の結束と、支える力あっての前進に違いない▲核保有国も日本政府も条約に背を向け、道のりはなおも遠いが、光明もある。米大統領選で勝利宣言したバイデン前副大統領は、かつてオバマ前大統領が目標にした「核なき世界」を再び掲げるという。道しるべが遠くに見え、被爆地の行動が重みを増す。歩みを止めるまい。(徹)(長崎新聞・2020/11/20)

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 伊藤一長・前長崎市長銃撃事件(朝日新聞・2017年04月18日 朝刊)

 長崎市長の伊藤一長(いっちょう)氏(当時61)が2007年4月17日夜、4選を目指した市長選の選挙運動中に選挙事務所前で銃撃され、翌日に死亡した。遊説先から事務所に戻る途中だった。銃撃犯の当時暴力団幹部だった城尾哲弥受刑者(69)は殺人や公職選挙法違反(選挙の自由妨害)などの罪に問われ、08年に一審・長崎地裁は死刑を宣告したが、09年の二審・福岡高裁は無期懲役を言い渡し、12年に最高裁で、二審の無期懲役の判決が確定した。一審判決は動機について「当選を阻止することで前市長や長崎市への恨みを晴らそうと考えた」と認定し、「民主主義を根幹から揺るがす犯行」としたが、二審の福岡高裁は「政治的な信条に基づいたものではなく、理不尽な怨恨(えんこん)で、選挙妨害そのものを目的としたものではない」と認定した。

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 「核兵器禁止条約の批准を」長崎、広島市長が政府に要望書

 長崎市の田上富久市長と広島市の松井一実市長は20日、外務省を訪れ、来年1月に発効する核兵器禁止条約を批准するよう政府に求める要望書を鷲尾英一郎副大臣に提出した。/ 要望書は、被爆者の強い思いが源流となって条約が採択された経緯を強調し、政府がまずオブザーバーとして締約国会議に参加してリーダーシップを発揮するよう求めている。両市長は、被爆地の広島、長崎での締約国会議の開催も併せて要請した。/ 政府はこれまで、条約批准を否定し、オブザーバー参加は慎重に検討するとの見解を示している。これに対し、田上市長は報道陣に「締約国会議は、日本政府が核保有国と非核保有国の橋渡し役を果たす絶好のチャンスだ」と訴えた。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン前副大統領の被爆地訪問実現も政府に呼び掛けたという。両市長は、自民、公明両党の幹部とも面会して要望した。(森井徹)(西日本新聞 ・2020/11/21)

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 2017年7月7日、国連加盟国の3分の2を超える122か国の賛成で採択され、同年9月20日に調印(署名)・批准・参加の受付が始まった核兵器禁止条約。

 2020年10月24日、新たにホンジュラスが批准書を国連事務総長に寄託して50か国となりました(ガイアナ、タイ、バチカン、メキシコ、キューバ、パレスチナ、ベネズエラ、パラオ、オーストリア、ベトナム、コスタリカ、ニカラグア、ウルグアイ、ニュージーランド、※クック諸島、ガンビア、サモア、サンマリノ、ヴァヌアツ、セントルシア、エルサルバドル、南アフリカ、パナマ、セントビンセント及びグレナディーン諸島、ボリビア、カザフスタン、エクアドル、バングラデシュ、キリバス、ラオス、モルディブ、トリニダード・トバゴ、ドミニカ、アンティグア・バーブーダ、パラグアイ、ナミビア、ベリーズ、レソト、フィジー、ボツワナ、アイルランド、ナイジェリア、ニウエ、セントクリストファー・ネイビス、マルタ、マレーシア、ツバル、ジャマイカ、ナウル、ホンジュラス)。※クック諸島、ニウエは、同条約に調印せずに加入書を国連に寄託しました。加入は批准と同じ法的効力を持ちます。

核兵器禁止条約は、90日後の2021年1月22日に発効します。(https://www.antiatom.org/Gpress/?p=15223)

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 この問題について、多言は無用です。この島社会は米国の呼吸を確認してからでないと何事も判断できないという、屑のような政治家によって蹂躙されてきました。言いなり、追従、おべっか、ご機嫌取り…、あらゆる言葉を費やしても足りないくらいに、卑屈そのものの姿勢でアメリカの顔色を窺い、○をもらうために狂奔してきたのです。いったいどこを向いて生きているのか。ことあるごとに、「唯一の被爆国」と自らの権力維持のために便宜的に使いまわしているだけで、本当にその自覚があるのかどうか、ぼくは大いに疑っているのです。この問題は時の政府や権力者だけで決められるものではなく、島の住民が挙って判断すべき事柄です。わけのわからない屁理屈や「宗主国」へのご追従を金輪際やめて(少なくとも、この核禁止条約締結に関しては)、はっきりと自分の脚で立って、明確に決断しなければいけないと思うばかりです。(多分、歴代の権力亡者たちは米国を「宗主国」、我が国は「属国」と認めているにちがいない。でなければ、ここまで卑屈で偏頗な付き合い、というより、言いなり放題の「貢ぎ外交」はしないものだからです)

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。