愉快犯なのか、それとも確信犯か

Jun Tsuboike / HuffPost Japan提訴について記者会見する弁護士ら ↑(https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f3c7af3c5b61551404e9b15?ncid=other_trending_qeesnbnu0l8&utm_campaign=trending
ジャーナリストの伊藤詩織さんは8月20日、Twitterで伊藤さんを誹謗中傷する複数の投稿に「いいね」を押したとして、自民党の杉田水脈衆院議員に220万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴した。/ 伊藤さんが自身に対する中傷ツイートをめぐって提訴するのは、漫画家のはすみとしこさんらを訴えた6月に続いて2度目。/ 訴状によると、杉田議員は2018年6〜7月、元TBS記者の山口敬之さんから性行為を強要されたという伊藤さんの訴えについて、「枕営業の失敗」「日本を貶めている」「カネを掴まされた工作員」などと誹謗中傷した13件の投稿に「いいね」を押したとしている。/ さらに、伊藤さんを擁護するツイートをした人物に対して「キチガイ」「屑野郎」などとバッシングする12件の投稿にも「いいね」を押したとして、杉田議員が「袋だたきを賞賛しているように映る」と指摘。/ 杉田議員の公式Twitterは当時で約11万のフォロワー(現在は18.3万)がいたといい、誹謗中傷ツイートに好感を表明する「いいね」を押したことは、名誉感情侵害行為にあたるとしている。/ また、元東大准教授の大澤昇平さんに対しても、6月の提訴後に伊藤さんを「偽名」だと虚偽の内容で中傷する投稿を行ったなどとして、慰謝料110万円と投稿の削除を求めて同日提訴した。/ 杉田議員の事務所は今回の提訴に関するハフポストの問い合わせに対して「訴状が届いておりませんので、コメントはいたしかねます」と回答した。/ 大澤さんも「訴状が届いていないため、コメントを差し控えます」と回答した。(中村 かさね (Kasane Nakamura)生田綾)(HUFFPOST/2020年08月20日 13時00分 )

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 言いようのない感情に襲われています。いかなる発言も、表現の自由という観点からは認められるという建前があっても、それには範囲とか限界というものがあります。「誹謗中傷」「名誉棄損」に明らかに当たるようなものは、表現の自由という以上に、人権の侵害に当てはまるという点で、認められないと、ぼくは考えています。伊藤詩織さんの遭遇した「事件」は、いわくつきの不可思議な経緯で立件も起訴もなされませんでした。そのために、刑事事件ではなく民事事件での裁判を伊藤さんは行ったのです。(一審では被告は有罪、ただ今控訴中)

 この女性国会議員は、またいわくつきの人物でもあります。詳細は省きますが、これまでにしばしば物議をかもしてきました。そのこと自体が議員の仕事だと錯覚していると思われますし、それを支持したり応援する仲間がいるのだから、自己反省に及ぶことができないのかもしれません。こんな行為に走るのはなぜか。ぼくの理解を越えている。彼女たちは愉快犯なのでしょうか、それとも正義感からの行動なんでしょうか。人を傷つける「正義」もなければ、人の不幸や悲しみを笑いあざけるという「自由」もないはずですね。

 「中傷ツイート」はすでに、元のツイートと同罪の悪質性があるとも思えます。これを放置すればどうなるか。cancel cultureと同様、ネット時代の狂暴な武器ともなっているのです。物事には必ず両面性があります。したがって、」わるい面を強調して、それを法的に規制すればいいという問題ではないでしょう。またどんなに厳格に法規制をしても、きっと違法行為に走る人間は出てきます。それを防ぐにはどうするのか。人間の良心に訴えるというのも間違いではありませんが、「百年河清を俟つ」という暢気さ、やる気のなさが生まれます。時間がかかるけれども、また個人の犠牲を伴うという避けられない面もありますが、伊藤さんのやられたような提訴、提訴、提訴でしょう。その後にようやく法規制が生まれるのかもしれない。何よりも「人権侵害」を阻止することです。「名誉棄損」も「名誉感情侵害」も、細かいところは裁判上の問題であって(ここでは省略)、ともに個人の権利を著しく棄損していることに変わりはないのです。

 「表現の自由」は認めるべきだが、表現の「自由を騙る表現行為」は容認できないと、ぼくは考えています。

言葉には人を傷つけ、時には死に追いやってしまうこともたくさんあります。言葉で人をこれ以上傷つけることがないよう、何かアクションを起こしていく必要があると思っています。(伊藤さん)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。