傍流こそ、元は本流なんだ

(脱主流派宣言:2)コンビニやめました 客に寄り添う酒屋

+++++++++++

 名古屋市熱田区。熱田神宮へと続く国道沿いに「酒のかしわや」はある。平たい箱のような店の外観に、かつてコンビニエンスストアだった名残をとどめる。/ 店主の丹羽(にわ)義裕さん(71)が大手チェーンとのコンビニ店の契約更新を断ったのは、1996年の春だった。

 「定休日をもうける」/ 「24時間営業はしない」

 15年契約の終了が近づき、更新を持ちかけてきた相手に、丹羽さんはむちゃな条件を突きつけた。休みがあれば、商売の勉強をする余裕ができる。人間は夜、寝るもんだ――。便利さの追求も行き過ぎていないかと疑問を投げかけたが、相手はぽかんとするばかりだった。

 創業明治27(1894)年の老舗。初代は店が焼失した戦災の時に亡くなった。先代の亡父は入り婿の元公務員。3代目の丹羽さんは戦後まもなく再建した店を、幼いころから手伝った。小学校の授業で「将来の家」を描いた時も、酒売り場を入れたほどだ。「おまえは夢も酒屋か」と先生に笑われた。

 地元酒店の若手有志で海外を視察した1970年代に米国で見た光景に衝撃を受けた。四つ角に別々のコンビニ4軒が立ち並び、安売りの量販店に客が詰めかけていた。「日本もいずれこうなる。新しいことに挑戦していかんと」/ 81年、店舗を12坪の木造から50坪の鉄骨に建て替えた際、大通りに面した30坪をコンビニにした。商品や従業員の効率的な管理、考え抜かれた陳列の手法などを吸収したかった。

 コンビニに並ぶ品数は2千~3千点。多品種を扱えるのは、店ごとの売り上げデータを本部で集計することで、売れる分だけ仕入れることができるからだ。賞味期限が近い商品を、棚の前に出すといった小技も指導してくれた。/ 半面、自分で知恵を絞る余地は少ない。似通った品ぞろえ、流れ作業の会計。年中無休で回すため、店に立つのはアルバイトが多くなる。丹羽さんがレジに入ると客と話し込んでしまい、かえって会計が滞る始末だった。/ 「マニュアル通りにやれば簡単。だけど……」

 酒は、違う。/ たとえば「越乃寒梅(こしのかんばい)」。角帽をかぶった学生時代から、名古屋駅を出る夜行で新潟の蔵元に通った。/ 足を運ぶこと4~5回目。雪道で側溝に落ちて水びたしになった。歯を鳴らして蔵元にたどりつくと、火にあたらせてくれた。「まず3箱売りましょう」。取引を認めてもらい、名古屋で最初期の正規特約店になった。/ 酒屋一本の店に戻って18年。500近い銘柄がそろう日本酒売り場で、そうした逸話を交えて客と会話する。定休日には今も、各地の蔵元通いを欠かさない。

 常連客の胡桃沢(くるみざわ)正文さん(65)は、名古屋の郊外から40分かけて買いに来る。「これ飲んでみやー、おいしかったよって。私の好みを知っとるから。こういう店は少なくなったね」

 同じ校区内に17軒あった酒屋は今、3軒だけ。個人商店が消えゆく一方、喫茶店、カレー屋、居酒屋、あらゆる店のチェーン化が進む。そんな時代だからこそ、がんばろうと思う。/ 年の瀬。店には贈答や正月用の酒を求める客が途切れることなくやってきた。年配の夫婦に、丹羽さんが好みを聞き始めた。飲み方はぬる燗(かん)、軽いより深い味わいで。正月だから少し高くてもいいという。/ 見立てた一本は、石川県の純米大吟醸「夢醸(むじょう)」。日本海に近い蔵元の情景、酒造りや酒米をはぐくむ手取川の水、イカ刺しとの相性まで伝えた。/ 「晩酌が楽しみ」。夫婦は笑顔で店を出た。(井上恵一朗)

 ■いまどきニッポン 1号店上陸から40年

 コンビニチェーン最大手「セブン―イレブン・ジャパン」が昨年11月、創業40周年を迎えた。1974年の1号店は、東京・豊洲の酒店が衣替えして誕生した。米国発のチェーンビジネスは今、大手10社だけで5万店に迫る。チケット取引や銀行ATM(現金自動出入機)の導入、生鮮食品販売からいれたてコーヒーの提供まで。高齢者向けの宅配にも乗りだした。あくなき利便性の追求で、社会のインフラとなった。(朝日新聞・14/01/03)

_______________________________

 コンビニはほとんど利用しない。特別の理由があってのことではない。例えば、大酒を飲んでいたころ、ぼくはコンビニで日本酒を買う気にはなれなかった。(ビールはまず飲まなかった)どうしたはずみか、今ではすっかり下戸。自分でも驚くというより、呆れています。ほしいとは、今のところ思わない。友達が誘うが、まず乗らない。まだ若かった頃(といっても、ぼくは七十前くらいまではほんとによく飲んだ。「嬉しいから、悲しいから」と理屈はいらなかった)「越乃寒梅」には語りたい話がたくさんある。その一つ、この酒が出たばかりで、手に入らなかったころ、新潟出身の先輩が池袋に連れて行ってくれた。「笹舟」という同県出身の大将がやっている店(今はやっていない)で、「幻の酒」が、大型の貯蔵庫から出たのである。コップ一杯、何千円だったか。飛行便でついた鮭を囲炉裏で焼きながら。ちっともうまいとも思わなかったし、その後はこのメーカーが堕落したのか、ひどいものまで「レッテル」を張り付けて売るようになっていた。日本酒なら「黒帯」(純米)一本やり。石川の酒。一升はいけましたね。安いし旨いし。今は昔。

 コンビニで物を買わないのは、便利すぎるのが気に食わないからとでも言いますか。歩いて何分、と都会度を測る尺度のように言われるのはけしからんと。今は山の中、直近のコンビニ店まで四キロさ。それも急坂(鼠坂という)です。かみさんは文句を言いますが。便利は不便で、不便は便利なんだというのが、ぼくの屁理屈。親戚が都会の真ん中に住んでそこを動こうとしないままで、先年旦那が亡くなった。住めば都というが、住んで地獄というのもあるようです。

 二十四時間営業というのも、気に入りません。理由は簡単。夜は寝るように、たいていの動物はできているから。それに反するのはどうも。もちろん仕事の関係で夜勤があるのは認めます。その他、理由はいくらでも見つけられますが、経営の形態がもっとも問題なんでしょう。細かいことは抜きにして、フランチャイズとか何とか云って、本部がまず損しない仕組みはいけません。無駄が出てもそれはすべて「オーナー側」の負担ですと。まるで鵜飼の鵜匠と鵜、それを連想してしまいます。数万匹の鵜と、それを操るごくわずかの鵜匠。これが世界規模で拡散しています。

 川は本流だけがあるのではありません。無数の支流が集められて、奔流になる。逆に支流が支流のままで終われば、本流にはならない。「脱主流」というのは、支流は支流で、という覚悟というか、本来の摂理をとりもどしたということ。これからも、この「流れ」は続く。不自然な状態は、一見盛んに見えても、いつかはうらぶれる。店舗の閉店、新装開店の多さは何を語っているか。

*******************

 「台風19号の大雨で堤防が決壊した140カ所(71河川)のうち、8割にあたる112カ所(62河川)が、支流と本流の合流点から約1キロの範囲だったことが、朝日新聞のまとめでわかった。専門家は「合流点近くに住む人は、浸水が起きやすいことを自覚しておくべきだ」と指摘している。」(朝日新聞・2019年11月7日)

+++++++++++++++++

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。