「性的嗜好は、侮辱的で時代遅れの言葉です。この言葉は反LGBTQの活動家らによって使われ、性的指向は選べるものという考えを示唆していますが、間違いです。性的指向は、人間のアイデンティティーの重要な一部なのです」/(“Sexual preference is an offensive and outdated term,” Hirono said. “It is used by anti-LGBTQ activists to suggest that sexual orientation is a choice. It is not. Sexual orientation is a key part of a person’s identity.”)
間違いを指摘されたバレット氏は「私は決してこの言葉をLGBTQコミュニティの人たちを、侮辱しようとして使ったわけではありません。もし私の言葉が侮辱であったのであれば、心からお詫びします」と謝罪した。(“I certainly didn’t mean ― and would never mean ― to use a term that would cause any offense in the LGBTQ community,” Barrett said. “So if I did, I greatly apologize for that.”)(以下略)(同前記事)
“So if I did, I greatly apologize for that.”「この言葉が侮辱に当たるのなら、それについては誤る」というのですが、それ以上のことは言わない。言っていない。ある言葉を使って、当事者を傷つけたり侮辱したのであれば、今後、この問題についてはこういう姿勢や態度をとるので赦してほしい、このように言う人はまずいません。「言葉」は取り消す、だから「侮辱」は消えるという具合にはいかないのですが、それで追及も謝罪も止まってしまうのです。残されるのは「虚しさ」と「後味の悪さ」だけ。今回(バレット氏)もそうでしょう。間違いは間違いだ、とどうして認められないのか、自分が減るんですか。じぶんの「自尊心」が傷つくというのなら、「あなたの言葉で傷つけられた人がある」とどうして気が付かないか。と言ってもダメなんだ。つける薬がないなあ。副作用のない「新薬」開発を急ぐか。
「はっきりしておきたいのは、私は性的嗜好で人を差別したことはないということ、そして性的嗜好で決して誰かを差別しないということです」「人種差別と同じように、差別は嫌悪すべきものです」(“I do want to be clear that I have never discriminated on the basis of sexual preference and would not ever discriminate on the basis of sexual preference,” Barrett said. “You know, like racism, I think discrimination is abhorrent.”)