浦島太郎は、異邦人だったか

 今回は「浦島太郎」です。ご存知でしょうか。それは次のようないくつもの文献に著されています。その理由はなんでしょう。きっと、今ではわかりにくくなった「時代相」というものが隠されているはずです。

①「日本書紀」 

 秋七月に、丹波國(たにはのくに)の餘社郡(よさのこおり)の管川(つつかは)の人瑞江浦島子(みずのえのうらしまこ)、舟に乗りて釣す。遂に大亀(かめ)を得たり。便(たちまち)に女(をとめ)に化為(な)る。是(ここ)に、浦島子感(たけ)りて婦(め)にす。相逐(あいしたが)ひて海に入る。蓬莱山*(とこよのくに)に到りて、仙衆(ひじり)を歴(めぐり)覩る。

*蓬莱山・ほうらいさん=中国の伝説で渤海(ぼっかい)にあるとされる島。三神山の一つ。神仙が住み,不死の薬,金銀の宮殿がある。

②「丹後国風土記」

浦嶋神社 京都府与謝郡伊根町本庄浜141

 雄略天皇の御世、丹後国の与謝の郡、日置の里、筒川の村に、一人の男がいた。彼は日下部首等の先祖であり、筒川の浦の嶼子という。姿の良いこと限りなく、水の江の浦の嶼子(しまこ)と呼ばれた。嶼子は一人で小舟に乗り、海に出て釣りをしたが、三昼夜を経ても一匹の魚も釣れず、ただ五色の亀を得た。奇異に思って舟に置いたが、嶼子が寝入ると、亀はたちまち麗しい乙女に変身したのだった…。

③「万葉集」(高橋虫麻呂)

 水の江の浦の嶋子が船に乗ってカツオやタイを釣り、七日間も漕ぎ続けて、ついに海の果てを越えてしまった。そこで偶然に海の神の娘に出逢い、彼女に求婚して、二人で海の宮殿の奥に入って婚姻を結んだ。

「家に帰って、両親に君と結婚したことを報告してくるよ。そうしたらまた帰ってくるから」「また この常世の国に帰って私と暮らしたいなら、この箱は決して開けないでね」

 そう言って、海の神の娘は嶋子に一つの櫛笥(くしげ)(櫛や化粧道具を入れる箱)を渡した。

 こうして嶋子は故郷に帰ってきたが、自分の住んでいた海辺の里はなく、自分の家も知った人もいない。動転(動顛)した嶋子は、これを開ければ元の様子に戻るかもしれないと、海の神の娘にもらった櫛笥を少しだけ開けてしまった。途端に白い雲が常世の国に向かってたなびき、嶋子は立ちあがって走り、叫び、転んで、足摺りしながら、たちまち気を失った。肌にはしわが寄り、髪も白くなって、そのまま息が絶えてしまった。

  浦島太郎(文部省唱歌・明治44年)

 一、昔昔、浦島は
   助けた龜につれ連れられて、龍宮城へ來て見れば、
   繪にもかけない美しさ。
 二、乙姫様の御馳走に、鯛や比目魚の舞踊、
   ただ珍しくおもしろく、
   月日のたつも夢の中。
 三、遊にあきて氣がついて、
   お暇乞もそこそこに、歸る途中の樂しみは、
   土産に貰つた玉手箱。
 四、歸つて見れば、こは如何に、
   元居た家も村も無く、路に行きあふ人人は、
   顔も知らない者ばかり。
 五、心細さに蓋とれば、
   あけて悔しき玉手箱、
   中からぱつと白煙、たちまち太郎はお爺さん。

 今は昔の物語です。おそらく小学校三年生のころ、学校で学芸会があり、「浦島太郎」が演じられました。なぜだか、ぼくは一人の村人になって、太郎とすれ違いざま「昔臭い人やなあ」とか何とか言って舞台から消えた。たったそれだけのことですが、この「一コマ」が今に及んで忘れられません。すっかりぼくが浦島太郎になってしまったわけですが、玉手箱をもらったのでもなければ、それを開けたわけでもないのに、「たちまち太郎はお爺さん」と。月日のたつのも夢の裡と、教師たちは教えたのでしょうか。もう一つ、助けたカメの背中に乗って海中に、はいいんですが、いかにして息を継いでいたのかと、とても気になったことも記憶しています。「太郎は両生類」だったのか、と。

 昔話のついでです。学生時代に、新宿だったかどこだったか、「竜宮城」というキャバレーのようなところに悪友とは言ったことがありました。カメに乗ってではありませんでした。陸上にあったんですね。さぞ「乙姫様」がたくさんいるんだろうと思いきや、月日のたつのも夢のうちどころか、入った途端に飛び出しました。どうしてだか、その理由は言えませんが、学校では教えてくれない勉強をしたと思っています。「竜宮城」は怖いとこやでえ。ひげ面のお姉さんもいた。以来、ぼくは律義にも「竜宮城」のような場所(異界)(「夜の街」)には近づかなくなりました。

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  この話に類似した神話は中国や朝鮮(韓国・北朝鮮)をはじめ世界中にといっていいくらいに分布してします。その理由をかんがえてみてください。

 「浦島太郎」にみる特徴

 男が異類の妻を得て異界で暮らすが、やがて望郷の念に耐えかねて妻と別れ、現世に帰る。しかし現世では膨大な時間が過ぎ去っており、男の帰る場所はなくなっていた……。

<異類婚姻~異界>男が異類の女に招かれ、結婚して異界で暮らす

<現世への帰還>男は故郷が恋しくなり、妻の反対を押し切って帰還する

<妻との約束>妻は、帰還する夫に「決して○○しないように」と約束させる

<超時間の経過>故郷では膨大な時間が過ぎ去っていた

<不幸な結末>男は妻との約束を破る

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 ここから肝心の問題に触れなければならないのですが、ちょっと面倒くさいので止めておきます。問題点とは。

①どうして同じ話がいろいろな文献に残されたのか。(これは浦島だけではありません)

②この劣島に「浦島本家」があちこちにあります。ここでは京都がもっとも有名だし、行政も宣伝にこれ務めているのが実情です。どうしてアチコチに「昔話」「伝説」の本場があるのでしょうか。たぶん「ハナサカ爺さん」や「スズメのお宿」には本家争いはなさそうですが。

③あちこちの「浦島」噺には少しずつの異同があります。その理由はどこにあるのでしょうか。

④「浦島」(だけではありません)には内外に同じような話が記録されています(同工異曲)。「竹取」でもそうです。中国や朝鮮、あるいは東南アジア諸国にも、みとめられます。なぜそういうことが生じているのでしょうか。

 これに答えるのはそれほど難しくはありませんし、おおかた誰かがすでに何らかの答えらしいものを出しておられます。言われてみればなあんだ、陳腐やなあとなりそうです。でも、昔話とか、伝説などと軽くあしらっていいとはぼくには思えないんです。いまだって、どんな「今話」「伝説」を真に受けているか分かったものじゃないからです。我々の先祖たちがまだまだ幼かったころ、この手の話を心底受け入れて、生きる縁にしていたことだけは確からしいとまでは言えそうです。イブの夜の靴下の話とか、鰯の頭も信心からのような話は洋の東西にもあります。「鬼は外 福は内」などなど、いまでも半分は商売係で習慣化されています。昔話や伝説から、人々は自由にはなれないらしいね。信仰という問題にも直結してきますね。(いずれ機会を設けて、せこい自説を)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです