人生の主人公に…

 本日は柄にもなく、いくつかの詩をご紹介したくなりました。これらの詩はいったいどんな人たちによって書かれたのでしょうか。どんな人が書いたのでしょうか。平凡社編『雨の降る日はやさしくなれる』(平凡社ライブラリーoffシリーズ、2005)に収録されているのは140編。表紙の右上に小さく「少年院から届いた詩集」とあります。(ぼくは何度か少年院に行ったことがあります。年齢の関係で「入所」はできませんでした)(左の書籍は、ぼくの若い友人だった葉子さんが残したもの。彼女の死後に、ぼくに届いた。享年32でした)

 最初の和規さん。「幼い頃から父母の緊張した関係の中で育ち、心の空白を埋めるために暴力団に近づき、覚醒剤を覚えてしまった。/ ごつい体とごつい顔。しかし運動会やクリスマスなどに慰問に来た保育園の幼い子を笑顔で見守り、宝物のように大切に抱いてやる彼の姿には優しさがあふれていた」少年院で聖書にであってから、いつの日か牧師になることを夢見ておられるそうです。

なりたい                     和規
心がこわれるほど
苦しくて
やさしい言葉をかけてくれる人
捜したけれど
どこにもいない
ふと思う
捜すような人間やめて
やさしい言葉をかけられる
そんな人間になりたい

 秋信さん。「暴走族のリーダーだった少年。右翼団体に加入したり、暴力団に憧れて近づいていったことが信じられないくらい心優しい。幼少時、父母が離婚、父に引き取られたが、あちこちの施設に預けられて育つ」大人に不信感を持ちやすく、些細なことで落ち込み、傷つきやすい少年だったそうです。

いのり                       秋信  
僕はだれにでも優しく親切になれる  
人間になりたい  
きれいな水のように澄んだ  
心や  
目を  
持ちたい  
そうゆう人間になって  
こまっている人や  
なやんでいる人や  
おちこんであいる人に  
がんばろう  
がんばろうよ  
と 声をかけてやりたい

 昌士さん。「父子家庭で育ち、母不在の心の空白をうめるため暴力団に関係し、シンナーの密売を続けていた。高校中退で知能は高いが、対人関係を維持することが苦手でトラブルメーカー」そんな昌士さんから「雨の降る日は」が生まれたのです。

雨の降る日は                  昌士
雨の降る日は 気分が沈む
気分が沈むと 楽しくない
楽しくないと 心が冷える
心が冷えると 口数が減る 口数が減ると 考える
考えると 自分の間違いに気付く
間違いに気付くと 心が晴れる
心が晴れれば 楽しくなる
楽しくなれば 優しくなれる
優しくなれたら それがいい
雨の降る日は優しくなれる

 この本の「あとがき」を書いておられる評論家の芹沢俊介さん。

 「やさしい言葉を人にかけることができるようになるためには、自分がやさしい言葉を人からかけてもらった経験が不可欠である。無条件に受けとめられた体験がなければ、人を無条件に受けとめることができない。

 彼らは、これまで一度だって人生の主人公になったことがないのではないか。そう思うと、こんな年齢でこうした無私や愛他やつつましさの言葉を、紡ぎ出さざるを得ない心情の核に触れた気がして、哀しみの感情が湧いてくるのをおさえることができない」

 逸脱・非行・不良というラベルはいかにして「貼られたのか」また、そのラベル(レッテル)で呼ばれなくなるときがくるのでしょうか。

 《逸脱とは、なんらかの合意にもとづく規則に対する違反であると定義される。そして、誰が規則を破ったかが問題とされ、その違反に説明を与えるために、彼の性格および、生活状況の諸要因が追求されることになる。この見地にあっては、ある規則を破った人びとはある同質のカテゴリーに属する、と仮定されている。なぜなら彼らは同一の逸脱行為を犯したのだから。》H. S. ベッカー『アウトサイダーズ ラベリング理論とはなにか』)

 社会に認められている「規則」を破るのは悪いことだという点では、多くの人は同意します。それどころか、規則違反は罰せられるのが当然だということになります。その意味で、規則破りというのはある行為に内在する特質であると見られていますが、はたしてどうか。同じような規則違反をしても、ある人は見逃され、別の人は非難(処罰)されることはしばしば起こる。違反した人間がどのような種類の人間であるかによって、それは違反となったりならなかったりするのです。

 また、規則というものは大なり小なり「社会的な承認(合意)」を得たものだと考えられがちです。でも、実際にはそんなことはない。同じ規則を破った人は「同質のカテゴリー」に属するということはなさそうです。例えば、6歳から15歳までの子どもであれば、だれでも学校には行かなければならないという「就学規則」があるが、不登校(登校拒否)をおこす子どもは「同質のカテゴリー」に属するといえるでしょうか。そんなことはいえないでしょう。

 またある時期まで、非行や問題行動に走る子どもを調べてみれば、「家庭崩壊」(家庭に問題がある)が明らかになるといわれた。いまも、そういう人(学者)はいる。同じような環境で育ったから、登校拒否(不登校)になるのでしょうか。いったい、どうしてこのような考え方がなされるのでしょうか。

 このような「規範」(「規則」「ルール」)といわれるものと、その規制からはみでる(逸脱する・deviate)行為との関連をていねいに考えたい。だれにも適用される「規則」があり、それを破ればだれでも非難(処罰)されるのかどうか。そうではない。多くの人はいつでもこのことを経験しているんじゃありませんか。

 「逸脱とは、行動それ自体に属する性質ではなく、ある行為の当事者とそれに反応する人びととのあいだの相互行為に属する性質」(ベッカー)だといわれています。このメカニズムを深く検討したいものです。

 規則違反をしていないのに、他人から「規則破り」と目されることもあれば、規則を犯しているにもかかわらず、他者はそれを見のがしている(気づいているかどうかはともかく)場合もあります。では、どうしてそのような事態が生じるのか。それが「ラベリング」(「レッテル貼り」「スティグマ」「烙印」「汚名」)という他者の反応の問題だということです。

 規則(法律)よりもっと重い、人間の振る舞いというものがあるでしょう。いじめた側にも、いじめを関知していた教師の側にも、人間性になにか欠けたところがなかったのかどうか。いくらいじめられても、「まさか、死ぬまい」と勝手に判断したなら、それはお門違いだし、「死にたきゃ、死になさいよ」という酷薄な意識があったら、なんといおう。

 「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」

 ボクたちが所属する集団がすこしでも民主主義の原理に近付くことができるために、ボクたちはものを学んで賢くなろうとしているのだと思う。学習というものに、なんの「社会的な動機」もなければ、あとは強制か競争しかなくなるだろう。現下の状況はいやというほど、この惨状を見せつけています。「一番病」の蔓延と、勝者の奢り、敗者の挫折。言いようのない頽廃。「一番」をうらやましく思うなら、「一番」を目指せばいい。でもいつでもそうするわけにはいかないということがわからなければ、それはしんどいことですね。ぼくはビリへの一番を目指していました。ビリになるには能力がいる、そういう、自身の経験を語った、ぼくの敬愛している哲学者がいました。(文中の二枚の建物の写真。左は奈良少年院・現在は廃止されている。設計は音楽家山下洋輔氏の祖父敬一郎氏、右は榛名少女学園です。お世話になった、ぼくの知人が「園長」をされていました。知人は山口葉子さんとも関係の深い人でした)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです