半日本人の抗いの記

「シンセタリョン(身世打鈴)」

 大山も(カン)もわが名よ賀状くる

 名を問はれ生姜の姜の字と書く()け地

 ビール()むにつぽん人の(かほ)をして

 ビール酌むわが本名を告ぐべきか

  〝パンチョッパリ〟と嘲笑(わら)ふ者あり、それもよし。吾は半日本人なり

 河豚の座の毒も食らはむパンチョッパリ

  失業 

 蝶去りてパンチョッパリはまた昼寝

 望郷や夕焼けの(いろ)にごりゆく

 故郷(ふるさと)が無いから黙つて花菜食ふ

 指紋()す拳に汗を握りしめ

 選挙権なし銀杏(ぎんなん)を踏み砕く

 永住権貰ひにゆくや河豚(ふぐ)食ひて

 永住を許されし夜や底冷えす

 祭り太鼓われ他国(よそ)者と思ふ日ぞ

 本名と通名 一九三九年、日本が植民地支配のため皇民化政策の一環として、朝鮮人から固有の姓を奪い日本式の氏名に変えさせる「創氏改名」が発令された。四五年八月の解放後は本名にもどったが、在日朝鮮人・韓国人の場合、民族差別等のため今日も通名として創氏改名時の名を使っている者が多い。

 在日 一九一〇年から一九四〇年代にかけて日本帝国主義の植民地支配の結果、日本への移住を余儀なくされたり、太平洋戦争中に労働力として強制連行された朝鮮人の数は百十九万人を超す。日本の敗戦による解放後も米ソによる南北朝鮮の分割占領、朝鮮戦争勃発などによって日本に在留せざるをえなくなった者およびその子孫を「在日」とよぶ。

 パンチョッパリ 半日本人という意味。チョッパリとは豚の足のことである。下駄を履くとき足の指が(ひづめ)のように開くことから日本人を罵る語として使われる。韓国人でありながらチョッパリ(日本人)化していった〝在日〟の蔑称でもある。

 外国人登録 在日韓国人・朝鮮人は三年ごとに外国人登録の切り替えをしなければならない。顔写真を提出し指紋を()す。自分が日本人でないことを再確認する時でもある。

 一九八三年、外国人登録法が改正され、永住権を持つ在日韓国人・朝鮮人の指紋押捺(おうなつ)義務が廃止された。だが外国人登録証明書の常時携帯義務と罰則はそのままで、登録証を携帯していないと外出もできない。

 永住権 一九六五年六月二十二日「韓日条約」と同時に調印された「在日韓国人法的地位協定」は「韓国籍」を取得した者にのみ永住権を認可することにした。さらにこの年の十月「韓国だけが国籍、朝鮮は用語」という統一見解を出し、在日韓国人・朝鮮人の二分政策に拍車をかけた。(姜琪東(Kang Kidong)『身世打鈴 シンセタリョン』石風社、1997年)

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  姜さんは一九三七年に高知県に生まれた韓国人です。身世打鈴とは「身の上話」にあたるものですが、姜さんの「身の上話」はじつに読むのがつらくなるようなドラマといえるでしょう。

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 「本書はいわゆる〈句集〉ではない。俳句という表現形式による一人の在日韓国人の自叙伝であり、パンチョッパリ〈半日本人〉と呼ばれる男の精いっぱいの抗(あらが)いの記である」

 「考えてみれば、韓国人の私が日本語で考え、話し、書くという行為は決して自然な姿ではない。だが、この不自然な姿こそが私の姿そのものであり、私の俳句なのである」(「あとがき」)

 ここにも一人の「在日韓国人」がいます。

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〇姜琪東(カン・キドン、1937年 – )は俳人。高知県出身、福岡県在住。横山白虹、加藤楸邨に師事。元アートネイチャー代表取締役会長。現・出版社「文學の森」代表取締役社長、月刊『俳句界』発行人兼編集総務。通名は大山基利。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 「在日のおかれている現実は、在日という言葉が存在する限り、在日コリアンがこころから笑い合える日は永遠に来ないのだ。」(『ウルジマラ(泣くな)』「あとがき」)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。