私は死刑制度に反対である

 《 誰も死刑に興味がないことを私は知っています。じつはみな死刑にそれほどの興味がない。この国は不思議です。たとえばアメリカは数州に限ってはいまもなお死刑を執行しているのですが、執行当日は必ず人びとがキャンドルサービスのために集まる。死刑執行を忘れまい、その事実を自分たちの日々に埋没させまいとしているのではないでしょうか。その炎の数たるや日本の比ではありません。

 あるとき、私の年来の親しい友人が突如としてこういいました。「ホンネをいうと、死刑はしょうがないと思っている。獄をでたらまたやるだろうし…」。全身から血がひきました。何年つきあってきたか、何度顔を合わせたか、どれだけ言葉を交わしたか。私は言葉を失いました。私にとっても自明性がくつがえされたからです。彼は見知らぬ他者にくだされた死の処遇を、廃棄物処理のようにしかたのないことといっている。じつは私たちはそれまで私たちの人生についてかたりあったことはあっても、死刑についてふかく話あったことはなかったのです 》(辺見庸『愛と痛み 死刑をめぐって』毎日新聞社、08年)

 ぼくは引用した文章をよく理解できていません。赤の他人が二人の「親友」の間に割って入る権利もないし、資格もないのは承知していますが、なぜ辺見さんは「自明性がくつがえされた」と感じたのでしょうか。自分が死刑に対して抱いている感情と同程度のものを友人ももっているはずだと思われていたのか。「死刑についてふかく話あったことはなかった」と述べられています。たいていの人は「死刑」について深く話し合わないものです。そうじゃないでしょうか。弁護士や裁判官にでもなろうかと考えている人は別として、たいていの人は「死刑制度」を暗黙の了解事項として受け入れているのです。それを、辺見さんは「誰も死刑に興味がない」といわれたのか。「誰も」のなかに友人が入っているのはわかるとして裁判官や弁護士など、いわゆる法曹の人々は入るのでしょうか。

 連載記事を眺めてみて、すくなくとも「裁判官も人間だ」という意味では「死刑判決」を機械的に下そうとはしていないでしょう。でも「永山基準」や「白鳥判決」などの存在を考慮すれば、判例という、一種の機械的操作があるのかもしれません。加えて、「情状酌量」というきわめてじょちょ的でもあるような側面もあります。いずれにしても、制度としてある以上は、「死刑判決」を書いて下すという職務に忠実であろうとするのが裁判官だと思います。判例(前例)は一つの参考基準にはなるが、それを必ず踏襲しなければならなというものではなさそうです。表面的にはどんなに類似していても、事件のそれぞれはまったく状況がちがう。だから、自動的に判決を下すことはできないのです。

〇熊本曲道氏=もともと令状請求や勾留請求の却下が多い裁判官として知られていた。1968年、袴田事件の一審の合議では3人の裁判官の中で唯一無罪を主張するものの、裁判長を含む他の2人の裁判官の反対により、被告人に死刑判決を宣告する。この判決を悔やんで半年後に弁護士へ転身し、東京の法律事務所のパートナーとなったが、「俺は無実の人を殺した。逮捕しろ」と夜中に警察で暴れるなど酒の上でのトラブルが絶えず、大学で刑事訴訟法の非常勤講師などを務めながら暮らすこととなる。/ 大酒が原因で体を壊して離婚し、1991年に九州へ移住。肝硬変で入院したが、病室でも酒を飲んでいる有様だった。1996年に弁護士登録を抹消。このころの生活については、自ら「弁護士らの知人から借金して食いつないでいた。ホームレスのようなもの」と語っている。

 2008年には前立腺癌と診断され、2010年には福岡市で生活保護を受けながら細々と暮らしていることが報じられた。(wikipedia)(右上の写真は熊本さんと面会する袴田巌さん)

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 上の引用箇所につづけて辺見さんは語る。二〇〇六年のクリスマスに死刑執行がなされたこと、(毎日が「天皇誕生日」であれば死刑の執行はない)、欧米諸国では大きな話題になったということ、などなど。そしてさらに。

 《 このとき絞首刑に処された四人のうちの一人が病人であることをさらに後になって私は知りました。七五歳という高齢の病人で、自力で歩くことができなかったといいます。おそらく車椅子だったのでしょう。たしかに過ちをおかし収監された人にちがいない。しかしみずから歩くこともできない人間を刑務官が脇からかかえて強引に立たせ首に絞首縄をかけたのです。これを可能にする倫理というものがいったいどこにあるというのか 》(同上)

 ぼくはまったくテレビを観ない、新聞を読まないので、辺見さんが書かれた時点から十数年もたった現在がどういう具合になっているのかわからない。けれども、事態はさらに進行しているのではないか。高齢のしかも病気の受刑者を無理矢理に死刑台に連れて行くという図は、きわめてグロテスクであると同時に、笑うべき愚行であるとも考えてしまう。これは厳格な死刑制度が救い難い代物であることを明かしているのです。重病者を懸命に治療し、そのうえで死刑を執行するというのは、それこそ「これを可能にする倫理」を激しく問うべきでしょう。権力がなす愚行、あるいは凶行の最たるものが「死刑執行」であると、ぼくも言わざるを得ません。(拘置所や刑務所が「老人養護施設」のようになっていると、しばしば報じられています)

 一方で、世間に同化・同調することにかけて、この社会はきわだって機敏かつ従順であるのはなぜか。いつでもどこでも「正義と悪」の二つの立場が鮮明にされ、すくなくとも「わたし」は正義の側に立つ、この場合マスコミが「わたし」であり、「わたし」はマスコミなのです。権力が吐き出す汚濁に塗れた「情報」ですら、それを受容するように慫慂する。この間、ぼくたちは反吐が出るほど、この醜聞を見せつけられてきた。「美しい国」を標榜する「醜い宰相」を、どこまでも持ち上げ追従するマスゴミ。ぼくは、一昨年に執行された大量の「死刑執行」に際しても、この醜聞をテレビや新聞報道にいやでも見なければなりませんでした。死刑になるのはとうぜん、それに批判的な論評をするのは論外であるとでもいうような風潮に、ぼくは震撼せしめられたといっていい。(冒頭の記事は東京新聞・2018/08/08)

 《 かつてひそひそ声で囁かれていた世間の声が、メディアが世間と合体したことによってこの国に公然とまかり通るようになったのです。世間は新聞やテレビメディアだけではなく、インターネットの世界にまで拡大しつつある。世間という不思議な、非言語的、非論理的な磁場からくる加重が、かつてよりずしりと重く私たちにのしかかっている 》(同上)

 かかる状況下にあってなお、ぼくたちは主体性を以て判断しなければならないという、自責の念を放棄することはできないとぼくは腹を決めています。世に対して批判的であるのは、ぼくの「精神の健全性」を示すバロメーターでもあるのです。かなり怪しい年恰好にありながら、ぼくは断じて世の風潮に動じるつもりもないし、従順であることを断固拒否して、おぼつかない足取りで歩くほかないのです。おぼつかないけど、千鳥足ではないと自分では思っているのです。(ぼくは、何人かの「裁判官」を興味深く見てきました。熊本さんもその一人です。弁護士も千差万別だし、裁判官も十人十色です。まるで一塊に見ないだけの用心をしながら、人に接したいと念じてもいるのです。もちろん受刑者も、です。)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。