「朝鮮」という総和を生きる

金石範 もう一言付け加えると、私はね、この戦後生きてきたひとりとしてね、問題は生き方なんですよ。その生き方というのは、彼の場合(金時鐘)は八・十五の解放を原点にして、逆さまなかたちでこれまで一生誠実に生きてきたということ。私の周辺でも必ずしもそうじゃない場合もかなりあるんですよ。そういう意味では、やはり在日する者としてのひとつの誠実に生きる姿が彼の話のなかにでてくるじゃないですか。ただあの時こうしたああしただけじゃない、全体を、ともかく悩みながら一応誠実に生きてきたという。年取るとね、そういう思いが強いよ。そうじゃないすべての人を否定してるんじゃなくて、やはりこういう生き方もあるということですよ。

金時鐘 ぼくの場合は何も誠実に生きたということもないし、そういうかたちで評価してくださる先輩とか知人たちもいますけど、ぼくの場合はね、このような暮らししかできようのない状況を生きてきたというにすぎない。

金石範 それはその人の人間的な資質にもよるかわからんけどね、人間そうじゃない場合が多い。適当に順応して、そうでないように見せながら生きている。それが世の中だろう。私はそのようにできなかった。時鐘もそうなんだよ。

金時鐘 なぜ「朝鮮」籍にこだわるのかというと、たしかに韓国籍をとれば、もっと自由でいられるしな、金先生くらいだったらもっとよくしていられるのにと言ってくれる人もおるけど、そういう方便の問題じゃないんだな。ぼくの場合は、あれほど無道きわまりないことやって作り上げた韓国という国家体制をね、出来あがった体制の過程を身をもって知ってる者としてね、実際的に韓国のこの五〇数年というのは、もし戦争責任というのが厳密に言えることならね、植民地統治下でいい思いした連中らがな、おおっぴらに復権して政財界から芸術、教育界に至るまで重鎮におさまってきたという年月なんだよね。で、日韓関係の友好というのも、日本でも戦争犯罪者に類する連中らが自民党という権力与党の重鎮にすわって何十年来たわけでしょ。ぼくは日本で最初に出会ったのが、幸いにも金石範先生であったり、姜在彦氏といった民族意識の強い社会科学者たちだったんですが、ぼくも民族分断の単独選挙に抗った者として、「朝鮮」という総和を生きるしか方法がない。

 よく、それでお前は人間かっていう手紙を縁戚の人からもらったこともありますよ。ぼくの母の弟になる人が、日帝時に帝国大学出た何人もいないうちの一人なんですけど、お前は人でなしだと、〔韓国に〕帰ろうと思えばいつでも帰れる、私が保証する。親父やお袋が死の床に伏せっているというのに、それほどまでもアカが好きなのかと、公認会計士の叔父は会うたびになじった。ぼくは思想のために行かなかったというより、あんなことを経てきた四・三がありますから、アメリカのごり押しで出来あがった国家に帰依することはできない。では自分がずっと行きつきたかったのが今の北なのかっていうと、かつての南に負けず劣らずくらいの国に今なっている状態があって、なおさら総称の「朝鮮」に固執するわけです。決してぼくが思想が強いとか、そういうことで「朝鮮」にこだわっているんじゃなくて。これはまったく意地です。

金石範 北と南が単独国家体制になっていて、したがって北の共和国国籍とか南の大韓民国国籍とかになっているけれど、それは分断された祖国の「かけら」としての「国籍」、「片割れ」の「国籍」であって、本来的なもんじゃない。「分断の象徴」なんだ。勿論、国家体制というのがあるから、それは現実的な法的強制力をもっています。しかしそれは絶対的なもんじゃない。その現実をこえて本来的なものを求めるのがわれわれの想像力。私が「在日」をカバーする祖国統一を前提にした連邦的な準統一国家を考えるのはそのためです。私には「北」も「南」も祖国ではない。したがって「北」の「国籍も「南」の「国籍」も取得しない。統一祖国が私の祖国なんです。

金時鐘 自分で合理化できるものがあるとすれば、幸か不幸か詩をやったということでしょうかね。自分の意識を「支配」というと、物理的な気がしてぼくはいつも観念的な心情的な「差配」という言葉を使いますけどね。ぼくの意識を差配していた言葉が日本語で、自分の国の言葉は日本語を介して、プリズムが色を分けるようにして紡がれてくる。ぼくにとって「解放」とは何かというとやっぱり自分の言葉の問題ですね。だから意地があるとすれば、詩をやることであり、非人道的なことをやってできあがった国家に、今なお同調できない。ぼくは金先輩にも文京洙にもすまなく思うけど、ぼくはね、済州島好きじゃないねん、愛してるけど。(金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学』編者文京洙・平凡社、2001年)

●金石範(キム・ソクボム)1925年、大阪生まれ。主な著書に、『鴉の死』、『火山島』、(大佛次郎賞、毎日芸術賞受賞)、『海の底から、地の底から』、『満月』、評論集に『転向と親日派』などがある。

●金時鐘(キム・シジョン)1929年、朝鮮・元山市生まれ。詩集に『新潟』、『猪飼野詩集』、『光州詩片』、『化石の夏』、評論集に『「在日」のはざまで』(毎日出版文化賞受賞)などがある。

●文京洙(ムン・ギョンス)1950年、東京都生まれ。現在立命館大学国際関係学部教授。主な著書に『ハングル教本』、『現代韓国への視点』(共著)、『アジアの人びとを知る本』第五巻(編著)など。

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 ここでいわれる「朝鮮」籍とは「韓国」籍に対応するものではありません。あくまでも総和としての「朝鮮」という国籍です。日本の敗戦後の四七年、外国人登録令によって、当時の「在日」はすべて国籍は「朝鮮」とされました。翌年、大韓民国が成立するに及んで韓国籍をとる人もいました。しかし五二年の講和条約発行前に、日本国は在日朝鮮人の日本国籍を剥奪したのです。以来、「日韓条約」締結まですべての朝鮮人は無国籍状態に置かれることになるのです。今日まで日本政府は北朝鮮を国家として認知していないために「朝鮮」籍は国籍とは認められていません。

 いまなお、「在日」問題はぼくたちの日常に厳として横たわっています。ことあるごとに、それは「差別」の根源にある歴史のなかの消えることも消すこともできない課題としてこの島社会の核心部に貫通しているのです。いずれ、このテーマについても稚拙な持論(自論)のようなものを書いてみたいと考えています。

投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。