略奪が始まれば、銃撃が始まる

 テイラー・スウィフトさん、黒人男性死亡めぐりトランプ氏を批判2020年5月30日(AFP)

【5月30日 AFP】米北部ミネソタ州ミネアポリス(Minneapolis)で警察に身柄を拘束された黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)さん(46)が死亡した事件をめぐり、米人気ポップ歌手のテイラー・スウィフト(Taylor Swift)さんが29日、抗議のデモ参加者への発砲を示唆したドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領を批判した。

 スウィフトさんはツイッター(Twitter)で、「就任してからずっと白人優位主義と人種差別の火をたきつけてきた。厚かましくも道徳的優越感を装った後に暴力で脅すのか」と述べた。スウィフトさんはツイッターで8600万人のフォロワーを持つ。

 トランプ氏は「略奪が始まれば、銃撃が始まる」とツイッターに投稿し、物議を醸している。この発言に対してスウィフトさんは「私たちは11月に投票によってあなたを退陣させる」と明言した。

 トランプ氏は、ミネアポリスで発生している警察に対する暴力的な抗議デモについて、デモ参加者を「略奪者」と呼び、軍隊を送ると警告していた。

 この投稿に対してツイッターは、「暴力の賛美」に当たり、自社の規則に違反するとして非表示にするという前例のない措置を取った。

 アフリカ系米国人に対する警察の暴行に抗議する暴動は29日、3日目の夜を迎え、ミネアポリスとセントポール(St. Paul)に数百人の兵士が配備された。

 抗議活動の起点となった事件が起きたのは25日。手錠をかけられ地面に横たわったジョージ・フロイドさんが、警官から5分以上も首を膝で押さえつけられて死亡した。この時の様子が動画に撮影されていた。 

 若くして大きな名声を獲得したスウィフトさんは、数年前から政治的発言をするようになり、過去にもトランプ氏を批判。2018年の中間選挙ではテネシー州の民主党候補への支持を表明した。(c)AFP

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【5月30日 AFP】(更新)米北部ミネソタ州ミネアポリス(Minneapolis)で、黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)さん(46)が警察の拘束下で死亡した問題で、地元当局は29日、フロイドさんを死に至らしめたとされる元警察官の男を逮捕し、第3級殺人などの罪で訴追した。

 逮捕されたデレク・ショービン(Derek Chauvin)容疑者は25日、フロイドさんの首を少なくとも5分間にわたり膝で押さえつける様子が動画に撮影され、免職処分を受けた。ミネアポリスでは事件を受け、3晩連続で暴動が発生。店舗数百軒が損壊し、警察署が炎上する事態となっていた。(以下略)

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 先ごろ、この島でも多くの人のツイッター上の政治的発言が話題になりました。米国でも事態はより深刻だと思います。「大統領」の特異性というだけでは終わらない問題で、なぜこのような人物が「大統領」に選ばれたのか。民主主義のもっともも危ういところの一つでしょう。分断と断絶によって、選挙民は二分される。「いい人間」と「悪い人間」とでもいうのか。「上等」と「下等」とでもいうのか。分断や対立を起こさないようにするのが「政治」だといえば、失笑どころか、嘲笑を買うばかりなのかもしれない。

 民主主義のお手本だと「米国」を持ち上げてきたのがこの島社会の大半でした。実は表面からは見えにくいが、その足元には「差別と暴力」が蔓延していたのです。(状況はこの島においても変わらない)選挙民が賢明でなければならないとは思うけれども、選択を間違えない保証はどこにもないのです。失敗をし、また出直す。致命的な過ちを犯す(たえばた戦争行為など)、にもかかわらず、また出直す。全く同じ地点からの出直しなのか、一ミリでも進んだ地点からの出直しなのか。あるいは、…。(100対0から、99対1へ。気の遠くなるような道のりだけれども、バーバラ・リーさんのようにあきらめないこと、誠実を貫くこと、この地点を確保する、そこからまた、歩き出す。

 「おかしいことは、おかしい」という。「まちがいは、まちがいだ」と指摘する。一歩進んで二歩下がる状況が彼我の地に生じていますが、責任を放擲するわけにはいかないのです。

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 「へうへうとして」水か 

 《「わけいっても わけいっても 文書の山」。俳人、種田山頭火の代表句のパロディーだ。教師がパソコンに向かう手を休め、一句したためているイラストに添えられている。教師の顔には、疲れがありありとうかがえる。そして、やはり山頭火のもじりの「しごとすがたの しぐれていくか」となる。

 この“作品”を宮崎県の小林市スクールサポートセンター発行パンフレットで見つけたとき、笑ってしまった。諧謔(かいぎゃく)がある。教師に対する客観的な視点がある。作者を探して電話した。

 同市立東方小学校事務職員、甲斐暢夫さん(42)。「夜遅くまで書類と格闘している先生を見て、お坊さんの苦行に近い、と思った。それで、僧侶だった山頭火になぞらえて……」と語ってくれた。(略)

 激しい学力論争を経て、社会は今、学校の役割の大きさを認める教育観に転換してきている。転換を実現する基盤整備が必要ではないか。》 (讀賣新聞・07/11/24)

《 山頭火が一笠一鉢に生を托する旅人になりきってから、もう何年経つであらう。彼は味取の観音堂に暫く足を停めていたが、其処をも遂に捨て、今又、歩きつゞけてゐる。彼の歩むのは、或る処へ行く事を目的として歩いてゐるのではない、歩く事その事の為に歩いてゐるのだ。彼にあっては生きるといふ事と歩くといふ事が同一語になってゐる。雲がただに歩み動き、水がただに歩み流れるが如く、彼も亦、歩まずにゐられずして歩いてゐるのだ。雲水といふ言葉の語源的の意味に於て、彼は雲水になりきってゐるのだ》(荻原井泉水「同人山頭火」昭和五年)

 「働き方改革」などいうしゃれたセリフがもてはやされていますが、人が人に交わる、そこからしか「学びあう」という心持は生まれてこないのです。どんなに理由や事情があるとはいえ、テレワークやリモート授業などとお気軽に言うけれども、いったいそこから何が生まれるんですか。子どもは学校の道具ではなく、学校こそが子どもの遊び場なんだ。遊びのなかに学ぶことが山ほどある。「分け入っても学びの山」だよ。ぼくは山頭火はよく調べました。なんでこんな「すねた坊主まがい」になったのか、わかったような気になったこともあります。人間の生涯とはわからないものという、当たりまえの感慨を学んだに過ぎなかったのですが。いずれ、彼の曲折ある「明け暮れ」を後追いしてみたい。(ところで、「青い山」、それはなんだと思いますか)

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 《 へうへうとして水を味ふ   山頭火

 彼はかつて此句を寄せて来た。これが彼の全体的の姿である。

  しぐるるや死なないでゐる  山頭火

 彼はこう詠う。則ち生かされている事に合掌する心である。彼はその淋しさをしんそこまで味はつてゐながら、猶その底をぬいて味はずにはゐられないやうな、その処に彼の酒といふものがある。彼は酒によって自分を忘れようとするよりも、酒によって一層はっきりと自分を掴まうとしてゐるやうである。

  ほろほろ酔うて木の葉散る  山頭火

 ほろほろ酔うたのは木の葉か、ほろほろと散るのは山頭火か―。》(荻原井泉水・同上)

 山頭火のもっとも深い理解者であった師、それが井泉水(写真左)でした。(後掲の放哉の師でもありました)

〇1882-1940 大正-昭和時代前期の俳人。明治15年12月3日生まれ。山口県の大地主の長男。荻原井泉水(せいせんすい)に師事し,「層雲」に投句。大正14年熊本の報恩寺で出家,放浪の托鉢生活のなかで独特な自由律の俳句をつくる。のち山口県小郡(おごおり)に其中庵(ごちゅうあん)をむすぶが,遍歴をやめず昭和15年10月11日松山市一草庵で死去。59歳。早大中退。本名は正一。別号に田螺公。法名は耕畝。句集に「草木塔(そうもくとう)」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)

 もう一人の「うしろすがたの」

 放浪の詩人、尾崎放哉(おさきほうさい)(1885~1926)はついにわが身一個の宇宙に自らを閉じこめてしまいました。鳥や虫と語り、月にことばをかける、それはいかにも風流ですが、あるいはまるで風狂というものであったかもしれない。孤独という以上に、孤絶の深淵にはまり込んだ、その生涯は、いうにことばもない悲しさに溢れていたのではなかったか。放哉は、やりきれない、悲しさに襲われている。

 だからこそ、ひとと交わる、ていねいに交わる、それが人の世に住む人間のまっとうな生活なのだと、放哉居士は教えてくれている。(右小豆島 尾崎放哉記念館)

 その方哉の悲しみと孤独がにじむような、いくつかの句を。

こんなよい月を一人で見て寝る

咳をしても一人

たった一人になりきって夕日

花火があがる空の方が町だよ

〇1885-1926 明治-大正時代の俳人。明治18年1月20日生まれ。大正4年荻原井泉水の「層雲」に参加。東洋生命保険をへて,11年朝鮮火災海上保険の支配人となるが,酒がもとで退職。妻とわかれ,一灯園や各地の寺で生活。14年小豆島の西光寺奥ノ院南郷庵にはいり,独居無言の生活から口語調の自由律俳句を生んだ。大正15年4月7日同庵で死去。42歳。鳥取県出身。東京帝大卒。本名は秀雄。句集に「大空」。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)

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 ぼくは京都の友人に「一灯園」を紹介したことがありました。彼はそこまで出かけて、感じることがあり、でも入園はしなかった。すがる思い、というポーズだったかもしれない。「出家」だか「家出」だか、まあぼくにしてみれば、当てつけのような擬態に見えただけと、いう感触がありました。いまでもこの「園」の奉仕活動は続いています。(京都市山科に本部を置く)

 一代の怪人・西田天香の開設による。同園での起居顛末を題材に書かれたのが倉田百三の『出家とその弟子』でした。時世進んで、ますます盛んに、か。(https://www.ittoen.or.jp/

 放哉も一時期、一灯園に法衣・草鞋を脱いだことがありました。いまでも若い雲水や雲水亡者(失礼)が引きも切らないようです。(付属の学校もあります)どうしてか、というのは野暮天の能天気が吐くセリフであり、人それぞれが深く難儀な課題を抱えているからこその「修行」なんだと、ぼくは思うことにしている。「溺れる者は 藁をもつかむ」から、溺れるんだけどね。(右横とその上、二枚の写真は「一灯園」)

 今は朝の六時半。ぼくの起床はいつでも「日の出前」で、今頃なら四時過ぎです。(かみさんはいまだ熟睡中か、あるいは覚醒しかかっているか)たったいま家庭ごみを集積所までもっていった。家から少し坂を下ったところにある。ほぼ三百メートルほど。その坂道を上り下りしながら、「この時代にも無数の種田や放哉」がいるだろうな、人が生きていくには、あまりにも忙(せわ)しいし、孤独をかこつほかないような「世の姿(地獄相)」だから、などど意味のなさそうなことを愚考していました。 二人の「偽雲水」「雲水オタク」をつぶさに追いかけてきて、以来、自身もまた「世俗の雲水もどき」だと、自己評定したのでした。(この項はダラダラとつづくはず)(吉村昭さんに『海も暮れきる』という放哉を描いた作品があります。ご一読を)

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