迷人の方所を弁ぜざるが如くあれ

 どこにでも、よく見られる風景です。ある問題に遭遇し、「私はこう思う」「ぼくはそうは思わない」などと、議論百出。それはまことに結構なんですね。問答多様はぼくのもっとも望むところですが、世の風潮では「問答無用」が幅を利かせています。さらにいうと、「異論封じ」です。まるで穴八幡神社の「虫封じ」の護符をかざすが如くに、邪魔者はどけ、消え失せろとか、おっかないことおびただしい状況にしばしば直面します。

 「君はまちがっている」という発想は、間違いなく「私(こそ)が正しい」という窮屈至極な穴倉から出てくる。それは間違いだと、誰が決めたのか。おれが決めた、文句あるかと言わぬばかりです。とすれば、世のたいていの宗教・宗派(まがいも含めて)はそういう穴倉(場所)であるらしいというのはどうですか。ぼくは若いころから、この穴倉の住人をほとほと嫌いぬいていました。お前は頭が固いと、褒められたんじゃないでしょうが、しょっちゅう言われていました。三つ子の魂なのか。宗教というものの正体(実態)はよくわからないにもかかわらず、宗教・宗派(周波)には近づかないようにしていた。感染を恐れたのではなく、その頑なな「独善」が我慢できなかったからです。それはなにも、宗教・宗派にかぎらない。

 君はまちがっているけれど、ぼくも怪しい、そんなあいまいな態度では宗教にはならない、そんな頼りないところ(穴倉)に誰も入ってこないからです。でも、「真理はわれにあり」という呪文がどれほどの悪をなしてきたことか。白くも見えれば黒くも見える。ここ(不分明)(いわく言い難い部分)のところになんかがあるんじゃないですか。ぼくはずっと「煮え切らない派」です。

 こんなことを言いながら、ぼくは禅宗だの鎌倉仏教だのの難解な本を枕に気楽に夢の中を彷徨うのが趣味になってきました。また、教祖というか名僧の「智慧」「知識」には万感の敬意を示してもいるのです。親鸞や道元、果ては読めもしないのに空海などを齧ったりしました。雪舟や良寛などなど。それにとどまらず、禅僧たちの逸話にも感心したり驚いたりと、まことに忙しい読書に耽ってきました。お釈迦さまにはまだまだ近寄れませんが、その後裔者たちには、怖いもの知らずで、近づいたり、遠巻きにしたりしています。今回は馬祖道一(バソドウイツ)です。

 馬祖道一(ばそ・どういつ)は唐代の生まれ。彼が残した教えに「迷人の方所を弁ぜざるが如くあれ」(めいじんのほうしょをべんぜざるがごとくあれ)という禅の心得を示唆した言葉があります。つまりは「手探り」で「暗夜」を歩くという話。ナビもなければ、道案内もない。それが生きること。覚悟を決めて参禅し、「うまくいったら悟れるぞ」なんて思うな、迷うことから離れるなと、繰り返し道一はいう。「迷うことはやめる」という不動の境地に達しようとするな、それは明らかに夢・幻なんだ。それは夢の夢。覚悟だの悟りだの、そんなものは迷いにいたらない迷いなんだ(迷い以前の戯言)とも。堂々と、あるいは苦しみながら迷いを重ね、弱々しく(しなやかでもある)生きていると、こんなにもたくさんの仏心・仏性が顕現するのかしらと(つっかえながら)読んでいて、うれしくなる。説得するな、説得しようとするな、肩ひじの力を抜いて、ゆっくり歩き、ゆっくり座す。お腹がすいたら食べ、眠くなれば眠るだけ。だけ。

 有名な逸話です。

 “磨磚成鏡” 「馬祖はまだ若かったころいつも般若寺(南岳衡山)の伝法院で坐禅していた。師父の懐讓は,覚悟に坐禅は必ずしも必要なく,大事なのは自性の道理を体悟することだと啓示しようとして,彼の前でレンガを磨いてみせた。馬祖がなぜレンガを磨くのかと問うと,懐讓は“鏡にするのだ”と答えた。馬祖が“レンガを磨いても鏡にはならないでしょう”と疑問を呈すると,懐讓は答えた:“レンガを磨いても鏡にならないのに,坐禅をすれば仏になれるのか?”馬祖は醍醐を口にした如く,ここに大悟した」(不用意なこと、出典箇所(不記載)不明。後ほど明示します)

 ここに「醍醐」という語が出てきました。「ガンダーラ」でもなければ「北川景子の夫」でもありません。いろいろに使われます。天皇や寺の名。あるいは「醍醐味」などとも。さぞかし、それを口にして、得も言われぬ幸福境に入れるのでしょうね。間違いを知る、誤りを知らされる、それが「醍醐味」なんだ。

(五味=大般涅槃 経に説く、牛乳を精製して順次に生ずる五つの味。乳味・酪味・生酥 (しょうそ) 味・熟酥味・醍醐 (だいご) 味で、醍醐味を最高の味として仏の涅槃にたとえる。天台宗ではこれを釈迦1代の教説の順序になぞらえ、五時教に配する。デジタル大辞泉)

 「レンガを磨いても鏡にならない」と悟って、「仏の涅槃」を知ったというのです。つまり、なにをしても「悟り」なんか得られないと。この道をまっすぐ歩いていくと、悟りの門に至るということはあるはずもないのです。この道理を知る、これこそ「醍醐味」なんだと「悟った」らしい。ぼくにはよく感じとれませんが、なにをしても悟りなんか得られないんだという。なんだか格好いいじゃんと思ってしまうのです。この僧にはいくつも後世に残された「名言」らしいものがあります。その一つを。「平常心是道」という。「即心是仏」「非心悲仏」とも。何とでもいえる、それでいいし、そこに道の核心があるんでしょうか。「禅」は宗教とは違う、と思う。でも寺に籠っています。

 少年の頃、庭に遊んで「参禅」なんかしなかったが飛び回っていた京都花園の妙心寺(臨済宗妙心寺派総本山)がこんなことを、とても立派な哲学を語っています。

禅とは心の別名です。ひとつの相にこだわらない無相。一処にとどまらない無住。ひとつの思いにかたよらない無念の心境を禅定と呼び、ほとけの心のことです。/ 私たちの心は、もとより清浄な「ほとけ」であるにも関わらず、他の存在と自分とを違えて、対象化しながら距離と境界を築き、自らの都合や立場を守ろうとする我欲によって、曇りを生じさせてしまいます。/ 世の中、意のままにならないものですが、正確には我欲のままにならないということです。禅語の「如意」は意の如くと、思いのままになることを言いますが「如意」の「意」は我欲のことではなく、自他の境界と距離を超えた森羅万象に共通するほとけの心のことを指しています。

 この「ほとけ」の心の働きには「智慧」と「慈悲」があり、それは認許とも言い換えられます。自分とは違う相手を許し認め、自分とひとつとする「不生不滅・不垢不浄・不増不減」の空の価値観に立つおおらかな心のことです。/ 自他の距離と境界を越えるには、自分自身を空しくすることです。
禅とは、雀の啼き声を耳にしても障りなく、花の香りの中にあっても妨げにならず一如となれる、そういう自由自在な心のことです。」(https://www.myoshinji.or.jp/about_zen/zen)

● 涅槃=《(梵)nirvāṇaの音写。吹き消すことの意》仏語。 煩悩 (ぼんのう) の火を消して、智慧 (ちえ) の完成した悟りの境地。一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地。仏教で理想とする、仏の悟りを得た境地。 釈迦 (しゃか) の死。(デジタル大辞泉)

● 馬祖道一=709生。中国、中唐期の禅僧。漢州(かんしゅう)(四川(しせん)省)什(じゅうほう)県の出身で、俗姓が馬氏のため馬祖と通称される。州の羅漢寺(らかんじ)に投じ、資州処寂(ししゅうしょじゃく)(648―734)の下で出家し、益州長松山、荊南(けいなん)明月山などで修行した。ついで南岳懐譲(なんがくえじょう)に師事し、「南岳磨磚(なんがくません)」の話によって心印を得、建陽(けんよう)(福建省)仏迹巌(ぶっしゃくがん)で開法した。その後、江西省の新開寺、公(きょうこう)山、開元寺などに住して宗風を挙揚し、湖南の石頭希遷(せきとうきせん)と並び称された。馬祖やその門人たちには口語による説法の記録が多く伝わり、後世の膨大な禅宗語録出現の契機となった。788年2月1日、潭(ろくたん)の石門山宝峰寺で示寂した。1966年『馬祖禅師舎利石函(かん)題記』が石門山で出土発見された。[石川力山](大日本百科全書)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。