行く秋や手を広げたる栗の毬

 芭蕉(ばしょう)に「病雁の夜寒(よさむ)に落ちて旅寝かな」がある。旅先で風邪にふせていた芭蕉が、湖に落ちる病んだガンの哀れに自らを重ねた句という。病雁は「びょうがん」か、「やむかり」か。読み方で興趣も違ってくる▲角川俳句大歳時記によると、「がん」も「かり」も鳴き声に由来する名という。その昔、ガンは春のウグイス、夏のホトトギスと同じように、秋の深まりを「声」で伝える鳥とされていた。「初雁(はつかり)」はその秋初めて聞くガンの声である▲芭蕉は病雁の落ちるのを見たのか、声を聞いて心に描いたのか。ともあれ今の季節、シベリアからやって来るマガンなどの渡り鳥の病気と聞けば、思わず身構える現代人である。人がウイルスにさんざん悩まされた今年はなおさらだ▲香川県の養鶏場で高病原性鳥インフルエンザが発生、飼育されていた約33万羽が殺処分される。すでに先月末には北海道で野鳥のふんから高病原性ウイルスが検出されていた。国内での発生は一昨年1月以来、2年10カ月ぶりという▲感染経路はまだ不明だが、環境省は養鶏場の半径10キロ圏内を野鳥監視重点区域に指定した。さらに野鳥への全国的な警戒レベルを最高の3に引き上げ、多数の野鳥の死骸を見たら素手で触らずに自治体に連絡するよう呼びかけている▲濃厚接触による人への感染例もある鳥インフルだが、人から人への感染は極めてまれである。鶏肉や鶏卵を食べての感染の心配はない。ともあれ病鳥の哀れがわが身にもしみ入るウイルス増長の秋冬である。(毎日新聞「余録」・2020年11月7日 東京朝刊)

 元禄3年9月。47歳の作。近江(滋賀県)堅田の本福寺にて病を得た。その際に句作の瞬間を逃さなかったのです。住職は弟子の千那。近江はぼくにも親しい土地でした。小学生のころから、水泳と言えば琵琶湖、近江舞子だったし、そこはまるで海のように広い湖だと聞かされていました。ぼくの好きな句に「行く春を近江の人と惜しみけり」がある。これは同じ元禄三年の春三月(弥生)のもので、秋には病雁の湖に落ちる音を聞いていた。芭蕉と言えば「不易と流行」だと思われていますが、なに、どなたもいつの時代にあっても生きてあるときに痛感するのが「不易と流行」だと思えばそれでいいのです。

 ぼくは詮索は好きではないし、「研究者」でもありませんので、適当におのれの嗜好を満たすために駄文を積み重ねているのです。この駄文は、目下「自主トレ」用のプログラムに過ぎず、時には生半可だったり、見落としがあったり、当てずっぽうであったりと、これ幸いに勝手な言い分をほしいままにしているだけなのです。読まれる方がいるとはにわかには信じられませんが、まるで事故に遭遇するかのように、お目にかけてくださった方々には感謝の気持ちを申し上げるほかありません。

 一転して「鳥インフル」の悲劇です。この島にはあらゆる方面から渡り鳥が飛来します。越冬するためですが、その際に、自由を奪われている養鶏場の「鶏」(「牛や豚」など)に感染するという事例が後を絶ちません。かかる「災厄」は不可避なのでしょう。とすれば、病気に感染しないのは望外の幸いということになります。おそらく、世界中で人間の「食用」にされるために飼育されいる生き物は相当な数になりますが、それが今回のような感染病が見つけられると、即座にすべては「殺処分」という手順になっています。これをなんといっていいのか。人間に食べられるために飼育されているのに、それをインフルエンザに感染したから、殺処分する、と。

 「ともあれ病鳥の哀れがわが身にもしみ入るウイルス増長の秋冬である」と余録氏は言われますが、もしぼくが「病鳥」だったとしたら、その感じ方はまったく異なるはずです。もちろん、感染した鳥は悪意を持って「人間」あるいは「鶏舎内の鶏」に近づいてくるのではないでしょうが、野鳥が飼育鳥に感染させたのは、いかにも許しがたいというか、営業妨害だという憤りが「全鳥処分」という行為になって表れているようにも見えます。今回の33万羽のなかには、とうぜん未感染の鳥もたくさんいたはずです。まるで養鶏場における「ホロコースト」のようにみえてきて、たまらない感情に苛まれてしまいます。(妄想ですが、感染したのが鳥ではなく「人間」であり、感染させられたのも「人間」であるとしたら)感染させない、感染しない工夫をこそ、人間の側で果たさなければならないでしょう。

 旅に病んだ芭蕉は、「病んだ雁」の湖に落下する音を耳にして、何を想ったでしょうか。「水にしみいる雁の音」とは詠まなかったことだけは確かです。

  行く春や鳥啼き魚の目は泪    行く春を近江の人と惜しみける

  行く秋や手をひろげたる栗の毬(いが)  蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

  旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る

____________________________________________

 

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。