一喜一憂するのは、やはりどうかと思うね

 知事の反論

日本人はランキング好きと言われる。本県関係でもイチゴ生産量やギョーザ購入額など身近に順位を意識するものは多い。誰でも上位にあれば気分が良いが、下位にあると気が重いはず▼2年前、信号機のない横断歩道を歩行者が渡ろうとするとき、止まる車の割合が本県は全国最下位という日本自動車連盟(JAF)の発表にはショックを受けた。反響は大きく、汚名返上に向けて県警はCMの制作までした▼民間調査会社による今年の都道府県魅力度ランキングで、本県は初めて最下位に転落した。評価は「とても魅力的」「やや魅力的」「どちらでもない」「あまり魅力的でない」「全く魅力的でない」の五つの回答項目のうち、最初の二つを魅力度として計算して決まる▼あくまで感覚的、印象的なものであり、横断歩道と同列には論じられない。そうした調査手法が報じられることがなく、多くの人は総合的な指標と誤解していたのではなかろうか▼福田富一(ふくだとみかず)知事が「84の調査項目の中から、魅力度だけを抜き出して公表するのは納得できない」と不満を表明したのはもっともである。都内の調査会社に行って、調査手法の変更を申し入れた行動には驚かされたが▼かねて一喜一憂するのはどうかと思っていた。ただ、その発信力が実態を知ってもらうきっかけにはなっただろう。(下野新聞10/23 9:02)(上はシモツケソウ)

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 下野と書いて「しもつけ」と読ませます。「しもつけの(下毛野)」の略とされる。とすれば、「かみつけ」もあるのが道理で、「上毛」がそれにあたりそうですが、こちらは「かみつけ」とは読まないで「じょうもう」とする。(「かみつけ」では、なんだか狂犬をけしかけているような塩梅ですから、それはまずい)あわせて「両毛」(上毛野 (かみつけの) と下毛野 (しもつけの) の併称。上野 (こうずけ) 国と下野 (しもつけ) 国。)(デジタル大辞泉)おそらく「両毛作」(りょうげさく)(同じ耕地に作物を1年に二度栽培すること。稲作のあと、麦などの裏作をすること。りょうもうさく。→片毛作)(同上)からきているはずです。(ケノクニなどとも称する)また、「二毛作」とも言いました。「毛」もは古い言葉(万葉以来)で、いろいろな使われ方をしてきた。特に稲の穂の実り、「作毛」の「毛」は「のぎ」とも言いました。芒、禾と書く。鯁とも。栃木(下野)に野木町があります。(ぼくの中高校時代の同級生(女性)が住んでおられましたが、先年亡くなられた)(あちこちに「のげ」(野毛)という地名があります)

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 悪癖が顔を出しかけています。まるで「シリトリ」のようにはてもなく、つまらない詮索が続くのです。若いころ、頼まれ原稿を書く機会があっても、ちょっとした語句にこだわり、本文が書けないままで締め切りを迎えるということが度々でした。学校の教室では何事も「時間切れ」で、万事中途半端というのが嫌だった。終わったところから始めないでいつも尻切れトンボ。本読みがその典型です。数行ばかりを生徒に読ませ、漢字の書き取りや語句の意味を覚えて終わり。教室において、人が賢くなることは不可能です。ぼくの無能さ加減を教室のせいや教師のせいにするのではない。正直に言えば、その程度の教室や教師にもかかわらず、ぼくが賢くならなかったのは、ひとえにぼくの「不徳の致すところ」と小学校以来考えてきました。学校と歩調を合わせたんですね。(上は麦の「のぎ」「のげ」「ノギヘン」です)

 のぎ【×芒】= 稲や麦などイネ科植物で、花の外側の穎 (えい) の先端にある針状の突起。分類上重要。(「禾」とも書く)切り箔 (はく) の一。金箔・銀箔を細く切ったもの。装飾経や絵巻の詞書 (ことばがき) の下絵、装丁の装飾に用いる。のぎ【×鯁】 「芒 (のぎ) 」と同語源》のどに刺さる小さい魚の骨。「喉 (のみと) に―ありて、物え食はず」〈・上〉(デジタル大辞泉)(「ススキ」を「芒」とも書く。左下)

 さて、ランキング。こんなのに目くじらや青筋を立てていてはやりきれない。全国「幸福度」ランキングでは「宮崎」が首位、「えっ、なんでや」となるでしょ。全国学力テスト(小学部)「秋田」が一位、自殺者の部も「秋田」がトップ。どうしてか。という具合に根拠がなさそうなありそうな、いい加減なランキングがまかり通っている。そんな島社会ですが、これをグローブ単位に広げると、この島の指標はことごとくが平均以下。もちろん、ランクに関係なく、快適で平安で余裕のある生活や暮らしができればいうことはありません。わけのわからない網(全体)をかけて、上だ下だといっても始まらない。「住めば都」って何だ。「住んでも田舎」ですよ、ぼくのところは。

 ちなみにぼくが住んでいる千葉県は「幸福度」は下位(底辺)に漂っています。(あるいは「痴事」のせいではないか)でもぼくの生活や暮らしは「幸福」かどうかわからないが、ぼくの身の丈に合っているといっておきます(底辺かもしれない)。「君は幸福度の低い県に住んでいるな」といわれ、「ダサイタマ」みたいなことなんでしょうが、一向気にならない。在学してる学校が「難関校」「進学校」「普通校」「底辺校」「不登校」などと評価されても、ぼくにはまったく関心がなかった。まるで店屋物の丼や寿司屋の「松・竹・梅」だの「特上・上・並」みたいなもの(さすがに、「上・中・下」はなかった、ぼくの知る範囲で)、お腹がすいていればなんでも「うまい」のが道理で、向上心や向学心があれば「どこだって学校だ」というばかり。でも、向学心なんてどこを探しても、ぼくにはなかった。学校はほんとに嫌いだったからね。名前や値段で「勉強の出来不出来」が決まること自体が、バカも休み休みにいえという話。偏差値が高いといわれている奴が「国を売り」「国を滅ぼし」「国を食い潰し」ているのが、ただ今の島の実態です。(偏差値の低いヤツも同じように「亡国の徒」たらんと懸命に勤しんでいます)(学校には「上等・中等・下等があるみたいですね。符丁(看板は違いますが)が流通横行しています。ぼくは下等学校出の、下等人間だ) 

  栃木の知事さんは「ランキング」調査会社にクレームをつけに行ったという記事を読んだが、つまらぬことをするものです。飛んで火にいる夏の虫ならぬ、「とちぎちじ」ですな。調査会社の思う壺にハマったんだから、ランキングの順位もまんざらではないという証明になるか。ほかにすることがあるでしょと言いたいですね。餃子もいいけどね。それだけではないというのを示す。その知事さんの振舞いに「驚いた」とコラム氏。感心したのか、しなかったのか)

 「雷鳴抄」氏の目線というか、レベルは知事に同じ。この知事にしてこの「雷鳴抄」氏あり。いや、その反対ですか。「一時停止」をしない車がトップというのは、お里が知れるというもの。「停止する」では最下位。「停止しない」が首位、と物は考えようですが、死亡事故につながるおそれがあるのだから、それこそ「下から二番目」でも話にならない。コラム氏よ、もっと見るべきもの、書くべき対象・内容があるんじゃないですか。四百字にも満たない「コラム」の一本が新聞紙面を代表し、そんな新聞を発行している自治体に親近感をいだかせることがあるんですね。「雷鳴」と言いますが、下野(しもつけ)のは「やさしい」というのか「おとなしい」んですな。「雷名」は天下にとどろくもの。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです