自分のものとは、いったい何か

 自分のものとは

 信じられないようなおぞましい出来事や事件がいたるところで続発しています。まるで、いのちそのものが一枚の木の葉より軽々しくあつかわれる状況に似ています。わたしたちが生きている時代や社会、それはひとりの人間が正直に生きるのが奇蹟のような時代であり社会なのだと痛感します。どうしてこんなふうになったのでしょうか。(元ウルグアイ大統領 ホセ・ムヒカ)

 いまの時代の風潮を「豊かだけれども貧しい」といった人がいます。その言い方にはいくつかのふくみがあります。「豊かだと自分では思っているが、ほんとうは貧しい」ということであり、「身のまわりに物は豊かにあっても、そのこころは貧相なのではないか」という意味であり、そもそも「豊かであること、それが貧しいのだ」といっているようにも思われます。

 「豊か」と「貧しい」は、釣りあいのとれた天秤のようではなさそうです。けっして釣りあおうとはしないからです。片方が重くなれば、もう一方はつり上がる。まるで豊かさと貧しさがたがいに競争しているみたいです。豊かになればなるほど、一方では、自分のなかのなにかが貧しくなるのを避けられない。いったい、どうしてそうなるのか。

 わたしたちは生活の便利さを求めてやみません。不便であるよりは便利である方がどれほどいいか、そんなことはいうまでもないとされます。便利さを追求するのにかまけて、知らないうちに自分でできる領分を失っているのに気づかなくなるのです。

 便利さを計る尺度は時間や労働の節約という偏った価値観にもとづけられています。自分の身体を使わなくてもいい、いたずらに長い時間をかけなくてもできてしまう、つまるところは、容易で効率のいい生き方を願ってでもいるようです。でも、求めている便利さ(コンビニエンス)は無償で手に入れることはできない。その価値(値打ち)は機器や技術によってもたらされるものであり、その機器や技術は金銭によってしか購われないからです。

 だからでしょうか、金さえあれば、金がなければ、それこそが時代の合言葉のようになっていないでしょうか。金に追われ、金を追い求めるのが、私たちの有様だといえば、どうでしょう。

 もちろん、このような物質主義に支配された生活(生き方)を安易に受けいれようとはしない人びとがいることを忘れているのではありません。にもかかわらず、世の中の風潮は否定すべくもないといわざるをえないようです。

 ほとんどの人が使っている携帯電話(スマホ)を例にとります。かけたいときにかけたいだけ使うことができる、まことに便利な機器(道具)です。しかも、それは通話するだけにかぎりません。メールにしてもネットへのアクセスにしても、チャットにしても、ツイッターにしても。好き放題に、つまりだれに気がねをすることなく、自由自在に使える機器です。いったん携帯電話(スマホ)を使い始めれば、それがない生活を想定することが不可能なように感じられてくるから、奇妙というよりは、恐ろしい事態だというのです。(ぼくはスマホは持ったこともないし、使ったこともない。多分スマホとはそんなものだろうという勘繰りで話しています)

 便利であるというのは、わたしたちにとって、どのようなことをさすのでしょうか。

 自分の足で歩くかわりに、車に乗る。手間と暇をかけて食事を作る面倒を省いて、近所の「コンビニ」で用を足す。あるいは、以前ならば十時間もかかっていた仕事(労働)が、便利な道具を使えば一時間で済んでしまう。

 仕事(労働)、それは、いまでは時給いくらの計算で比べられる苦役となってしまったかのようです。時給が低いから、時給が高いからというのが、仕事(労働)を選ぶ基準になったのだとしたら、いったいどのような状況が、そこからうみだされるのか。「便利」は「不便」であり、「不便」よりももっと「不便」です。便利が途切れたら、どうしましょう。(もっと早いリニアを、と望むのは誰だ)

 文明の進歩ということがさかんにいわれてきました。遅れた生活、進んだ生活という比較もなされてきました。新しいことはいいことだという価値観を拒否しなければならないというのではありません。人間が生活する(生きる)とは、自分の身体を使って働くという生活のことなのだといいたいだけなのです。「「文明の進歩」は「文化の破壊」です)

 わかりきっていたはずなのに、労働とはなんだろうか、あらためて考える必要があります。

 (折しも、コロナ禍という災厄が襲来を辞めそうにないのです。これがかなり長く続くとなると、おそらくこれまでの生活スタイルを否応なく変更せざるを得なくないでしょうし、変更されつつあるのかもしれません)

 ここで、わたしたちの現在の生活ぶり(習慣)にとって、ひじょうに象徴的な物語を紹介したくなりました。(つづく)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです