人間に知恵ほど悪いものはなし(承前)

 学校教育を支配している原理は競争主義の原理だといわれます。それは個々人の能力や努力にのみ選別化の基準をおくという見解です。学力が高い、成績が優れているとされる子どもはそれだけ能力を発揮したからであり、反対に成績の振るわない子どもは能力や努力の面で劣っているとされ、その結果については本人も納得させられるのです。

 「やればだれだってできる」と教師はいいます。そして子どもは「「できなかったのは、自分がやらなかったからだ」と神妙に納得させられます。競争原理とはそのような成績の差を正当化する威力をもっているかのように個人に対して作用するのです。どの子も同じ条件で50メートル競走をしているのだから、結果に遅速の差が出るのはあたりまえだというわけです。

 「能力主義の社会秩序とその教育体系は抜きさしならない二律背反を含んでいる。なぜというに、大多数は敗者となる定めであるにもかかわらず、全員が同一のイデオロギーに与しつつ競い合うことが求められているのだから」(P.ウィリス)

 だれでもが一番になれないことは明白であるにもかかわらず、「やればできる(だれでも一番になれる)」という決まり文句を教師は口にします。やればやっただけの成果があらわれる、そのような場面はいくらでもあるでしょう。しかし、コンテストではだれかが一番になれば、だれかは二番になれても、けっして一番にはなれない。学校の「勉強」もコンテストになっている。試験の出来不出来を他人と競うコンテストであるなら、とにかく勝負に勝たなければならないということになります。勝てば誰彼となく評価してくれる期待感があるのでしょう。自分がかしこくなるための学習ではなく、だれかに勝つための学習とはいかにも経済競争に似ています。

 学校の内外で必要以上に数字が重んじられるのを手はじめに、どこまでいっても競争原理がはたらいているのが学校教育の実情だとおもわれます。くりかえしになりますが、産業経済体制の価値観こそ学校が信奉(しんぽう)する教義となっているのです。個々のこどもたちがどれだけ多量にこの価値観を自分のものにするか、それを競わせるための競争主義だといってもいいようです。まるで食うか食われるかの生存競争の闘争場(アリーナ)となっているのが教室だといっても過言ではありません。

 資本主義的の経済システムが機能すればするほど、原理的にも実際的にも経済資本の分配において不平等を産出することはさけられません。産業経済体制の諸々の制度は、根本的には、社会的・経済的不平等をもたらすような構造になっているのです。市場をめぐる利潤獲得競争が資本主義の真骨頂だとされるなら、勝者と敗者が明確に生みだされるのは当然の道理です。しかし、現状は純粋な競争主義に基づいてはいない。大きなちからをもつ企業は、さまざまな政策上の便宜を得てさらにいっそう大きなちからをもつように仕組まれています。(現下の経済背策と称されるものの実態は、大はさらに大に、小は限りなく小にしかなれないという実態を自明のものとしています)

 学校でも同じような現象が見られます。成績競争に早い段階で勝利する子どもは、その勝利によってさらに競争を有利に展開することができます。その反対に、成績が振るわないと判断された子どもはその判断によっていっそう不利な競争を強いられのではないでしょうか。競争に参加しない手はないのですか。

 さまざまな学校段階に一貫している性格があります。それはどんな学校もさらにその先にある学校への準備教育が主流となっているという点です。そして最終的には就業のための準備教育こそが学校の最大の機能であることになります。これがその時々の学校教育の必要・必然性(子どもの要求)をいちじるしく阻害していることはいうまでもありません。小学校は中学校のための、中学校は高等学校の、高等学校は大学のための下請け教育を担わされているのです。まるで明日のために今日があり、明後日のための明日があるといわぬばかりです。

 子どもは幼く弱い存在であり、保護し監督しなければならないという子ども観はけっして古いものではない。大人と子どもという区別がされたときに、子どもが発見されたといってもいいでしょう。大人になるため、社会へでるための準備を周到にかさねるために学校教育は始まったともいえます

 そのような準備教育にはふたつの側面が見られます。

 そのひとつは、いわば教育の社会的な側面ともいえるもので、社会に必要とされる多様な労働力の確保と生産性向上のための教育機能です。そのことによって、たえず物的資本の増大が期待されるからです。もうひとつの側面とは、いわば個人的なものです。物的資本が増大することによって、個人生活における消費は拡大し、物的生活水準の上昇が約束されるからです。学校教育はけっして子ども自身の成長や発達に焦点をあてて、つまりは子どもの側にたって実行されるのではありません。

 これは学校教育が担っている統合化機能といえます。統合(integration)というのは社会のさまざまな集団がそれぞれに必要としている人材を、学校は求めに応じて適切に送りこむことです。単純に社会化するというのではなく、それぞれに見あった能力を供給するといってもいいでしょう。そのために学校はいろいろな訓練を施して、既存の社会秩序をこどもたちに抵抗なく受けいれさせようとするのです。

 学校のような機能的な集団に参入してしまうと、いったい何のためにそこに参加するのかという根拠は問われることはありません。それとはまったく分離された観点から、いかにしてうまく集団や組織に適応するかが主要な関心事になるからです。だれでも一定の年齢に達すれば通学するのはあたりまえであり、それを忌避することは許されないというのでしょう。学校にうまく適応できない、学校に通学することができないのは個人の側に問題があるとされてしまいます。わたしたちの経験している「学校化(学歴主義)社会」ではいまでもそのような診断が下されています。

 学校とは何だろう、と深く考えなければならないと思われます。根本のところから、現在ある学校教育の機能や役割、教師の仕事や行動を再考する必要があるのではないですか。学校という一本の樹木を支えているのは根っこですから、そこを掘りおこさなければ。根っこから腐りもするし、成長もするのです。

 (上掲の内田氏の記事に出てくる橋下知事は「教育は2万%強制」と言ったとされています。どういうことですか、自分は強制教育でここ(知事)にまで達成できたのだから、絶対に強制教育だというのでしょうか。「その程度」の人間になったんだから「教育は強制」とは、はた迷惑なことこの上もありません。あるいはそうではなく、ダメな人間は「2万%」強制しなければならないというのでしょうか。「教育は強制」とは正反対の方法で成長した認がんがいることが見えていまいし、故事本位でものを見る(判断する)こと自体が、教育を歪めていることになるんですが。いずれにしても、お粗末過ぎるし、知事であることは多くの子どもや親にとっては障害になるというほかない、とぼくは言いたい。

 以下に出してみた鬼貫は大坂の人でした。中途半端な知恵(競争教育勝ったという程度の人間が見せびらかす底の浅い知恵=浅知恵)がどんなに忌み嫌われるものかを、俳人は喝破していました。 

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 人間に知恵ほど悪い物はなし (上島鬼貫・1661-1738)

 茫々と取りみだしたるすすきかな

 おもしろさ急には見えぬ薄(すすき)かな

 にょっぽりと秋の空なる富士の山

 夢返せ烏の覚ます霧の月 (辞世)

 「薄は、色々の花もてる草の中にひとり立ちて、かたちつくろはず、かしこがらず、心なき人には風情を隠し、心あらん人には風情を顕はす。只その人の程ほどに身ゆるなるべし」(鬼貫「独(ひとり)ごと」)

●上島鬼貫1661‐1738(寛文1‐元文3)=江戸前期の俳人。姓は上島(本姓藤原,晩年平泉),幼名竹松,長じて利左衛門宗邇(むねちか)。通称は与惣兵衛。囉々哩(ららり)・馬楽童・槿花翁などの別号がある。伊丹の酒造家油屋の上島宗春の三男。少年のころから俳諧を好み維舟・宗旦・季吟・宗因らに批評請い会席に列して指導を受けた。初入集は1676年(延宝4)の維舟撰《武蔵野》。翌々年《当流籠抜(とうりゆうかごぬけ)》に伊丹派の五吟五百韻を発表し,古風俳人から〈狂乱体〉と難ぜられた。(世界大百科事典 第2版の解説)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。