揺れることが大切、固まったら壊れるね

 亡くなって五年が経ちますね、鶴見俊輔さん。ぼくはほんとに教えられました。数回しかお逢いしたことはありませんから、学んだことのほとんどは「著書」からでした。今でも取り出して読むことがありますが、ぼくの頭には「鶴見文庫」があるくらいに、彼の「哲学・思想」(考えた・生きた跡)が整理されないままに並んでいます。

 まず「定見」というものに対する鶴見さんのとらわれない発想というか、姿勢ですね。定見とは何か、というより、「無定見」が批判・非難されることからもその意味するところは判断できます。固定した考えや定まった意見などではないと、ぼくは考えているのです。ある事柄について、一家言持つなどと言いますが、この「一家言」とも違うように思います。「その人独特の意見や主張。また、ひとかどの見識のある意見」(デジタル大辞泉)というのはその通りでしょうが、あの人ならではの「言い方や表現」でもないでしょう。この問題に、あの人なら「こう言う」と、すでに決めつける風があるのは間違いです。

 ぼくは鶴見さんから教えていただいたのは、自分でも驚くような、あるいは(自分の)意表を突くような意見や考え方を、いつでも生めるように「考える練習」(自主トレか)をしておくという態度だったといいたいですね。常識や通念からは自由になる、解放されていなければ、それは不可能です。通念や常識、それは「世間の考え」ですし、「みんなの意見」でしょ。それをソクラテスは「ドクサ(世間地)」(臆見=憶測による意見。無責任な推量に基づく意見。おくけん。)(デジタル大辞泉)といいました。これを取り除くことが彼の生涯の課題であったともいえます。ドクサの吟味、これを彼は「哲学」と言ったのです。ドクサを否定することは世間の通念や習慣を否定することです。だから、彼は死に至ったのです。「常識・世間知」と衝突する場所に自分を置くこと。そこから「カタルシス」が生まれます。間違った、偏見や憶測から解放されることは「魂の浄化」となるからです。

 鶴見さんのされた仕事も、根っ子は同じでした。おやっと思わせる、あれっと意表を突くところから、新たなものが生まれるんじゃないですか。以下に、鶴見流の自在な発想(だと、ぼくがみなした)を、二、三挙げてみます。金も金貸からなら思考も権威に寄りかかる、そこから離れると事柄・現象の正体(性質)がよく見えてきますね。

「私は〈一人の大衆〉という考え方でいきたいんです。大衆の一人じゃない、かたまりの一部じゃない、一個の人間として、自分をいつわらずに生きたい。一人がどう感じるかを大切にするということです。それには、かたまりから自分を引き抜く、かたまりの思想に対抗する立場をなんとかしてつくっておくことなんです」(鶴見俊輔)

「あたえられたものをそのままのみくだす人間になりたくない。つねに新しく自分のいまの状況から考えていきたい。ああも言えるこうも言える、別の見かたがありうるというその揺れを大切にする、…自分自身が何かを求めていることが大切なのであって、すでにそれを得たと思ってしまうのは、まずいんじゃないですか」(同上)

「自分が受け入れているものをふくめて、疑う権利を確保すること、それが私のデモクラシーの基本です。それを手放してしまったら、人間はそこからつぶれていくと思うんです。人間の思想というのは弱いものでね、思想で一つにくくってしまったら危ない。どこかに通り道を残しておかないと、やっぱり自滅してしまうんですね」(同上)

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 固まり(全体)の一部ではない、「私」と「全体」が対峙・並存しあうという発想です。固まりに自分を隠してしまう、日常に埋没するばかりか、全体にもまた沈没してしまうことを避けるために藻掻く、それが「私は生きる」ということです。

 また、ぼくたちは世間に同調しすぎていないかと反省してみることがあまりないように見られます。ある人の意見に賛成し、また誰かに言われると、そちらに流される。「権威」に寄りかからない、他人の意見を「うのみにしない」という流儀を貫徹すると、どうなるでしょう。それが鶴見さんだった。もらったものをそのまま自分のもののようにしてはいけないというんですね。AかBか、二択ということは世の中にはまずありせん。賛成か反対か、と問われたら、ぼくは賛成でも反対でもない立場を探します。選択の余地が自分を救うことになりからです。

 さらに言う。学校でも会社でもオヤジでもかみさんでも、当たり前にそれらがもっている「価値」を信じているし、受け入れています。でも無条件に受け入れているものを「そのまま呑み込まない」という姿勢から、また違った自分が現れる。「信じている(と思っている)事柄「ほど、激しく疑えるのです。そして、「疑う権利」は人権の一種。自分から自分の権利を放棄する、案外、ぼくたちはそんなことを平気で(考えもしないで)やって来たし、やっているんじゃありませんか。アランだったか、もっとも強い精神は「もっとも遠い道を歩く(人が疑わないことを疑うということ)」と言いました。疑いから「あるもの(問題)」が現れてくるんですね。疑わなければ、なんにも現れません(問題なし、で終わり)。

「どんな憲法を持とうと、自分の心をこめて生きることなしには、戦争に反対することはできない」―

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 綸言汗の如く、食言「パンケーキ」の如し

 昨日は長崎新聞のコラムに触れました。その内容以上にいいなと思ったのはコラム名「水や空」でした。なんという明快かつ簡明であることか。さぞかし長崎は「水や空」がひそかな自慢なのか、いや当たり前の「自然に感謝」という意味を大事にしたいという会社の姿勢の表現なのか。邪推はともかく、すべては簡明に勝るものはないと、雑文記録者のぼくは感銘を受けているのです。

 西の長崎に対するに東の京都にも簡明そのものという「コラム」名があります。高校生までは少しは読んでいた京都新聞で、その名も「凡語」です。辞書にない単語ですから、新聞社の創作か。コラムの内容も、たいていは名にふさわしく「凡」に流れていますが、時には「凡」を突き抜けるような鮮やかなもの(非凡)もあります。普段はお目にかかれないが。つまりは、ボンに徹するという精神というか根性がいいんですね。この新聞を語るには白石古京を忘れるわけにはいきませんが、ここでは止めておきます。マスコミ界の大立者でした。

 冒頭に上げたのは本年四月の分です。ぼくも時に触れていますが、「ラジオ深夜便」は毎日聴く。イヤフォンを耳にして床に入る習慣(悪習)はもう三十年この方つづいています。「深夜便」が始まったのは三十数年前。そのころに放送された「朗読・奥の細道」が秀逸でした。担当はアナウンサーの和田源二さん。冒頭からの語りで、ぼくは芭蕉とともに歩いているような臨場感に見舞われた。今に至るもこの時の感動を凌駕する機会(場面)はなかった。「あすへの言葉」「こころの時代」もよく記憶しています。これぞ「ラジオの時代」でした。いまはすっかりラジオも騒々しくて(テレビ並みの頽落です)、ぼくには聴くに堪えないものが氾濫しています、「N+K」においても。「民活」、つまりは民間並みの「バカ騒ぎ」を寸借・拝借したという為体(ていたらく)です。

 ラジオのいいところは「画面(モニター)」は聴く側の脳内にしかない点です。眼がはたらかないというのが、こんなに想像や空想や幻想などをたくましくするものかという驚きに襲われます。眼が、ときには思わぬ障害にあり、何かと邪魔をしていることを痛感することしばしばです。

 放送開始早々は現役のアナウンサーが総登場していて、まだテレビを見ていた時代でしたから、ぼくはその顔も声もよく知っていました。今はほんの数人しか知らず、声ばかりで(対面ではなく)対耳しているのです。時に「魔が差して」お顔をネットなどで探したりして、後悔することがあります。人にはきっと「ラジオ向き」があるのですね。テレビには向き不向きはないですね、「何でもあり」のお手軽だからさ。

 前置きが長くなっていますが、冒頭の記事に書かれている「絶望名言」も最初から聴いてきました。担当は頭木弘樹さん。お名前が珍しかった(ラジオネームか)ので毎回のように耳を、文字通りに「傾け」ていました。文学紹介者というお話でした。対談の相手は川野一宇(かずいえ)さん。テレビで馴染みでした。当初は、よく理解も同感もできないことが多くありました。ここでは、放送の内容は話しません。いちど聴かれることをお勧めします。というわけで、ぼくは慢性の睡眠不足にあります。前夜十一時過ぎから翌朝五時までが放送時間(六時間)で、寝たり起きたり。地震速報などに起こされたりと、夢と現の「幽明を異にする」経験を毎日のようにくりかえしています。五時には「猫の食事」登板・当番。(余談 来週の月曜日には、かみさんが「出所」予定)

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 凡語:政治家の覚悟

 消し去りたい記憶や言葉が誰でも一つや二つはあるに違いない。うっかりミスや失言など、できればなかったことに、と▼漢書に<綸言(りんげん)汗の如(ごと)し>とある。君子の言葉は汗のように一度口から出れば取り消せない。今なら首相ら政治リーダーの言説に当たろうか▼菅義偉首相は自著「政治家の覚悟」で<政府があらゆる記録を克明に残すのは当然>などと公文書管理の重要性を訴えていた。旧民主党政権が東日本大震災時に議事録作成を怠ったのを批判したくだりである▼だが、首相就任に合わせ発売された改訂版では一連の記述がばっさり削除されている。官房長官時代、森友・加計問題などを巡り、ずさんな公文書管理の追及の矢面に立たされた。くだんの記述について記者会見で「これを本に記したのはどなたか」と問われても、「知らない」▼<議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為>と野党時代に厳しく責め立てたのが、ブーメランのように返ってきたわけだ。旧著も改ざん・破棄したかったのではなかろうか▼出版元は「編集部の判断で割愛」というが、忖度(そんたく)が働いたのか。史記は<前事を忘れざるは後事の師なり>と記す。苦い経験こそ、しっかり肝に銘じねばならない。覚悟と共に政治家の器量が問われよう。(京都新聞・2020/10/24 16:00 (JST))

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 恥の上塗りならぬ、「嘘の塗りたくり」というお粗末極まる醜態です。ぼくはこの件についてもよく知っている方です。嘘も方便と言いますが、彼の場合は「嘘が人生」なんでしょうね。そこにいてはいけない人が、勘ちがいや手はず違いで「いつく」ことがあり、それは歴史の皮肉という以上に、場合や場面によっては、実害が多方面に及ぶという意味では、許されない災厄だとぼくは考えています。「風見鶏」「八方美人」「根無し草」「権力亡者」「小心翼々」「上には弱いが、下には強い」と、言い募ればきりがないほど、彼にはたくさんの軽薄無粋な形容詞が似合いすぎるんですね。この島の首長をあしざまに、口汚く言いつける趣味は、ほんとはないと考えていました。しかし、このところなぜだか、口を開けば、「悪口雑言」「罵詈雑言」「雑言の山」であるのに、我ながら呆れたり驚嘆したりしています。誰のせいにするのではありません。われとわが身に照らして、「悪口(あっこう・あっく)」「雑言(ぞうげん)」はよろしくないと承知しています。一日も早く「雑言の彼方」へ、それは願ってもないことで、行きたいのは山々です。

 「悪口」は仏教の世界では「仏語。十悪の一。人をあしざまに言うこと。また、その罪。」(デジタル大辞泉)だそうです。ぼくは毎日のように「罪を犯す」悪行をしていることになります。この罪深い人間を、いかにして始末しようか。

 自分でもいやになるし、バカバカしい限りだとも感じていますが、あまりにも「あくどすぎる」のを放置すると、「自分だけいい気なもんだ」という感覚も生じてくるのです。困ったもんですね。負け惜しみなんかではなく、誠意や誠実が霧消雲散する風潮や事態に我慢できないんです。「学術会議」の予算を削ると言い出しています。僅か十億円であれこれやっている団体に比べて、マスクはいくら無駄にしたか、国会を開かないでどれだけの歳費が議員の懐に入ったか。コロナ対策費とお為ごかしをして「中抜き」はどれだけだったか。「復興五輪」「対コロナ勝利五輪」と偽って、どれだけの税金をドブに捨てたか。五輪を開くなどと、盗人猛々しい。欧米のコロナ禍の惨状を見ていないんですか。五輪禁止は既定方針とIOC。(もうどうにも、山本リンダ)

 税金の「横領」「背任」」が日常茶飯事になっているのに目を瞑れますか。白昼、恥も外聞もあるものかと、(それを知ったうえで)、厚顔にも「横領」や「詐欺」行為を働く人間たちが指導・篭絡する「国家;人民(people)」というのは、漫画にもならないし、洒落にもならない。「百年河清を俟つ」という言葉がありましたが、ぼくの辞書からは消えていましたね。

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