いい暮らしというのは、たいへんであっても…

 一人の女性のことをしゃべりたくなりました。その人は Aunt Arie、アリーおばさん。1978年に92歳で亡くなられています。ノースカロライナ州のアパラチア山中で生涯を送った人です。(以前から書いておこうと思っていた何人かの女性の一人です。先月、アメリカ連邦最高裁判事のRBGさんが亡くなられた時も、アリーおばさんの風貌を思い返していたところでした。「学歴」ではなく「生活歴」こそが大切ですね)

 彼女はアパラチア山中で、晩年、たった一人で「自給自足」をして暮らしていました。ぼくが教えられたのは、何よりも自立した生き方を徹底したという点にあります。事情があって学校にはほとんど通えませんでしたが、それは彼女の意志と自立性を強めることに役立ったのです。まるでギンズバーグさんと正反対の生活環境で生涯を送ったといっていいでしょう。彼女の生き方の流儀、あるいは生活の流儀とでもいえる話です。

「母がずっと病気だったから、学校へはね、一ヶ月行っただけ。その一ヶ月のあいだ一度も休みませんでした」(写真左下、Foxfire’s “Aunt Arie”. Photo Illustrations. 1992 Paperback Edition)

 アリーおばさんのお母さんは脳に障害を持って生まれ、まったく動けない身体で結婚し、彼女を生みました。48歳で亡くなるまで、彼女は30年間母親の面倒を一人で見たのでした。これが彼女の「学校」となり「教育」となったのです。文字通りの<Home School>でした。

「何一つ私なしでできなかった母は、私のなかに何にもまさるよき強さを育ててくれたかけがえのない人でした」「たいへんな仕事ほど楽しい仕事はないのですよ。ほんとうですよ。働くのがたいへんだったからこそ、私たちは毎日が楽しかった。いい暮らしというのはね、どんなにたいへんであっても、働くことが楽しい毎日のことですよ

 幼馴染のユリシーズと結婚して、一子を授かる。夫が亡くなった後、十年余だったが、彼女は豊かな生活を満喫して生涯を送った。彼女の周りに集ってくる若者たちに自分の生活スタイル(文化)を丁寧に授けることを介して、山の生活の厳しさも豊かさも「貴重な文化」ととらえる姿も印象的でした。ぼくも彼女から教えられたことはたくさんありますが、今でも肝に銘じているには、以下の三か条であります。なかなか含蓄がありますね。

 アリーおばさんがいつも語っていた三つの生活態度(思想)があります。

hard work(大変な仕事) 

good life(いい暮らし) 

③living by myself(自分で生きる)

 彼女はまずアパラチアの山中から出なかったといっていい。生涯を山の中で暮らすという人生、ここにも一つの「山の人生」があったといえるでしょう。RGBさんは、反対にアメリカの都会の真ん中で生涯を送られた。どちらがいい人生であったかと問うのは正しくないでしょう。それぞれが境涯に見合った生き方をしたら、それが街中と山中の二つの生活に分かれたというだけです。この”AUNT ARIE”を呼んだのは何年前だったか、おそらく都会のど真ん中といってもいい繁華街を行き来しながら、その時分はそれなりに懸命だったでしょうが、ぼくは、よく分からない生活に齷齪していたと思う。騒々しい都会から抜け出したいという願望は、それまでに何度も生じていましたが、事情が許さないのでそのままに都会にいつづけてしまいました。

 柳田国男さんの『山の人生』『遠野物語』に深く引き込まれたのは、ぼくの若いころからの「町からの脱出」願望という性癖もあった。街中や騒々しいのはとてもいけなかった。もちろん、この島の「山の世界」には独特の歴史や伝統、あるいは「文化」というほどの深みがあったことは実に魅力だった。素っ頓狂なことを言うようですが、アメリカにもヨーロッパにも「山の人生」があるのはあたりまえだし、それを自分流に感じ取ってみたいという期待もありました。もちろん、学歴や職歴に依存する人生ではなく、所与の環境にとどまりながら、生活に資する働きかけを自然に向けて実行するという、素朴は「文化生活」というものを夢に描いていました。それがアリーおばさんに見出した「自給自足」生活だったというわけです。(今回はほんの手始めで、この部分をさらに続けてみたいと思っているのです。根拠のない空元気がもう少し続いてくれるなら、東西古今に見られた何人もの「山の人生」をたどりたいですね。できるかな)

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The Foxfire Fund is a nonprofit organization that has been preserving and fostering Appalachian culture through its bestselling series of anthologies, starting with The Foxfire Book in the early 1970s. The Foxfire Museum and Heritage Center is located in Mountain City, Georgia. (www.foxfire.org)

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 疲れ知らずで決然として正義を守る

米連邦最高裁のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が死去 リベラル派の87歳 (BBC NEWS 20年9月19日)

(ギンズバーグ判事は連邦最高裁の史上2人目の女性判事だった。写真は2010年撮影)

米連邦最高裁は18日、ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が亡くなったと発表した。87歳だった。大統領選を目前にしたその死去は、今後のアメリカの国のあり方に大きな影響を与える可能性がある。

最高裁の史上2人目の女性判事で、女性や少数者の権利を強力に擁護したギンズバーグ判事は、すい臓がんのため亡くなった。最高裁によると、ワシントンの自宅で家族に囲まれて息を引き取ったという。

「私たちの国は、歴史的な法曹家をたったいま失いました」と、ジョン・ロバーツ最高裁長官は声明を発表した。「最高裁の私たちは、大切な同僚を失いました。今日はみんな悲しみにくれています。しかし、ルース・ベイダー・ギンズバーグの記憶は、未来まで続くと確信しています。私たちが知っていた通りの彼女を。疲れ知らずで決然として正義を守る彼女のありのままの姿を、未来の世代も記憶し続けると」。

判事の訃報が伝わると、最高裁の前には数百人が次々と集まり、黙祷(もくとう)を捧げたり、「アメイジング・グレイス」や「イマジン」を歌ったりしている。(以下略)(https://www.bbc.com/japanese/54215439)(元の記事は;https://www.bbc.com/news/world-us-canada-54214729)

(最高裁の前に集まりギンズバーグ判事を悼む人たち。プラカードには「自分にとって大切なことのために闘いましょう。ただし、ほかの人たちも参加したくなるようなやり方で」というギンズバーグ判事の言葉が書かれている)(18日、ワシントン)

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 亡くなられて一か月近くが経ちました。うかつにも、ぼくは彼女の名前は知っていたし、連邦最高裁での位置についてもいくらかは理解しているつもりでしたが、この間に、彼女の生涯を報じる記事や記録、映画や単行本などに触れるにつれて、驚きと尊敬の念が深まるばかりでした。自らの無関心を恥じらなければならないと痛感しています。いまなお、彼女に関して駄弁を弄することはぼく自身が気が引けるというか、憚られる気がしますので、いずれ、時間をかけてアメリカの裁判制度、政治と司法の関係あるいは、最高裁における判事の役割や影響などについて述べてみようと思います。

(この島の最高裁の判断については、すべてではありませんが、時々の事案に関するものについては割と見てきたつもりです。しかし、時の政権や権力にあからさまな反対の判断や意見が出ることは近年では全くと言っていいほどに出ていません。時とし、手個別の反対意見に観るべきものがありますが、それは決して多数にはならない。世ウルルに、最高裁(判事)もまた政権の一角でしかないということです。この事実を見るだけで、ぼくには様々な点において、アメリカは混乱していると思うけれども、右であれ左であれ、ダメなものなダメという判断がはたらく国であるという感情を持っています。

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