
「悪乗り」が過ぎますね。これを便乗というのでしょう。キソノナカノリサンならぬ、チバノワルノリサンを地で行くふしだら。別に順位付け(ランキング)にこだわっているのではなく、こだわっていないということをいいたいために、埒もない雑文を懲りないで書くのです。こだわってるんじゃん。
今回は西の長崎。(東の「佐倉」に、この間まで住んでいた)感心するのはコラム名の「水や空」です。何ですか、この安易さは、素っ気ないというか。気に入りましたね。小難しい理屈をこねないのは、なかなかのもの。感心するばかりです。「タイトル」にですよ。「天声人語」よりもいいですね。もう半世紀以上も前に、初めて長崎に行ったきりでした。その後も、長崎には縁があり、友人が五島出身だったり(彼もかなり前に亡くなった)、大学の先輩が知事をしていたり。近藤益雄(エキオ)さんという長崎出身の教育者(この島の障碍者教育実践の開拓者)について調べたりと、それなりに縁があると思っています。どうも彼の地は毎日が雨だという印象というか偏見があります。前川清さんたちのおかげ、『長崎は今日も雨だった』と昨日も一昨日も、誰彼となく歌ってきたんだから。長崎の鐘、長崎の女(ひと)、長崎の夜は紫(この意味がよく理解できていない、「夜景」ですか、瀬川瑛子さん)。(「出島・平戸」と「軍港」と「五島」、それに「被爆」がぼくの長崎物語です)



さて、コラム。「魅力度ランキング」こんなものをネタに使うのは、順番が最底でも最高でもない証拠。なんと十一位。知事さんは調査会社に文句を言わなかったのか。「幸福度」ランキングにも触れています。長崎は二十八位。面白いのは「定住度」で、長崎が四十一位。「えっ」って言い(書き)ますね、コラム氏は。行ってみたい(go to travel)が十一位、幸福感は二十八位。出ていきたいが四十一位。同じ人が回答したのなら、どうなりますか。行ってみたいと住んでみたいは同じじゃありませんし、住みたいが移りたいに変わることはいくらでもあります。事程左様に、ランキングはいい加減なもので、ネタにもならない。(ぼくの駄文のネタにはなっています。どんなものでも使う人あり、捨てる人ありです)
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水や空 先日、この欄で茨城県の最下位脱出を紹介した都道府県の「魅力度ランキング」。ベスト3をおさらいしておくと、1位は北海道、2位は京都、3位は沖縄▲「魅力」が「行ってみたい」とほぼ同義であることがよく分かる。本県の「11位」の理由もこの辺りにありそう。いわば“よそ様”の評価▲では、実際に住んでいる人の実感は-。同じ「ブランド総合研究所」が調べた都道府県別の「幸福度」ランキングによると、こちらは1位から宮崎、沖縄、大分…の順。魅力度がトップの北海道は寒さのせいか、ガクンと順位を下げて32位。わが長崎県は28位▲もっと直接的な質問も見つけた。現在の住民に「ぜひ住み続けたい」から「すぐにでも移住したい」までの5択で“定住意欲度”を問うと、上位には北海道、沖縄、福岡が並んだ▲今年は大都市から離れた地方の健闘が目立つ-と同研究所。4位は前年13位だった石川。島根は前年の43位から11位にジャンプアップ。逆に、東京は4位から33位、神奈川は10位から23位、埼玉は28位から44位に順位が落ちた。大都市圏の苦境はコロナ感染の広がりと無縁ではなさそう▲ところで、長崎県民の定住意欲は…えっ、41位? コロナで地方の安心感が再確認されたはずなのに。いったい、長崎に何が起きているのか。(「定住意欲」(智)(©株式会社長崎新聞社・020/10/23 )
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これはこの島だけではないのかもしれませんが、ランキングや背比べ、序列化、こんな悪習はどこにでも見られますし、それで百害一利ということもありません。しかし、時と場合には、人畜に深刻な被害をもたらすのですから、油断大敵です。学校はその最悪の典型です。いかなる人間(生徒)も五段階に閉じ込めてしまうし、どんな試験も「百点」という狭い範囲に詰め切ってしまう。序列化こそが、学校に本質になってきましたね。ぼくはそこから割合に開放(解放)されていたから、そのからくりがよく分かったような気がします。くりかえしますが、ぼくは順位にはまったく興味がありません。いつでも競争から「降りる」ことを信条としてきた。一番がいて、最下位がいる、それで何の不思議もないけど、それが優劣に「変換」されてしまうという悪弊に、ほとんどの御仁は誑(たぶら)かされているのです。

ぼくの生涯のモットー(あこがれ)は「アンダンテ」と「優劣の彼方」です。歩く速さはマイペース。比べない比べられない「かけがえのなさ」、です。アンダンテもときにはレントになるような速さが好みでした。彼方と言えば、ジュディの「虹の彼方」も好きです。いまはドライブの伴奏曲です。あの虹を追っかけるんだ。虹の彼方に「憧れの地」がある、それを求めて生きて行く。十六歳でスターダムに登攀したガーランド。実人生のガーランドも惨憺たる生活を送りました。酒と薬、壮絶を極めた人生が彼女に憑依したみたいだった。波乱を越えて、ふたたび「スター誕生」を果たす。きっと、ぼくたちは「虹の彼方」を目指して歩くのですが、なに、求めるものは「虹の足」という、その「足の底」にあるんですね。(太陽に吠えたりはしない、野蛮はいやです)
ぼくは少年時代、京都の西山の端にかかっていた虹の足を探しにどこまでも行ったた経験があります。まるで落語ですな。(あるいは純情だったかも)そこには何もなかった、虹のかけらも。こう書いてきて、吉野弘さんでしたか、「虹の足」が口をついて出てきました。(すでにどこかで紹介しました)実に素敵な詩です。何度読んだか、作品に表された現地にも行きました。群馬県の榛名山、その麓に少年院(女性専用)があります。ここにも付き合いがありました。入所者の数人に、誕生祝を送ったりしていました。
そこに入っていた、ある女性と友達でした。彼女は実に賢明な人でしたが、若い歳(三十路をいくばくか)のままで、息子を一人だけ残して、自死されました。通称「悟朗さん」、本名山口葉子さん。一冊の遺書を著し、ぼくの脳裏にたくさんの思い出を刻んで亡くなった。十三から七年間、強烈な薬物地獄に陥っていた。そこから生還して大事な仕事を重ねながら、一瞬の隙を非情な運命は見逃さなかった。魔が差したのか、ふっと消えた。消えた後に、虹を残していった。彼女との縁で少年院の「所長(院長)」さんと知り合えました。彼女はいまも、徳島県で公職についておられます。中野レイ子さん。じつに得難い「一隅を照らす」人。もう一度、お会いしたいと願っているのです。

その虹の足の底に 小さな村といくつかの家が すっぽり抱かれて染められていたのだ。 それなのに 家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。 ―おーい、君の家が虹の中にあるぞオ 多分、あれはバスの中の僕らには見えて 村の人々には見えないのだ。 そんなこともあるのだろう 他人には見えて 自分には見えない幸福の中で
ランキングは虹の影みたいなもので、実態は見通せないんですね。「他人には見えて 自分には見えない幸福」の中にあって、ぼくたちは齷齪しているのだ。急いでも急がなくても、やってもやらなくても、褒められても貶されても、そんなことはみんな虹の影だし徒花(あだばな)ですよ。虹の中にいる人間には気にならないんだ。気に病まないんだ。ひょっとして、ぼくたちは、我知らず「虹の足の底」に生活しているんじゃないだろうか。そこ(底)は今日も晴れだった。
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