科学は実事求是、保身を図らない

山東省青島の紡織谷で防疫をテーマとする壁画を見る市民。最も大きな「鍾南山像」は高さが5メートル、幅が3メートル(2020年5月5日撮影)。(c)People’s Daily/黄傑顕
【9月28日 People’s Daily】84歳の鍾南山(Zhong Nanshan)氏は現在、中国広州医科大学(Guangzhou Medical University)付属第1医院国家呼吸器系統疾病臨床医学研究センター主任。医療、教育に従事して60年。鍾氏は「人民大衆の健康と命を守ることこそ、私たち医者の使命」と語る。
 ある友人が声をひそめて「君は判断ミスが怖くないのか。少しでも間違いがあれば、中国工程院院士の名誉にキズがつくぞ」と警告した。これに対して鍾氏は「科学は実事求是(事実に基づいて真理を求める)だ。保身を図ってはいけない。保身を図れば、患者が害を受ける」と静かに言った。(以下略)(https://www.afpbb.com/articles/-/3306932)

 今回の「新型コロナウィルス」感染者がこの島で確認されて以来(一月の、東京で認められた屋形船の乗客と乗員)、ぼくは中国の武漢由来とされた発生源に関して、いくつかの報道を軸にして(素人なりに)問題の所在を調べようとしてきました。そのさいに、まず出会ったのが鐘先生の姿でした。約十日間で千人規模の病院建設を指導していた時のものです。彼は2003年に発生した「重症急性呼吸器症候群(SARS)」の療法を確定した人としても知られていました。それは、「超人的」と言いたいほどの行動です。(参照・https://www.afpbb.com/articles/-/3267989;https://toyokeizai.net/articles/-/328431)

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 ここで彼我の比較云々というのではありません。言っても始まらないし、現実に、この島社会には「コロナ対策」に関して、誰がどのようにして何を目途として実施しようとしているのかわからないという以上、可能な限りでこの社会の現状に沿った方途が求められているからです。「見よ!この現実を」です。

 八十歳を超えてなお、虎のようなというべきか、虎視眈々と「敵」ににじり寄り、正体を明らかにすべく奮迅の活動をされている鐘南山氏に畏敬の念すらいだいています。このウィルスがどういう性質を持っているのか、それにはどういう対策が効果があるか、今この島で取られている効果的な方法の源にもなっている、一人の科学者であるといえます。

 なかなか終息(収束)が見えない不安感ばかりが拡大しています。あるいはこの先も、今あるような状況が果てしなく続くのでしょうか。わが身は自分で守るというのは当然ですが、政治や経済に翻弄されない、まともな生き方をして生活をまっとうしたいものです。(世界の感染者が何百万人、死者が百万人超かなどと、「人命」を無機質な数字に閉じ込めて事足れり、としてしまう報道まがいに、ぼくはうんざりする以上に慨嘆させられています。それに輪をかけるように、「死なば死ね」と言わぬばかりの心ない政治指導者(なのかしら)が跳梁しているさまには肝をつぶすほかありません。人命尊重が「お題目」だけの、不良政治や政治家には瞬時に退場してもらいたいと、無謀かつ無駄な願いを募らせています。

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 医師の仁愛の心は往々にして、ささいな言動に表れる。「これほどのお年で、疲れませんか」との問いに対しては、鍾氏はいつも「病気を治して人を救う。疲れなんか感じませんよ」と笑顔で答える。(同上、9/28付け記事)

 「医は仁術なり」というのは、元来が、文明においては、島社会の本家筋にあたる華の国の姿勢でもあったでしょう。いまでは失われたかにみられていた「規範」「光明」というものを目の当たりにした気がしています。 

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。