百聞は一見に如かずというけれど

朝日新聞記事 女性がアマゾンに書き込んだ商品のレビュー。現在は削除されている(アカウントにモザイクをかけています)⇒
まさに執念の追跡...やらせレビューで売り上げ減→被害社長が投稿者と対面するまで
低評価が続き商品の売り上げが2割余り減るなか、被害者の社長は執念の追跡で投稿者を割り出した。
 やらせレビュー、社長が執念の追跡 一致した配送先住所
 通販サイト・アマゾンのレビュー欄に低評価の投稿をさせて競合他社の信用を傷つけたとして、福岡市の会社役員の男性(26)が信用毀損(きそん)罪で罰金刑を受けた事件。低評価が続き商品の売り上げが落ち込むなか、被害者の社長は執念の追跡で投稿者を割り出した。
 被害に遭った福岡市の健康食品販売会社の男性社長(39)が、朝日新聞の取材に、その詳細を明らかにした。社長が「異変」に気づいたのは2018年1月初旬。普段は月に1件あるかないかの低評価レビューが、1週間でサプリメントなど2商品に9件ほど続いた。5段階評価で最低の「星一つ」も複数あった。商品の売り上げは2割余り減り、死活問題に。だが、なぜ低評価が続いたのか腑(ふ)に落ちなかった。(以下略)(https://www.huffingtonpost.jp/entry/amazon-fake-review_jp_5f6181efc5b68d1b09c95dcd?utm_hp_ref=jp-news)

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 時代はすっかり「レビュー」依存症に罹患しています。自分の目鼻(見聞)を信じないというか、信じようにも見聞がないんですか)先ずほとんどの人が消費生活の根底におくのは、「商品・商店レビュー」にヒントを得るような姿勢で花以下、そんな気もします。スマホももっていないぼくですら、地図を見て店の場所を探す(例えば医者や喫茶店など)時に、嫌でも目に付くのが「レビュー」「コメント」欄です。もとろん、それですべてを判断することはありませんが、「こんなひどい店、やだ」と迷うことはあります。学校選びなども「入り口」は「正体不明のレビュー」です。人物選びはどうですか。その多くはやらせであることを承知していても、幾分かは判断に影響するのを排除できない。

 ネット時代に蔓延する風潮の第一は「キャンセル・カルチャー(cancel culture)ではないかとさえ思ってしまうのです。最近でも何人かがその犠牲になっています。アメリカは、人権問題では後進国ではあっても、キャンセルカルチャー」の堂々たる先進国です。なにせ、現職の大統領が率先して「やらせ」」「捏造」の投稿を頻繁に繰り返しているのです。この島でも変わらないようです。フェイクばやりです。

 これをなくするには「投稿削除」「投稿禁止」にするほかありません。中国をはじめとする、いくつかの専制国家のように。投稿者の「リョーシン」に期待することは、猫に「焼き魚の皿」の見張りをさせるようなもの。気象情報から「雨の日」を除くことに等しい。「八百屋で魚を買う」という言い方がありますが、そんなレベルじゃないね。ぼくもある時期まで散々な目に遭ってきました。ふだんから「評判」は気にしない人間でしたが、まともにぼくを知らないものが「批判・非難」を書きなぐっているのが目に入ると、けっして気分は爽快ではありませんでした、当然。ムカつきまっせ。

 ニセ投稿は「営業妨害」「名誉棄損「人権侵害」などに該当する場合もあります。いわば「犯罪行為」です。ミシュランの五つ星や三ツ星なども、その来歴を知ると、なんだよ、となります。大事なのは「他者による評判」なんかではなく、「百聞は一見に如かず」ということです。なるほどと早合点しないでね。「聞くより見る方」が大切と受け取るのでしょうが、そんな簡易なものではありません。さまざまな「百聞」というものが根底になければ、たったの「一見」なんて、価値は実に薄いものですよ、という具合にぼくはとらえてきたのです。「百聞」はみずからの経験、だからこそ「一見」という「現実」に迫力(確からしさ)が生まれるのです。(もっとも、「百聞どころか数聞で、事足りる」がほとんどですが)ようは、自分の脚で歩き、目と耳で確かめなさいということ。

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アマゾンで偽レビュー作りまくる不届者の正体 投稿者「軽く月10万円ぐらいは稼げますよ」

(https://toyokeizai.net/articles/-/308926)

 自分が罠に引っかかるのは、その後「人生」のためには無駄にはなりませんが、「被害」を受けた側はたまらない。

 「キャッシュレス」という風が吹きまくっていますが、本当にキャッシュレスなのは、誰ですか。他人から金を略取する輩ですか、それともほかにもっと悪いのがいるのかしら。詐欺禍はコロナ以上に感染中。ワクチンは利かない。ニセワクチンも横行しています。注意一秒、そんなものでは足りない。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。