静かな湖を持つべきだ、心の底に

  みずうみ 
 
〈だいたいお母さんてものはさ
 しいん
 としたとこがなくちゃいけないんだ〉
 
 名台詞を聴くものかな!
 
 ふりかえると
 お下げとお河童と
 二つのランドセルがゆれてゆく
 落葉の道
 
 お母さんだけとはかぎらない
 
 人間は誰でも心の底に
 しいんと静かな湖を持つべきなのだ
 
 
 田沢湖のように深く青い湖を
 かくし持っているひとは
 話すとわかる 二言 三言で
 
 それこそ しいんと落ちついて
 容易に増えも減りもしない自分の湖
 さらさらと他人の降りてはゆけない魔の湖
 
 教養や学歴とはなんの関係もないらしい
 人間の魅力とは
 たぶんその湖のあたりから
 発する霧だ
 早くもそのことに
 気づいたらしい
 小さな
 二人の
 娘たち

 どんな詩でも(文章でも)、何度も繰り返し熟読・賞味したい。すると、そこからはっきりと詩の味わいが立ち上がってくるのではないでしょうか。「人間は誰でも心の底に しいんと静かな湖を持つべきなのだ」といい、「人間の魅力とは たぶんその湖のあたりから 発する霧だ」という。教養や学歴とはなんの関係もない、人間の魅力とはなんでしょうか。おおいに考えなければならない謎(問題)のように見えます。「生身」の「素」の人柄、というものか。

 繰りかえし、茨木のり子さん。また、別の詩「汲むーY.Yにー」では、「初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対しても」「あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には 震える弱いアンテナが隠されている きっと…」といわれています。

 さて、「初々しさ」とはなんですか。「弱いアンテナ」も同じような意味を含んでいるとも読めますが、いかがでしょか。繊細とは違う、もっとしなやかで素朴な、肌触りのような。この「Y.Y」さんは女優でした。生涯を舞台で生きた方だった。ぼくは何度も、彼女の「初々しさ」に引き付けられるようにして。(今は、いやになるほどぼくは、堕落したが)

 わたしたちはなんのために学び、そして働こうとするのか。ものを学ぶ動機と、そこから生じる利得はどのようなものか。その点を百年も前に明確に指摘した人がいます。この文章もまた、忘れてはならない方向です(どこかで紹介しておきました)。方向というのは、「真理」のありかを示しています。羅針盤を持つようなものです。

 それはまた何度でも、くりかえし立ち返りたい出発点でもありますね。教師も親も、そして、子どもたちも、ここに立ち(帰り)、ここから始めたい。時が過ぎれば、ぼくたちは大きく方向を間違えてしまう。「初心に戻る」というのは、その点で大切ですね、もっとも「初心」があっての話ですが。「たちかえり 今もときどきその意味を ひっそり汲む」 

 「…たんに事実や真理を吸収するということなら、これはもっぱら個人的なことがらであるから、きわめて自然に利己主義におちいる傾向がある。たんなる知識の習得にはなんら明白な社会的動機もないし、それが成功したところでなんら明瞭な社会的利得もない。

 「実のところ、成功のためのほとんど唯一の手段は競争的なものであり、しかもこの言葉の最も悪い意味におけるもの ― すなわち、どの子どもが最も多量の知識を蓄え、集積することにおいて他の子どもたちにさきがけるのに成功したかをみるために復誦ないし試験を課して、その結果を比較することである。

 じつにこれが支配的な空気であるから、学校では一人の子どもが他の子どもに課業のうえで助力することは一つの罪になっているのである。学校の課業がたんに学科を学ぶことにあるばあいには、互いに助け合うということは、協力と結合の最も自然な形態であるどころか、隣席の者をその当然の義務から免れさせる内密の努力となるのである」(ジョン・デューイ『学校と社会』岩波文庫版)

 デューイという人は、大正時代に来日し、当時のこの島社会の歩む方向を指し示しましたが、ほとんどの人たち(政治家や学者など)に黙殺されました。対中国との関係に関しても、まことに示唆にとんだ「助言」をしたのに、それを聞く耳を持たなかった。なぜだったか。明らかな理由があったようにぼくには思えました。(いずれ、それにも触れてみたい)ぼくは、大学に入ってすぐに、偶然に図書館で彼に出会いました。以来、半世紀、「たちかえり ときどきその意味を ひっそり汲む」ことを続けているのです。彼の明示した「プラグマティズム」はぼくの背骨になりました。

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 Enola Gay and Little Boy

広島への原爆投下機「エノラ・ゲイ」、存命最後の1人が死去 2014年7月30日 17:01 発信地:ワシントンD.C./米国 [ 北米 米国 ](c)AFP
  広島に原爆を投下した後のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ(Enola Gay)」の搭乗員。左から、セオドア・バン・カーク(Theodore Van Kirk)航法士、ポール・ティベッツ(Paul Warfield Tibbets, Jr)機長、トーマス・フィアビー(Thomas Ferebee)爆撃手(1945年8月撮影、資料写真)。(c)AFP
【第2次世界大戦(World War II)末期、米軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ(Enola Gay)」が広島に原子爆弾(原爆)を投下した際の搭乗員の中で、存命する最後の1人だったセオドア・バン・カーク(Theodore Van Kirk)氏が、米ジョージア(Georgia)州で死去した。93歳。/ 米NBCテレビによると、「オランダ人(Dutch)」の通称で知られたカーク氏は28日、ジョージア州ストーンマウンテン(Stone Mountain)にある高齢者居住区パーク・スプリングス(Park Springs)で老衰のため死去した。
 広島に原爆が投下された当時、カーク氏は24歳でB-29爆撃機の航法士だった。カーク氏が搭乗したエノラ・ゲイは、1945年8月6日午前8時15分に広島に原子爆弾「リトルボーイ(Little Boy)」を投下した。/ 人類史上、戦闘で原爆が使用されたのは広島が初めてだった。2度目は3日後の8月9日、長崎への投下。(c)AFP

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