子どもの脳を壊さないで

 「きっと学校は「子どものために」と考えて山のような宿題を出したり、休みまで決まりでがんじがらめにしようとするのだろうが、どうも現在の日本の公教育は、子どものためではなく、国のため、あるいはその体制を維持するためにのみ作られているような気がしてならない。

 要するに、言われたことを鵜呑みにせずに、自らのきちんとした考えや信念に基づいて物事を広く深く問う人間よりも、素直に与えられた餌を食い、おとなしく淡々と働いてくれる人間の方が、国家を維持する上で都合が良いのだ。日本の公教育が生産し続けて来たのはまさに後者のタイプで、戦後の日本の発展ぶりから考えると、その教育システムは偉大な成績を残したと言わざるを得ない。

 しかし、ある意味で「完成」され、その結果あらゆる面で行き詰まり、さ迷い始めた国家にとって、必要なのはもはやおとなしい働き蜂ではないはずだ。

 学歴を問わず、むしろ、「良い子」に拒絶反応を示す企業も増え続けているのだ。今こそ教育を根本から考え直す時期だと思う。(略)

 素人の僕に言わせれば、学校は先生から子どもへの一方的な知識伝達の場ではなく、先生が橋渡し役として、子どもたちが自らあれこれを企画したり調べたり、創作したり討論したりして、その全体を通して物事を考える「コツ」を身に付ける場であるべきだ。

 学問は面白いし、子どもは色々と学びたがる生き物だ。子どもを主人公に考えさえすれば、彼らが行きたくて仕様がない学校を作れないはずがない。

 そんな学校ができないなら、せめて休みをうんと長くし、休み中の宿題などをやめて、我が子の脳細胞を少しでも多く残してほしいものである」(Jeremy Angel「とにかく変わらなきゃ」)

 いかがですか、エンジェルさんの学校に関する意見は。Jeremy Angelさんは1951年にイギリスで生まれ、カナダ国籍の在日者です。76年来日、ただちに北海道のムツゴロウ王国(現在は滅亡)に入国。動物学者でもあります。現在は八ヶ岳山麓の富士見町に暮らす。著書や写真集多数。「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」のプロデューサーでもありました。(https://www.oraho-fujimi.jp/people/angel.html

 列島(ぼくは意図的に「劣等」という語を使います。変換ミスではなく、この島の頽廃した現状を一語で言い当てていると愚かにも考えるからです。それにしても、なんともダサいね。「インバウンド」なみだよ)の歴史が始まってからつねに外からこの島国に来る人はたくさんいました。(発端はすべて外来ですね)いまでは「インバウンド」などという耳なれない、怪しげな単語がだれかれなしに多用され、「外国人観光客」などという使い方をされます。ホントにそんな意味なんですかね。「インバウンドツーリズム」の省略ですか。そのインバウンドもまったく鳴りを潜めざるを得ないような事態に襲われています。(「オリンピック」の開催が怪しいと。もともと開催すること自体が怪しいんだね。今からでも遅くない…。外国の新聞にはイギリスが代わりにやろうかと出ていた。あの島国にいわれるようじゃ。)

 ジェルミさんは定住者。外から来て、ある時間をこの島で過ごすと、いろいろ不都合なところが見えてくるんです。観光なら嫌なところも、観たくないところもスルーできます。定住・永住となれば事情は変わる。まして、就学期の子どもがあれば、なおさら学校ってなんという奇天烈な場所だろうと驚嘆するのでしょう。ジェルミさんと同じよな疑問や批判を持つ外国籍の定住者はたくさんおられます。(そのなかには在日コリアンもおられます)

 「きっと学校は『子どものために』と考えて山のような宿題を出したり、休みまで決まりでがんじがらめにしようとするのだろうが」といわれていますが、実際は、子どものためではなく、教師たちの職場なんですね。仕事場。ものを生産する工場です、といえば怒られますが、システムは似たようなものです。学校は刑務所とそっくりだと断定したのはフーコーという思想家でした。詳しくは延べないが、規則づくめ、処罰の山、時間で動く、クラス分け、分業制、徹底した監視付き…という具合に内部も外観もウリ二つでした。いまは斬新な外観をもつ刑務所もあり、学校もあります。してみると子どもたちは「囚人」(衆人ではない)か。右向け、立て、坐れ、休め、直れ…。なんとたくさんの号令があることか。号令は教師がかける。だから教師は看視。ぼくが在学した中学校は生徒数2000人超というマンモスでした。一学年10数クラス。学校といえば、京都の街中(郊外といわれそう)にあった、規模の大きさと暴力的な教師たちで混とんとしていたガッコウを思い描きます。教師の質に比例して生徒もなかなかの猛者でした。真昼の果し合いじゃない、教師へのお礼暴力も頻繁にありました。学校(社会)では「目立つな、罠にかかるぞ」というのが信条でした。

 「素直に与えられた餌を食い、おとなしく淡々と働いてくれる人間の方が、国家を維持する上で都合が良いのだ」という。彼が長野県の富士見町に定住するようになったのは今から三十年ほど前でしたから、学校の様子は随分と変わりました、よくなりましたよ、といえないのが残念ですね。手を変え品を変えて、「都合の良い人間」づくりにまい進してきたのが学校だった。だから、それに自分を合わせるのを拒否する子どもや親たちが後を絶たないのです。不登校などという現象や数字をあげつらうが、ぼくなどは学校には行きはしたが、授業なんかくそ喰らえ(下品ですみません)という態度を一貫していました。登校者の中には、こんな不埒な「非登校」(非校少年)は五万といたし今もいるでしょう。学校や教師には不信感だけをもっていました。(「かわいそうな××」とやまのかみがほざく)

 学校を変えることができないなら、休みを多くしてこどもの「脳細胞」の破壊をすこしでも阻止したいという彼の願望あるいは決意がトンデルじゃん。余計なことをしてくださるなというわけ。生きていくのに必要なものは必ず自得するものだという基本の哲学(態度)が子ども(親・教師)にあれば、学校はすこしは〇くなる、角が取れるんじゃないですか。週休五日制、登校日は午前中だけで下校。宿題はなし。教科書などは学校に常置。手ぶらで登校、手ぶらで下校。私服制服いずれも可、くわえて授業料は無償・霧消。こんなことを認める気遣いなど当事者にはないから、無茶苦茶なことを「咄して」いると思われそうですが、そうでもないですよ。よほどの変わりものでなければ、もう一度刑務所にはいりたいとは考えない。学校が変われない・変わらないのは「子どものための制度」じゃないからですね。

 子どもたちが教科書をつくる、成績表(通信簿)はいらない。(ぼくの愚弟は改ざんした「成績表」を親に見せていました。ぼくは悪い影響を受けなかった)通知表のない学校、そんな学校がありました。公立でしたよ。たしかジェルミさんがお住いの近くでした。でも目障りだったから、いろいろと干渉され、いつの間にか元の木阿弥。学校は変わらないし変えられないし変えない、とジシンをもって宣うのはだれだ。学校制度は、たかだか百五十歳。これからですよ。あってもいい、なくてもいいとさえ、ぼくは考えてきました。いじめをなくするには、学校をなくす、といって笑われたことがります。

 蛇足 ぼくの友人(すでに亡くなりました)が富士見町にログハウスを購入したので、誘われて出かけたことがあります。二十年以上も前。たしか一泊した記憶あり。なかなか素晴らしい環境でした。ジェルミさんはいまではすっかり土地の人。たくさんの猫と共棲中でしょうか。彼が書いた猫本も何冊かを読みました。妙高だか黒姫だったかにもう一人の定住外国人がおられます、たぶんいまでも。ニコリじゃなかった、(^▽^)/るさん。(インバウンドは使用禁止にしたいね)追記 C.W.ニコルさん(左上)は本年4月3日に亡くなられました。合掌。(2020/2/21)