誤りのない選手交代はできるか

 英ブリストルで、奴隷貿易商人エドワード・コルストンの像があった台座に置かれた黒人女性ジェン・リードさんの像。英国人アーティストのマーク・クイン氏制作(2020年7月15日撮影)。(c)GEOFF CADDICK / AFP)
【7月16日 AFP】英国南西部ブリストル(Bristol)で15日、人種差別に反対するデモ隊によって先月引き倒された奴隷貿易商人像の台座に、当時のデモに参加していた黒人女性の像が市当局の許可なく設置された。/ この像は英国人アーティストのマーク・クイン(Marc Quinn)氏が、「黒人の命切(Black Lives Matter)」運動参加者のジェン・リード(Jen Reid)さんをモデルに制作したもので、拳を突き上げるポーズをとり、「力の高まり(A Surge of Power)」と名付けられた。
 
  台座に立っていた奴隷貿易商エドワード・コルストン(Edward Colston)の像は、米国で黒人のジョージ・フロイド(George Floyd)さんが死亡した事件を受けて先月行われたデモで引き倒され、ブリストル湾(Bristol Harbour)に投げ込まれた。/ 同市のマービン・リース(Marvin Rees)市長は、リードさんの像は市当局の許可を受けずに設置されたとした上で、「台座の将来と、台座に何を置くかはブリストル市民によって決められなければならない」と述べている。(c)AFP

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● エドワード・コルストン(英語: Edward Colston, 1636年11月2日 – 1721年10月11日)はイギリスの商人、トーリー党の国会議員、篤志家、奴隷取引家である。1340年代からブリストルに住む商人の家系に生まれ、長じてから自身も商人となり、当初はスペイン、ポルトガル、その他のヨーロッパの港を中心に、ワイン、果物、布などの貿易を行った。1680年には、イギリスのアフリカ奴隷貿易を独占していた王立アフリカ会社に加入したことで、奴隷貿易に大きく関与するようになった。彼は1689年に会社の最高職である副総督に就任した。彼の資産のうちどの程度が奴隷貿易に由来していたのか正確な所は不明であるが、彼が奴隷貿易に関与して財を成したことは事実である。

 コルストンは奴隷貿易で得た資産を元手に、ブリストル、ロンドン、その他の場所で学校、病院、救貧院、教会を支援し、寄付した。彼の名前は、ブリストルのいくつかのランドマーク、通り、3つの学校、そしてコルストン・バンズ(英語版)によって記念されている。1895年には彼の像が建立されたが、20世紀後半に彼が大西洋奴隷貿易に関与していた事が認識される様になるとランドマークの名称変更を求める抗議や嘆願が続き、2020年6月、彼の像が倒されブリストル湾に投棄された事で最高潮に達した。彼が設立した慈善財団に触発されて設立された財団は現在でも存続している。(wikipedia)

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 このニュースを聞いたり見たりして、歴史は「塗り変えられる」という事実を目の当たりにしたという思いが強くなりました。「選手交代」を告げるのは「監督」が相場でしたが、この時代、それは人民であり民衆であるということでしょうか。アメリカでも事態は急速に進んでいます。さらに時代が転回して、もっと過激な「差別主義者」や「毒宰者」が登場すれば、どんな「選手交代」が行われるのか。願わくば、毒災者などが再登場しないように。そのためには「選挙民」が賢くなければなりませんが、大毒や中毒しかいないときには、「よりましな」「悪がより少ない」と思われるものを選ぶほかありませんし、急いで賢い人を探すことでしょうか。

 こんなこと言えば、お前の島でも、海にでも土中にでも捨ててしまえといいたくなる「銅像」や「石碑」がいたるところにあるじゃないか、と言われそうです。確かにその通りで、考えなしに「目立つ人物」「郷土の偉人」を祭り上げ、顕彰するという悪癖がこの島には根付いています。あろうことか、神話に登場するものまで「実在した」かのようにして登場させています。虚実相塗れているのがぼくたちの社会の歴史なら、可能なかぎり「虚」の部分を減らしていきたいし、そのためにはまず隗より始めよ、ですね。

 ぼくの居住地の周囲(3キロ範囲)に、なんと「天照大神」をまつる社が少なくとも十社あります。(伊勢神宮ほど大げさではありませんが)。神話の里か、空想の郷か。(ぼくが小学生の頃の「修学旅行」は「お伊勢さん」でしたね)神話を神話として認識するのは大切です。迷信をまっとうな信仰(というのも変ですが)(害が他者に及ばない範囲で「まっとうな」といっておきます)と散り違えているから事故や事件が起こるのですから。迷信を迷信とと見分けるのは、そんなに簡単な事柄ではありませんが。「鰯の頭も信心から」という俗信が幼少のころまで、ぼくたちの生活にはっきりと存在ていました。

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投稿者:

dogen3

 語るに足る「自分」があるとは思わない。この駄文集積を読んでくだされば、「その程度の人間」なのだと了解されるでしょう。ないものをあるとは言わない、あるものはないとは言わない(つもり)。「正味」「正体」は偽れないという確信は、自分に対しても他人に対しても持ってきたと思う。「あんな人」「こんな人」と思って、外れたことがあまりないと言っておきます。その根拠は、人間というのは賢くもあり愚かでもあるという「度合い」の存在ですから。愚かだけ、賢明だけ、そんな「人品」、これまでどこにもいなかったし、今だっていないと経験から学んできた。どなたにしても、その差は「大同小異」「五十歩百歩」だという直観がありますね、ぼくには。立派な人というのは「困っている人を見過ごしにできない」、そんな惻隠の情に動かされる人ではないですか。この歳になっても、そんな人間に、なりたくて仕方がないのです。本当に憧れますね。(2023/02/03)