
卓上四季 仮説のリスク

チェルノブイリ原発で原子炉が爆発し、欧州中が混乱していたころ日常と変わらぬ暮らしを続けた国があった。フランスである。「放射能雲は、ドイツとの国境で止まる。心配無用だ」。だれもが政府発表を信じた▼「放射能の影響は全くない」。そう発言したのは、当時放射線防護中央局長を務めていたペルラン教授だった。各地で放射線を探知しても、影響はわずかだとして発表を見送り、政府もヨウ素剤配布などの措置を取らなかった▼科学的に正確なリスクの把握には、実験が不可欠だ。しかしながら、経験したことのない事態では一定の推論に頼らざるを得ない。そこで想定する仮説が異なれば、当然リスク評価も変わってくる▼新型コロナウイルスの感染状況が日々深刻さを増している。第3波の到来といって差し支えなかろう。国はクラスター対策を軸とするが、これだけ市中感染が広がると心もとない。冬の訪れを要因に挙げる専門家もいるが、夏場の第2波は何だったのか▼旅行需要を喚起する「GoToトラベル」事業は10月から東京都も対象に加わった。往来は確実に増加した。移動が感染リスクを高めるのは自明の理。要因はむしろ、そこにあるのではないか▼ペルラン教授は「人心を惑わした」などとして訴追された。免訴判決こそ出たものの、その名前は不名誉な形で歴史に刻まれた。自らの仮説に拘泥した末路である。 (北海道新聞・11/14 05:00)
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立冬も過ぎて、霜降る頃。この時期を待望していたかのように、劣島では「コロナ感染」が急激に増加している。ことに北海道は著しい急増ぶりです。原因はさまざまでしょうが、その一つに「go to トラベル」が挙げられていますし、北海道の医師会も「北海道には来てほしくない」といわれています。しかし、都に鎮座する政府は「急増の原因ではない」と根拠なしでいうばかり。自治体で対処してほしいと、無策ぶりを政策の一番目に据えているのです。また、この機会に 「go to」 を使って旅行をするのは、「各人の判断」という方針なき方針を明言しています。「政府あって政治なし」とはこのざまを言うのでしょう。「コロナ対策用に十兆円の予備費」を意のままに使えるように組んだのはいいが、それがどこにどれだけ、どのような名目で執行されたのか、いっこうに判然としない。無策を目玉にして、この無残な政府は国民に背中を向けている始末です。

無能だからしかできない無謀な「学術会議会員任命拒否」という芸当、これはこの島に「歴として記されている悪政の典型(人権の侵害)」である「滝川事件」や「天皇機関説事件」に肩を並べるものです。もっとえげつないのは、新聞記事や放送内容に、あるいは組織人事に介入する暴力行為をシンパを使って敢行しているという、でたらめのかぎりが尽くされているのです。世界に爆発しているコロナの猛威の最中に「五輪開催」を頑として主張するという破廉恥は世界に向けて小さな島の「大きな愚」を知らしめていると思う。赤字であろうがなかろうが、好きなだけの規模の予算を組む、株価を上げるためには手段は選ばない、と日銀の出番はますます兜町に向かっています。

ぼくは金融や経済の素人ですが、現在の金融政策や経済対策がどんなにいい加減ででたらめなのか、その程度は分かろうというものです。株はまず下がらないという破天荒な(前代未聞の)珍現象が出来しているのです。株を買う人は大金持ちで、この島の株価がある範囲からは絶対に下がらないとわかっているのだから大量の株買いをします。値ごろ感が出た段階で売り逃げる、たんまり儲かる。また下がれば日銀が買う。株価は上がる。こんな打ち出の小槌がどこにあります。蟻地獄に入りこんだ状況で、どうにも抜けられない。

どこの世界に「中央銀行」が民間企業の最大株主になる「資本主義を名乗る」ところがあるだろうか、と言ってみても始まらない。「毒を食らわば皿まで」というのは無能な政治家や役人にこそあてはめられるべきであって、人民を巻き込まないでほしいといっても、すでに手遅れです。打つ手はない、今ぼくたちが置かれている状態です。「バカは死ななきゃ治らない」といい、「バカに付ける薬はない」という段階です。「バカにしないでよ」と歌ったのは誰でしたか(「プレイバックpart2」1978年)。「坊や、いったい何を教わって来たの ♪」今こそぼくは言いたいですね。「バカさ加減」というのは、どういう加減なのか。この島の政府や役所の歴々を見ていれば、空恐ろしいまでに空虚だということ、それはまるで加減なしという無限空虚の破廉恥な人災が今も、ぼくたちに生じつづけてているのです。

言っても無駄とわかっていながら、何かを言うことほど空しい沙汰はありませんね。だから、ぼくは無駄を承知でいうのです。(ブログ書きは「自主トレ」のメニューの大事な一要素です。そのつもりで書いてきましたし、これからも書く)春先からPCR検査数を(一日二十万件に)増やすとあいつもこいつも口をそろえていってきました。さて十か月たって、いったいどれほど増えたのか。これもまた「国民各位」の判断とか何とかいって、意図的に放置してきたのです。北欧のある国では「全員感染」を狙っていたが、大変な犠牲を払って、それは失敗に帰したとされています。イギリスもそうでした。国民総感染論の主唱者だった首相自身が感染して死の恐怖からようやくにして生還した。
さすれば、この島でも要人は、人民が感染するに任せているのじゃないかと、ぼくはある時期から強い疑念を持ちました。当たるも外れるも、どっちだってかまわない。要は自分のいのちは自分で守る、これにすぎる予防策も生存確保の道もないのです。(「ばか【馬鹿/×莫×迦】 の解説[名・形動]《(梵)mohaの音写。無知の意。「馬鹿」は当て字》デジタル大辞泉)
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