いとおさなければ籠に入れて養ふ

 かぐや姫はだれだったか  
 近年はまったく「かぐや姫」ははやりませんね。南こうせつもどうしたことか。「あなたは、もう忘れたかしら」 (左写真は2019年度「かぐや姫クイーンとかぐや姫」(富士市主催)(今年はコロナ禍のために中止か)

 ぼくは昔からこの「竹取の翁」(「竹取物語」)の話が好きでした。ここにはいろいろなことがいっぱいつめこまれています。大きく言えば、「日本」や「日本人」の「文化」を考える根っ子がたどれるのではないかとさえ思ってきたほどです。「日本」や「日本人」のルーツをさぐる一つの手がかりがあると思っているんです。

 いくつもの「竹取の物語」

 その①「昔老翁ありき。号を竹取の翁と曰ひき。此の翁、季春の月にして、丘に登り遠く望むときに、忽ちに羮(なます)を煮る九箇の女子に値ひき」(万葉集・卷十六)
 その②「今は昔、□□の天皇の御代に一人の翁有けり。竹を取て籠を造て、要する人に与へて其の功を取て世を渡けるに、翁籠を造らむが為に篁に行き竹を切けるに、篁の中に一の光り、其の竹の節の中に三寸許なる人有」 (今昔物語・卷三十三)
 その③「むかしむかし駿河の国に、一人の爺がありました。山で竹を伐って来ていろいろの器を作り、それを売って渡世にしていたので、竹取の翁といい、また箕作りの翁とも古い本には書いてあります。この箕作りの翁はある日竹林に入って、鶯の卵が巣の中でただ一つ、ことに光輝いているのを見つけました。…今はとて天の羽衣きる時ぞ君をあわれと思い出でぬる」(海道記)
 その④「いまは昔、竹取の翁といふもの有りけり。野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり。名をば、さかきの造となむいひける。其の竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり。…いとおさなければ籠に入れて養ふ」(「竹取物語」)
 その⑤「さるほどに、時移って、天の羽衣、浦風に棚引き棚引く、三保の松原、浮島が雲の、愛鷹山や、富士の高嶺、幽かになりて、天つみ空の、霞に紛れて、失せにけり」(謡曲「羽衣」)


 「かぐや姫」の説話は東南アジア、特に海洋民族のなかに広くみいだすことができるそうです。おそらく、いつとは知れぬ大昔に、大潮の流れに乗って南方地域から、この列島にたどり着いた人びとがいたに違いないのです。彼や彼女たちは、とうぜんのことながら、自分たちの生活・文化(生活の仕方のすべて)をたずえてやってきたはずです。

 元来、竹は国産ではありませんでしたので、竹にまつわるさまざまな生活様式も、その人びとがもち伝えたものだったでしょう。いまでは明らかになりましたが、醤油や味噌、お茶やお寿司、さらにいえば、米までも日本産ではなかったのです。

 「うるわしき日本の文化」とは、どこかからもたらされたものだったんですね。さらにいえば、そのような人びとがこの島に住み着くにつれて、もともと住んでいた人びとや、その後に渡来してきた人びとと多くの点で摩擦を起こすことになりました。そこから、後に「日本」と呼ばれ地域の歴史が始まったといってもいいでしょう。

 「竹取物語」のかぐや姫は最後には天に戻っていくのですが、この姫になぞらえられたのが「コノハナサクヤビメ(木花咲耶姫命)」でした。彼女はこの島々を支配する国津神(クニツカミ*)の娘でありました。このクニツカミは、その後には海の神(海神・ワタツミ)にもなりました。

(*くにつ-かみ 【国つ神/〈地祇〉】天つ神に対して、日本の国土に土着する神。地神。「―は高山の末・短山(ひきやま)の末に上り坐して/祝詞(六月晦大祓)」)

(あまつ-かみ 【天つ神】 天上界にいる神。また、天から下った神。)

(*大山祇神(おおやまつみのかみ)日本神話で山を支配する神。のち海・山の神となる。伊弉諾(いざなぎ)尊・伊弉冉(いざなみ)尊の子。また火の神の子とも。娘に石長比売(いわながひめ),木花開耶(このはなのさくや)姫がある。大山祇神社,三島大社にまつる。(マイペディア)

 コノハナサクヤビメ神話は『古事記』によればつぎのような物語になっています。


 天降ったニニギノミコトは南九州の笠沙(かささ)の岬でオオヤマツミのうつくしい娘コノハナサクヤビメに出あった。ニニギは父のオオヤマツミに姫を妻にくれるよう申しこんだ。オオヤマツミはよろこんでコノハナサクヤビメに姉のイワナガヒメを添えてさしあげた。しかし、みにくい姉をきらったニニギはこれを送りかえし、コノハナサクヤビメと結婚した。

 オオヤマツミはひどく恥じて、「イワナガヒメをさしあげたのは天神の寿命が石のように不変であるようにという気持からです。コノハナサクヤビメを贈ったのは木の花がはなやかに咲くように栄えませという願いからです。姉をお返しになったために、天孫のお命は木の花のようにはかなくおなりでしょう」と申しあげた。このことによって天皇の寿命は長久(長命)ではないのだといわれます。 (右下写真は富士山頂上「浅間神社」コノハナサクヤビメが祭られている)

 この神話の原型とされる神話は東南アジアを中心に世界中に分布しています。その典型を、中央セレベスのポソ地方のトラジャ族がつたえる神話によって紹介します(大林太良『神話と神話学』大和書房・1975年)。(つづく、ひょっとしてエンドレスかも)

 小声で(自分に)白状すれば、この一か月ほどかなりつらいことが連続して生じてきました。もう終わりやと思いたいのですが、まだわかりません。この際は、困ったときの「かぐや姫頼み」で、こんな始末になっています。「自主トレ」の駄文・雑文の山ですが、我ながら気が引けてます。気持ちを切り替えてとはまだ行かないけれど、気は確かに、自主トレに励みまっさ)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。