変貌する教室の風景、新たな可能性

  旧教育と新教育について(十九世紀末のアメリカにおける)

 二十世紀における教育思想の大家で、この国の学校教育にも大きな影響を与えた人にアメリカのジョン・デューイがいます。1896年に始められたシカゴ大学付属小学校(実験学校)―これは約7年間続きました―の経験をもとに『学校と社会』という小さな書物(講演集)を彼は出版(99年)しました。そのなかで旧来の「伝統的教育・学校」に対してつよい批判を展開しています。いま聞いてもじゅうぶんに参考になると思われます。(デューイに関しては、すでに何度も、このブログの中で述べてきました。同じような内容になりますが、事の性質からお許しいただけると幸いです、悪しからず)

 あるとき、デューイは「子どもたちの身の要求にぴったりするような机と椅子」を求めて学校用具店をまわったが、自分たちがほしいものが見つからず、最後に立ち寄った店の主人から次のようにいわれたそうです。「お気の毒ですが、手前どもにはお望みのような品はございません。子どもたちがなにかこうそれでもって作業をやれるようなものをお望みのようですが、ここにあるものはどれも聴講用のものでございます」

《 それはすべて「ものを聴くために」作られたものである ― というのは、たんに書物から学科を学ぶということは、聴講の一種にほかならないからである。それは一つの心が他の心に従属・依存していることをしめすものである。ものを聴くという態度は、比較的にいえば、受動的の態度であり、ものを吸収する態度である。すなわち、それは一定の出来合いの教化がそこに存在すること、その教材は教育長・教育委員会・教師などがあらかじめ準備しておいたものであり、子どもはできるだけ最少の時間にできるだけ多量の教材を取り込めばよいことを意味している 》(『学校と社会』)

 学校というところでは子どもは自分たちでなにかをするのではなく、教師が話すことをちゃんと聴くための場所だというんですね。教師が話し、生徒は聴く。今も昔も変わらぬ教室の眺め。よく聴ける子は優等生、よそ見をする子は劣等生という、子ども観の相場はいまも健在です。教師は〈授業〉を授け、生徒は〈授業〉を受けるというものですね。 

  ところで、教育(教師)は「おしゃべり病」にかかっているといったのはパウロ・フレイレという人でした。どんなに興味のありそうな事柄でも、教師が話すうちに、内容は枯渇してしまう。本来は面白いはずなのに、いらぬ努力をしてつまらなくさせてしまうのじゃないか。生徒が不思議を感じたり、感動することは勉強の邪魔になるとでも思っているのではないかといいたくなります。

 《 話し手である教師の話は、生徒がその内容を機械的に記憶するように促す。さらに悲惨なのは、生徒を教師によって満たされるべき「コンテナ」つまりは容器に変えてしまうことである。容器をいっぱいにすればするほど彼はいい教師であり、より従順に満たされるがままになればなるほど、彼はいい生徒になるのだ 》

  《 教育はこのようにして預金行為となる。そこでは生徒たちは金庫であり、教師は預金者なのである。お互いが交流するのではなく、教師は固まりの教義を発し、「預金をする」それを生徒たちは忍耐しながら受け入れ記憶し、そして繰り返す。これこそが銀行型教育というものであって、そこにおいて生徒たちに許される活動の範囲は、預金(教師によって話される内容)を受けとり整理し貯めるだけということなんだ 》(フレイレ『非抑圧者の教育学』)(この部分は英語原文で後日掲載します)

  椅子の話に戻ります。同じ規格の机と椅子が整然とならべられている教室、その教室の風景はどこもかしこもあまり代わり映えがしません。そこではいったい、どのような教育活動がおこなわれるのでしょうか。そのことについてデューイは次のようにいいます。

《 机がきちんとならべられてある伝統的な学校教室から受けるもう一つのことは、できるだけ 多数の子どもたちをとりあつかうために、つまり、子どもたちを個々のものの集合としてひとまとめにとりあつかうために、すべてがあんばいされていることである。ということはまたしても、こどもたちが受動的にとりあつかわれることを意味する 》(同上)

 一人の教師と40人の生徒。少子化の今日、相対的にはクラスの規模も縮小されてきましたが、それでも〈一対多〉関係はなくならないでしょう。これには長い伝統があるからです。このような教師対生徒の関係にもっともふさわしいように教室が作られたわけですね。いわゆる一斉授業なるものはわが国では明治初期にすでに開始されています。その理由は、学校教育の後発国であったということでした。

 また、もう一つ別の理由がありました。それはデユーイが述べたように、子どもはだれかに依存するものだという「子ども観」に支えられていたはずです。自分一人で、あるいは子どもたち同士では大したことはできないし、放置しておけばろくなことをしないという、子どもに対する意地悪な視線がそこにあったにちがいないのです。「一つの心が他の心に依存・従属している」ことを教室の風景は示しています。そして、受動的とは「吸収する態度」だと彼は指摘しましたが、「与えられたものをそのまま飲み下す」のが子どもの本領だと、当時もみなされていたのでしょう。

 このような学校や教室を工場にたとえてみることができそうです。個々の子どもはみんなちがいをもっている。生まれた環境も育った歴史もすべてちがう。もっているであろう素質もちがいます。それぞれにちがいをもった子どもを、時間をかけて同じ品物に作り上げようとするんですね。でこぼこをそろえるために切り張りするし、○や□を削って△にする、そんな無茶なことが教育だといわれていないでしょうか。

 教育はまるで温室栽培のキュウリやトマトのようで、長さも太さも味までも同じように、子どもたちを作り替えてしまう。同じ肥料を同じ分量だけ与えることをくりかえせば、おそらく姿形がそろった作物がとれるはずです。自動車工場の生産ラインを考えれば、もっとわかりやすいでしょう。学校は工場だ、それをデユーイは次のように説明しています。

 《 同じことから伝統的な学校におけるカリキュラムおよび教育方法の画一ということが説明できる。もしすべてが「聴講」という基礎に立っているならば、諸君は容易に教育と方法を画一化することができる。耳、および、耳を反映する書物が、全員にとって一様な媒介となるのである。さまざまな能力や要求に適応する機会はほとんどない。或る一定の大きさの―或る一定量の―レディ・メードの結果と仕上げがある。これまで小学校から大学まで展開されてきているカリキュラムは、この要求に応じるものである。まず、この世の中にちょうどこれだけ望ましい知識が存在し、またちょうどこれだけ必要な技能が存在する。そこで、この知識・技能を学校生活の六カ 年・十二カ年もしくは十六カ年に割り振るという数学的問題となる 》(同上)

 さて、コロナ禍の今日、教室の風景は一変するのではないでしょうか。「対面授業」に代わって、テレワークやオンデマンド、あるいはリモート授業方式にと、名称も取り混ぜていろいろなことが指摘されています。いかにも斬新な、だが果たして中身(成果・効果)が狙ったように得られるのでしょうか。

 でも、ぼくが一変するであろうという「教室の風景」はそのような陳腐なものではありません。現下の事態は確かに、教育の方法やスタイルを変える可能性を含んでいます。試験(テスト)の意味あるおは価値もまったく変わらざるを得ないでしょう。点数(成績)をつける意味合いがまったく、これまでとは異なってくるはずです。「教室の風景」が変わると、どのような可能性が開かれるのか、そこを主題として、ゆっくりと考えてみたいのです。今、ぼくの頭の中には、ケストナーの『飛ぶ教室 ・Das Fliegende Klassenzimmer』が躍動しているのです。(今回は、必要以上に「長駄文」となりましたので、「変貌する教室」の風景などに関しては、別の機会に改めて)

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