友人の礼を以てす、且下問を羞ぢず

 教師の器量はどこではかれるのか 

 「教壇」に立たない教師、「教鞭」をとらない教師、ということを考えています。

 授業(あるいは教育)にはさまざまなスタイルがあっていいのですが、実際にはどこでも似たようなかたち(風景)が見られます。重ねて言うようですが、「先生が話し、生徒が聞く」が通り相場で、その逆はあまりないのはどうしてか? 生徒は話してはいけない、話すことが許されないのがお定まりです。教師は咄家(はなしか)のようです。それがぼくにはとても不可解。いったい、何をねらいにして、教師は授業をするのか。いかにも自明のように見なされます。だからこそ、改めて考えなおしてみる必要があるといいたいんですね。

 ぼくは自慢するのではありませんが、幼いころから、学校(あるいは教師)にすくなからず不信感をいだいてきた。学校に、あるいは教師にわが身をあずけることにためらいがあった。もっと言えば、従順でも素直でもなかったといえるでしょう。教師という職業柄、たいていは「素直」「従順」な生徒が大変好まれてきたといえます。教師の真似事をした経験が少しばかりあるぼくにも、その教師の偏狭さが分かりそうな気がします。もちろん、ぼくは「素直」は嫌いで、むしろ「正直」を愛でていました。いまでもそうです。

 今も昔も、多くの人は学校や学校のもたらす価値観にとらわれすぎている。学校がなくても教育はおこなわれてきたし、これからもそうだろう。学校は不要だとはいわないけれど、学校以外のところで大切なものは学ばれてきたし、学ばれているし、学ばれていくだろう。ろくでもないことばかりを後生大事に学校は守ってきた。学校には「教える」という点で限界(欠陥)があると知っておくのは大切です。「学校の役人としての教師」がそのことを肝に銘じておれば、あるいは、いくらかは学校(教育・授業)の変わる可能性があるというものです。

 今も使われているのかどうか、「教師の力量」とか「教師の資質」という、教育学に見られる常套語、陳腐千万ですね。先ずぼくは使わないようにしてきた。こんな好ましくない言葉(表現)が腐るほど学校にはあって、多くの教師はそれに毒されてきたのではないですか。「指導」などは、その典型です。ぼくはあえて、「教師の器量」という表現を使いたい。「 ある事をするのにふさわしい能力や人徳。」「指導者としての器量に乏しい」(デジタル大辞泉)教師は「器量人」であってほしいね。その器量こそがが「教育の質」をつくる。力量とか資質というのは、いかにも狭いし、偏った内容(技量とか技術など)を指しているように見えませんか。(右写真 野球好きだった子規)

 唐突ですが、長らく途絶えていた川柳を発掘し、復活させた人としてしられる阪井久良岐の言葉を紹介してみたくなりました。子規を評して、彼は以下のように言い当てています。ずばり、これですよ。この数後の中に切り取られた子規という人の「すがた」に、ぼくは教師の一典型を見てきました。

《先生毫も師長を以て居らず。門下来集の士に対するも、尚友人の礼を以てす。且下問を羞ぢず。是れ余が尤も先生の徳を大なりとする所以なり》(阪井久良岐・「明星」明治三五年十月号)

 詳細は省きますが、阪井は子規とは因縁がありました。陸羯南主宰の「日本」紙で同僚となり、さまざまな交流を重ねます。(まだ十分に調べていないのですが)両者の関係は「同化」型というよりは「異化」の傾向があったかと思われます。追従ではなく、かといって対峙するのでもありません。互いを認めながらの「異化」作用(反発)が働いていたというのが実際ではなかったかと、ぼくは推量しています。子規は長ずること二歳でした。いずれこの二人の関係についても書いてみたい。

●阪井久良岐(1869-1945)明治-昭和時代前期の川柳作家。明治2年1月24日生まれ。日本新聞社にはいり,明治36年「川柳梗概(こうがい)」を刊行。のち川柳久良岐社をおこし,38年川柳誌「五月鯉」を創刊。狂句を批判し,古川柳にかえることを主張した。昭和20年4月3日死去。77歳。武蔵(むさし)久良岐郡(神奈川県)出身。高等師範卒。本名は坂井弁(わかち)。別号に徒然坊。号は久良岐ともかく。著作はほかに「川柳久良岐点」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)

●陸羯南(くがかつなん)(1857-1907) 明治時代の新聞記者。安政4年10月14日生まれ。内閣官報局勤務ののち,明治21年谷干城(たてき)らの援助をうけ,新聞「東京電報」を創刊。22年同紙を「日本」に改題,39年まで社長兼主筆をつとめ,一貫して国民主義の論陣をはった。明治40年9月2日死去。51歳。陸奥(むつ)弘前(ひろさき)(青森県)出身。司法省法学校中退。旧姓は中田。本名は実。著作に「近時政論考」「原政及国際論」など。【格言など】民の声は必ずしも音あるにあらず,音あるものまた必ずしも民の声にあらず(「無音の声」)(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)

 その阪井の川柳をいくつか。

客が来てそれから急に買う団扇

油画の初手は林檎に取りかかる

一寸粋なミッスの通る薔薇垣根

トタン葺き春雨を聞く屋根でなし

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。