「私たちにはもっとできることが」

 政策スピード不足 官僚の壁 一律給付に財務省反対(2020/04/18 00:54産経新聞)

 安倍晋三首相は17日の記者会見で、新型コロナウイルス感染拡大の阻止に向け「国民皆でこの状況を連帯し、乗り越える」と訴えた。2月29日以降、記者会見の回数は5回に上る。だが、都市部を中心に感染者数は増え続け、緊急経済対策に盛り込んだ現金給付では減収世帯への30万円の給付から国民1人当たり現金10万円の一律給付に方針転換するなど迷走を重ねた。首相の思惑とは逆に、政権への批判は強まっている。

 首相官邸の政策決定にスピード感が欠けるのは、前例踏襲を常とする官僚が壁になっているためだ。/ 感染の有無を調べるPCR検査について、首相は再三、1日当たりの検査能力の引き上げを指示したが、厚生労働省は軽症者の入院が増えて重症者支援が遅れれば医療崩壊を起こすと難色を示してきた。新型コロナは感染しても軽症か無症状の人が多い。検査ができないままでは、国民の不安が強まるのは当然だ。/ 新型コロナ感染症に治療効果が期待される新型インフルエンザ治療薬「アビガン」の承認手続きやオンライン診療でも、副作用への懸念から、医師免許を持つ幹部職員らが「立ちはだかった」(政府関係者)とされる。

 現金給付をめぐっては、財務省が国民全員を対象にすれば、「大企業や年金生活者など打撃のない人にも配るのは不公平だ」と主張した。官邸は一律給付が膨大な財源を必要とすることも考慮し、対象を減収世帯に限り、1世帯当たり30万円の給付に傾いた。

 だが、首相が要請した全国の小中高校などの休校や外出自粛による在宅勤務で、家庭では食費など想定外の支出がかさんでいる。企業は先行きへの不安から今後の賃上げに慎重になるのは必至だ。消費税率10%も家計の重しになるだろう。首相はこうした国民感情を重視し、緊急事態宣言の対象区域を全国に拡大したのを機に10万円の一律給付に転じた。17日の記者会見で首相は「もっと判断を早くしておけばよかった」と率直に語った。

 「私たちにはもっとできることがある。目の前の現実に立ち向かうだけではなく、未来を変えることだ」。首相は会見でこう協力を呼びかけた。ただ、5月の大型連休を過ぎても感染者数が高止まりし続ければ、首相が要請した国民の努力も巨額の経済対策も水泡に帰する。来年7月に延期した東京五輪・パラリンピックの開催も危ぶまれる。首相は自らの判断が国家の命運を握る覚悟を持ち、果敢に対応すべきだ。(小川真由美)(https://www.sankei.com/politics/news/200418/plt2004180001-n1.html

 大盤振る舞いというのですか。「減収世帯に30万円」から「国民一人当たり10万円」だと。税金(国庫にある金)はおのれのために有効に使おうと、末法政治屋、過去官僚どもが暗躍している図です。現下の危機をはっきりと見据えている人間はそこにはいない。それぞれが「自利」「自得」だけを狙った狂奔状態にある。火事場泥棒ならぬ、火事起こし泥棒だな。「マッチポンプ」も顔負け、「マッチマッチ、サンキュー・ベリーマッチ」だ。これを奇禍として、という有象無象、魑魅魍魎が蠢(うごめ)いている春の狂乱の舞。

 最近はネットも観たくなくなります。毎度同じ顔が、手を変え品を変え度肝を抜かれんばかりにアップされている。そいつが目に入ると胸糞が悪くなるし、ぼくの持病である「虫唾」が奔走するのだ。「同顔」はこの「危機」を最大限に利用して「選挙運動」をしている。職務に専念するのが選挙運動であり、選挙運動が職務なんだ。金はふんだんにある。使えるだけ、自分の利益になるだけは十分に使い切り、後は野となれ山となれ。「責任」を多言する「無責任」

 10万、30万と聞けば、なんだそれっぽっちかとなるが、それが総額で8兆円だの16兆円だとなると、いったいだれが始末するのだといわねばならぬ。「虚偽ソーリ」は不始末のかぎりをつくしてきた。汚い例えだが、トイレに入って「尻を拭わないまま」なのだ。だれか(人民にか)に尻拭いさせるつもりか。それとも臭いもなにも気にしない(気にならない)質なのか。そんな汚れた手で「マスク」を触るなといいたいね。汚れたマスクが466億円だと。ぼくはいろいろ数字をいじって計算しようとしているが、とにかく金にも汚いし、人品も汚い。気が付けば、劣島には「尻拭わぬ」衆が五万といるようです。にもかかわらず、「献身」や「奉仕」という言葉にふさわしい行為は人知れず、ひそかに行われているにちがいない。

 「一隅を照らす国寶」はほんの足元にいるのですね。目くらましに合わないように。  

 衆生は見殺しにされている。重篤だからと救急車に運ばれて、四十も五十もの病院から診察を断られた人がいる。千葉から八王子まで運ばれた人もいる。医師会はついに「コロナ」らしい患者を「診てやる」となった、オンライン診療をするという名目で金を手に入れた。いつでもできた「検査」を、御為(おため)ごかしでやっと始めようとしている。それもこれも金だ。「医師は医師」以上でも以下でもない、という意味は何ですか。

 テレビやネットを見ればこちとらも「尻拭わぬ病」に感染、いや感電しそうです。それではと「新聞」を開けば、御覧のとおり。「17日の記者会見で首相は「もっと判断を早くしておけばよかった」と率直に語った」と真由美さん。さらに「首相は自らの判断が国家の命運を握る覚悟を持ち、果敢に対応すべきだ」というお節介や提灯もちはやめてくれ、同記者さん。

 「私たちにはもっとできることがある。目の前の現実に立ち向かうだけではなく、未来を変えることだ」と口を拭(ぬぐ)う。「口じゃなく、尻を早く拭いてください」

 君ごときに「未来を変えられてたまるかよ」というのは名もなき、か弱い市民です。

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。