あなたをなぐさめてあげられるから

 入江杏(あん)さん著『この悲しみの意味を知ることができるなら 世田谷事件・喪失と再生の物語』春秋社刊。07年12月)

 《10年に近い海外生活ののち帰国した2000年12月31日未明、「世田谷一家殺人事件」に遭遇し、妹一家を失う。その後、犯罪被害からの回復・自助とグリーフケア(家族・友人など大切な人を亡くして大きな悲嘆に襲われている人に対するサポート)に取り組みながら、絵本創作と読み聞かせ活動に従事している〈ミシュカの森〉主宰。著書『ずっとつながってるよ こぐまのミシュカのおはなし』(絵本、くもん出版)。》(同書の著者紹介より)

 入江さんの語られる物語に『スーホの白い馬』がでてくる。お読みになった方もおれるでしょう。スーホという名の羊飼いの少年に一頭の白い馬がいた。その白馬は大きく成長し、国中でいちばん速く駆ける馬になった。しかし、殿様が主宰する大会で優勝したために、スーホは殿様に取り上げられてしまった。スーホのもとへ逃げ帰ってきた白い馬は身体中に矢を受け、傷ついていた。そして、とうとうスーホのもとで死んでしまったのです。

 悲しさにうちひしがれたスーホの夢のなかに現れた白い馬は、彼に語るのだった。

 「そんなに悲しまないで。わたしの骨や皮、筋や毛を使って、楽器をこしらえてほしい。

 そうすれば、いつでもあなたのそばにいて、あなたをなぐさめてあげられるから」

 夢で告げられたとおりに、スーホは楽器を作りました。それが馬頭琴です。スーホが奏でる馬頭琴は広いモンゴルの草原に鳴りわたり、たくさんの人びとのこころをなぐさめたのでした。

 「なんのために生きているのだろう、なぜ生き残ったのだろうと自問していた。そんな私に、にいな(妹の長女)が遺してくれたもの。それが悲しくも美しい再生の物語だったことに、不思議な符号を感じざるを得ない。

 この再生の物語は道しるべなのだろうか?私のグリーフケア(悲嘆の克服)の途上に与えられた道しるべ」(同上)

   亡くなる少し前ににいなちゃんが遺したのが「スーホの白い馬」の詩画だったという。

 この『スーホの白い馬』の引用のあとに『ツェねずみ』の話がでてきます。

 「私も何度も『まどってください!』と叫びたくなることがあった」

 「夢や情熱、挑戦する勇気、自分を信じて進んでいこうとする誇り。まどってほしいものは、形のあるものではなく、形のないものだった」

 やがて、意を決して、入江さんはもう一歩と前に進み出られたのです。

 「誰にまどってもらわなくてもいい。それ以上に、自分の中にまどってほしいと願うツェねずみがいることがたまらなく嫌だった」

 「私はツェねずみにはならない、そう誓った。心にあいた穴を埋めるのは自分自身だ、自分で自分の人生の意味をもう一度見出さなければ。私の人生の創り手は私以外の誰でもないのだから」

  一瞬にして妹一家四人を奪われた姉の悲しみと嘆き。「この悲しみの意味を知ることができるなら」事件から二十年が過ぎました。この言い知れない凄惨で悲惨な事件によってでしたが、ぼくは入江さんと遭遇することになりました。一夕、さまざまな話を伺いながら、人生における「理不尽」というものを考えさせられてきました。報道で「世田谷」と耳にし、目にするたびに、入江さんの様子を思うのが習性のようになってしまいました。

 いくつもの未解決の事件。「悲嘆の克服」ということがだれにも起こりうるのでしょうか。

 『スーホの白い馬』にはいくつかのエピソードのような話が、ぼくにもあります。それはともかく、子どもがまだ小学校の低学年の頃、教科書に出ていた「物語」をノートに「書き写す」というばかばかしい宿題に夜を徹していたことがありました。ぼくはその教師の「愚行」に憤りを覚えたのでした。いまでも、その「憤り」の心持を覚えています。またはこれがどこかで触れたように思いますが、この「物語」の挿絵はぼくの友人の父が書かれたものでした。赤羽末吉さん。独特の太い線と鮮やかな色彩で、物語に欠かせない要素となっています。また、「馬頭琴」には、先入観からか、静かな音色であるにもかかわらず、ぼくの心はいつとはなしに波立ってしまうのです。

 二十年を経過した事件の解決はいつになるのでしょうか。この事件などもきっかけになり、「時効廃止」という新たな展開があったのでしたが(それからも十年が過ぎました)。

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●殺人などの時効廃止が27日成立、即日施行 殺人など凶悪犯罪の公訴時効の廃止や延長を盛り込んだ改正刑事訴訟法が27日、衆院本会議で賛成多数で成立し、政府の持ち回り閣議を経て、異例の即日施行となった。時効が未完成の過去の事件にも適用される。時効廃止を待ち望んでいた被害者遺族らは、一様にスピード審理による即日施行を歓迎した。(日経新聞・2010/4/27付)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。