「左前」は縁起が悪い?

 女性支配の観念世界に一貫するものとして、まず、右側に対する左側の優位を挙げることができる。左は女性の受動的な性質を、右は男性の能動的性質を示す。(略)/次に夜の胎内から生まれた昼に対する夜の優位という観念もまた、同一の根本原理の第二の表明として劣らず重要である。これと逆の関係は女性支配の世界には完全に矛盾するであろう。すでに古代人は夜の優位を左の優位に、さらに両者を母の優位になぞらえているし、…(略)祭儀の執行において、月は太陽よりも、受胎する大地は受精する海よりも、自然生活における死の暗い側面は、生成の明るい側面よりも、死者は生者よりも、葬礼は祝賀よりも重きを置かれている。(バハオーフェン*『母権制序説』) 

(*Johann Jakob Bachofen (1815~1887)スイスの古代法学者。主著『母権制序説』1861。他に『古代墳墓象徴試論』『タナクイル伝承』など)

 右手の優位―right(右)はどうしてright(正しい)のか?

 バハオーフェンの「母権論」はわたしたちの国でもかなり早くから受け入れられていました。ことに大正期にがそうでした。人類の家族史は父権制一本槍ではなく、それ以前には女性支配(母権制)がはっきりと認められるとするのが彼の考察です。「母権制」とは、①娘による相続権の独占、②娘だけが老齢の両親を扶養する義務を負う、③婚姻財産を持参するのは男性であり、それを用意するのは姉妹たちである、という慣行から成り立っているとされます。そして、このような「母権制」は「父権制」より古い文化(古層)に属するものであり、その繁栄の後に「父権制」の圧倒的優位の前に消え去ったというのです。

 そのことはさておき、今日の「人権論」の前提になっている「右手の優位」について、もう少し考えてみたいと思います。

□強者の人権?弱者の人権? ―人権の根拠を問う―

Ⅰ―「人」権の根拠(「基礎づけ主義」の限界を超えて)

*じん‐けん【人権】(human rights): 人間が人間として生れながらに持っている権利。実定法上の権利のように自由に剥奪または制限されない。基本的人権。(広辞苑)

1「人」とはだれのことか? 

ⅰ)「男性(homme)および男性市民(citoyen)の権利の宣言」(1789.8)(所謂フランス人権宣言)⇔それに対するOlympe de Gougesの告発:「女性(femme)および女性市民(citoyenne)の諸権利の宣言」(1791.9)  

◆man(homme・Mensch)→人間→男性   

ⅱ)Catharine MacKinnon の告発

①「国際人権法」の実態と限界:《実質的にも形式的にも、人権の概念のなかに女性は含まれず、事実上、女性が不在のまま人間とは何か、権利とは何かが規定されています。人類の半分を形成する人々の尊厳、不可侵性、安全、生命などへの制度的、組織的侵害に対して適用されない人権の原理をみとめるということは、いったいどういうことなのでしょうか》(マッキノン「戦時の犯罪、平時の犯罪」『人権について』所収、みすず書房刊)

②形式的平等概念の欺瞞性:平等とは同一であることではなくて、階層序列(優劣)がないこと。

2なぜ、Human Rightであって、Human Leftではないのか?

ⅰ)右(right)は正義(right)だとされています。いったいどうしてだろう。

 《われわれの両手ほどよく似ているものがあるだろうか。しかし、両者の間にはなんという驚くべき不平等が存在していることだろう。右手には名誉と、嬉しがらせるような名称と、特権が与えられている。右手が行為し、命じ、「取る」のに対して、左手は、侮辱され、賤しい補助的役目を与えられている。左手は単独では何もできず、ただ、援助し、支え、「持つ」だけである》(ロベール・エルツ『右手の優越』既出)

ⅱ)尚右思想という「自然状態」:a.右手(男)と左手(女)の文化人類学

  =「人権」の原理(根拠) b.陰(女)(-)と陽(男)(+)の二元論

  あたりまえに口にし、耳にする「人権」の根拠はまず自然法でした。その法を信じる人だけにしか通用しない法でした。それはまた、現実の姿(男の優位)をそっくり写すものでしかなく、その現実こそが自然だったのです。しかし、〔今週のことば〕でもふれたように、女性支配こそが「自然状態」だったとする「尚左思想」というものもあったのです。

 《このような理念は、神話や歴史の中で、様々なかたちで表現されている。例えば、クレタ人はその出生国への最愛の念を「母なる国」という言葉で表した。(中略)/ 父性が制限的原理であるのに対して、母性は普遍的原理である。父性原理は自ずと狭い関係に限定されるのに対して、母性原理は制限を知らない点で、自然の生活原理そのものである。すべて人間を等しく包む同胞愛の考えは、子を産む母性に由来する。しかしそうした意識や認識は、父権制の確立とともに消え去っていく。父権制に基づく家族が個人の集団であるのに対して、母権制に基づく家族は普遍的性格をもった集団である》(バハオーフェン)

Ⅱ―だれの「人権」が侵害されるのか?

  人権の原理は人間(man)の経験に基づいているけれど、男性(man―male)の経験であって、女性(woman―female)の経験ではないということです。

 《「個人」とは「男性」(a man)を指し、人権とは主に「個人の」権利を指すのです。男性が人権を侵されることはありえます。というより、誰かの人権が侵されたとすると、その人間はたいていの場合、男性なのです》(マッキノン・同上)

Ⅲ―普遍的ということ~「文化」の相対性と「人権」の普遍性

 平等原理の拡大の基盤 → 性的不平等に対する抵抗。男性なみ(同等)に扱われることを要求するのではなく、女性であることを理由にした暴力や虐待に対するレジストあるいは拒絶。人権が侵害されるには、まず、人権をもつ必要がある。人権が存在しないなら、人間(性)に対する犯罪はないからです。新しい人権論への視座の獲得が求められています。

 少しばかり些末な部分にこだわり過ぎたようですが、ぼくたちの今立っている「人権の視座」、あるいは「人権の根拠」はどのあたりにあるのかを瞥見してみたまでです。エルツの考えに触れてみたとおり、「右」が多くの社会・集団においては有意な扱いを受けていました。われわれの島にあっても事情は変わらないといっていいでしょう。

 今日では慣習は壊れているようにも思われますが、婚礼写真(だけではなく、夫婦で並ぶ場合も)では、どうして男が右で女は左なのか。着物(洋服にも)に右前と左前があり、それぞれが男女に割り当てられていました。(ちなみに、「死に装束」は「左前」でした)結婚指輪なるものはなぜ左手の薬指ですか。人差し指でも中指でもありませんが、どうして?

「(男の)右」は正しい、それが「人権(human right)」だとなると、万人に普遍的なものとしての根拠がいささか怪しくなるでしょう。

 このような人権思想の現在に至るまでにはさまざまな要素が何十にも重なり合い、絡み合ってきたのは確かです。それを解きほぐそうとするのではなく、もっと単純で明快な「人権の位置づけ」をぼく流に試みたいと愚考しているのです。かなり難しいのですが。ようするに、「性別」を越えて生きる同士なんですよ。ヒューマニズムは「人間中心主義」であることはまちいありませんね。(2020/04/18)

 右はなぜ正しいのか?

 《われわれの両手ほどよく似ているものがあるだろうか。しかし、両者の間にはなんという驚くべき不平等が存在していることだろう。右手には名誉と、嬉しがらせるような名称と、特権が与えられている。右手が行為し、命じ、「取る」のに対して、左手は、侮辱され、賤しい補助的役目を与えられている。左手は単独では何もできず、ただ、援助し、支え、「持つ」だけである》(R・エルツ『右手の優越―宗教的両極性の研究』ちくま学芸文庫版、2001年)

(*エルツ,ロベー=1882年生まれ。1904年、エコール・ノルマル卒業。1915年、第一次世界大戦の東部戦線マルシェヴィルで33歳の若さで戦死。フランスの社会学者、社会人類学者。デュルケム門下。1915年の悲劇がなかったら、師と肩を並べる研究者になったであろうと言われている)

 「右手はあらゆる貴族性の象徴でありモデルであるのに対して、左手はあらゆる庶民性の象徴でありモデルである。/ いったい右手の優越性の由緒はどこにあるのだろうか。また左手の隷従は何に由来するのだろうか」(同上)

〈人権〉の根拠はどこに?

[Ⅰ]右(right)と左(left)(PDICによる)
right:【形-1】正しい、正当な、ちょうど良い、適した、適切な、適当な、妥当な、適合した、ぴったりの、手頃な、ふさわしい、好都合の、合致した

右手用です

【形-5】右手の、右の、右側の、右方の◆【語源】人間は心臓の反対側にある手をよく使うところから、その手を使うことが正しいとされた。

【名-1】正しさ、正当性、正義、正しい行い、正しい考え方、道理、道理に合ったこと、善、公正さ、真相、正確さ、的確さ

Left:(各自で引いてみてください)

《ヤコブス博士は、オランダ領東インド諸島において医学的な診断の旅行を行った時、しばしば住民の子どもたちの左手が完全に縛ってあるのを目撃したと述べている。これは、子どもたちに左手を使わないように教えるためであったという》(エルツ・同上)

右利き用

 右手の優越はなにか強制されたものであり、それは一定の社会制度を反映したものだと考えられます。宗教観や宇宙観がその根拠になっているとも思われます。

 多くの地域で神聖な建物は東向きに建てられています。そこに入るには右足から。われわれの住む家もそれに習うかのようでした。東が固定されれば、南(明るい太陽の側)は右で、北(影の部分が広がる部分)は左になります。
manという単語を辞書で引いてみられたでしょうか。そこにはどんな意味が出ていましたか?聖書によると、男(アダム)(人間)の左の肋骨から女(イブ)が創られたことになっています。

右利き用(万事急須)

 Human right はこの島では「人権」「人としての権利」と理解されていますが、原義は「人間の右」であり、この「人間」はもともとは「男 Man」を意味していました。その証になるかどうか、「女」には Woman という別の表現が与えられていたのでした。(語源や語義の詮索になりそうなので深入りはしませんが)西欧語では「男と女」は当たり前に「人間」として並べられてきた(平等に)のではなかった。また、右と左という語も、多くの西欧語では(善と悪)正反対の語義を持たされてきました。摩訶不思議でしょう。

 「右は正しい」なら「左はまちがい」となるのが道理。この島社会にかぎらず、「左利き(left hand)」は好まれなかったどころか、忌み嫌われたこともあったほどです。ちなみに left handed を英和辞典で引いてみると「左ききの、左手用の、左回りの、左手の、左巻きの、左撚(よ)りの、不器用な、下手な、疑わしい、あいまいな」などとけしからん「説明・解説」がつけられています。エルツの前掲書のタイトルは「右手の優越」=La preeminence de la main droite であります。(プレエミナンスのeeにはアクサンがつきます」

 何十年も前に、麻丘めぐみさんは「わたしの彼は左利き」と歌いました。(つづく)(2020/04/11)

 気分は悲観主義から

 「働くとはどういうことだろう」

 簡単なようで、ぼくにはとてもむずかしい。働く、仕事をする、職業に従事する、労働する、生活の糧を得る、活計(たつき・たずき)を立てる。いろいろな表現ができそうですが、根幹部分では同じようなことをいうのでしょう。暮らしをいとなむということです。なにも(労働を)しないで生活できる人もいます。羨ましいとはおもわない。でも、大半の人は生活の糧(資)を得るために働きます。働かなければ生きていけないからです。人生は労働からなる、そういいたいね。

観覧車が好き

 「働く」という言葉からどんなことを想像しますか。会社勤め、いろいろな分野の職人さん。あるいは音楽や美術、文学などの創造的活動(芸術などという)。いずれにしても、ほとんどはみずからの人生をより幸せにし、豊かにする。ひいては他人のために役に立ちたいと願いながら、来る日も来る日も仕事についていこう、と。ぼくはそのようにかんがえてきました。人の役に立てるから幸せなのだ。「働く」を通して人の役に立てる、そんな時代なんだろうか。労働が苦役になっていないかどうか。

 ぼくはときどき若い人たちに「いい人とは」と尋ねることがありました。たいていの人は簡単には答えられなかったみたい。時間をかけて答えを出すような質問でもないとおもっていたから、ぼくは少し驚きました。「いい人」って「人の役に立つことをする人」「困っている人に手を差し伸べる人」じゃないですか、とぼくはいつもおもっているんですが。

 《幾何学の冷たい顔の前で尻込みしたその当人が、自分で選び従事してきた職業についていて、二十年後に私が彼にめぐり会い、実地にやってきたことにおいて彼は十分に聡明であるのに気づく》(アラン)

上り下りが激しいのは苦手

 子どもにとって「勉強(=仕事)」は山登りのようなものだとぼくは経験から学んできた。一歩ずつ歩けば、きっと頂上に近づく。急いで登れば失敗する。遭難することさえあります。無事に頂上にたどりついたところでだれも褒めてくれない。なぜなら、それが目的で登ったのだから。「山があるから登ったんだ」というのかな。自分の意欲を発揮する、まあ、自主トレですよ。はたして山登りの効用はなにか。第一歩をしるし「尻込みをしないなら」、富士山にもアルプスにも自分の足(ちから)で登れる。自分が高まるというか、成長するというか。

 算数の学習も山登りの苦しさも、かかった通行料も困難さもだれにも同じ。「根気のない者には打ちかちがたいが、しんぼうづよくて一時に一つの困難のことしか考えない者にとってはなんでもないことだ」とアランはいう。

 重要なのは困難の度合いを少しずつ強めることです。小さい子に、いきなり跳び箱五段を飛べというのは無茶だ。どんな仕事(職業)においても、それなりに習熟・熟達するには時間がかかる。「自分で選び、従事してきた」というところが大切ですね。強制され、命令されたものは、たとえそれが当人の幸せになるとしても許してはならない。「頭の良し悪し(偏差値)」をいうのは論外で、アラン流にいうなら、「額(ひたい)ではなく、顎(あご)で」人間を判断する必要がある。足したり引いたりする部分ではなく、納得するまでは動かないという(意欲の)部分を評価するのです。額(ひたい)は計算(知識)の領域、顎は意志の領域だといいたい。

注意しないと危険。

 学歴や学力などよりも、社会的な名声や地位などよりも、人間の精神(前頭葉の機能でもあると今日では言われます)のあらわれである「意欲する」「注意深くなる」ことにおいて人間を認めたい。尊重するという意味です。そんなの、当たり前なんだよね。「誠実」っていうのは、自分が「選んだ」ことを都合よく忘れないことですね。人でも物でも、自分が選んだというところが肝だ。強いられるというのとは反対です。意欲し、注意して(人でも物でも)選ぶ。失敗はあるよ。それが糧になるね。どこかの大学の教員が別居中の妻を殺害したという報道がありました。「情念」が暴れたんだ。これが不幸を生むんですね。防げたかもしれないのに、意欲しなかったから「あやまち」を犯したのでしょう。

 《そのことから私は、生徒の勉強は性格のための試練であって、知性(ものを知る部分)のためのものではないという結論に達する。それが綴字法(つづり方)であろうと、訳読あるいは計算であろうと、重要なのは気分に打ちかつことであり、意欲することを学ぶことである》(アラン)          

 子どもが学習(勉強)する、それはまちがいなく一つの「仕事」です。残念ながらといえばいいのか、給料はもらえないけれども、たしかに働くことです。「宿題やったら、お小遣いあげる」という親がいます。「しなかったら、あげない」のか。気分に打ち勝つ(克つ)、自主トレーニング。でもそのほとんどが「強いられる」のはどうしたことか。勉強のなかに遊びがあり、遊びのなかに勉強があるにもかかわらず、です。多くの場合、遊びも勉強(学習)も軽くみられすぎている。多くの場合、両方を貶めているのですね。ぼくはいつでも遊び過剰人間でした、今でも。

いい空気を脳内に。

 それはともかく、勉強(学習)を通して「(意欲する)ちから」をつけ、みずからを鍛えて、いつかは「人の役に立つ」、そのための訓練の場が学校じゃないですか。だから、学校というところは、一人ひとりが「幸福になる」ためにみずからを訓練(練習)する場所である必要があります。今の学校はどうなっていますか。ぼくがここでいおうとするような、訓練の場となっていますか。気分屋を作っているのでは?「百点取れたら、お金をあげる」というのは馬に人参。猫に小判、豚に真珠などといって猫や豚を小ばかにしていますが、彼や彼女はそんなものを歯牙にもかけないという意味では、「金物」好きの人間を越えていますね。

 成功したから満足なのか、満足していたから成功したのか。

 「失敗は、なるたけしない方がよいに決まっている。けれども、真にこわいのは失敗することではなく、いい加減にやって成功することだ」「やってできないこと、やろうとしないからできないこと、この二つをいつでもはっきり区別することだ」(むのたけじ)

 勉強(学習)でも仕事(職業)でも事情は同じですね。「気分は悲観主義で、意志(意欲)は楽観主義から」ですね。気分を野放しにしておくと、殺人にまで至ります。戦争はそれの最たるもの。(2020/03/18)

 人生に何を求めますか

 前回、ソローをもちだしました。彼について触れるのはぼくのこの上ない喜びですね。彼は大学を卒業してからいくつかの職業(教師、測量技師等)につき、最後は鉛筆(白墨づくり?)の制作に従事しました。それがもとで胸を病み、1862(文久2)年、45歳という若さで亡くなったのでした。明治維新の5年前です。漱石や子規などが生まれるほんの数年前のことです。ぼくは彼らも好きでしたが、それ以上に異国のソローに魅せられたのは、彼の「自由さ」という、考え方や生き方に見られる柔軟な視点・視野によるものでした。ソローは意志(will)の人でありましたけれども、けっして我を張る(頑張る)ような、意固地な人ではなかったとぼくには思われたのでした。

 一つのことにとらわれない、ある方向に一方的に偏向しない、しなやかであり強靭な意志の力を彼の生活から感じ取れたと思ったからです。若い時に読んだ印象は、さわやかな、すがすがしいというものでした。漱石や子規とはまったく異なった詩情というか、こだわりのない印象が強烈でした。その経験は、それ以降においてもじつに貴重なものになりましたね。ぼくの「方位磁石」ともいえる人です。自動車の方向指示器は右か左だけ、それで不足はないのでしょうが。実人生の場合はとっさの判断やいずれにも決めがたい選択に迫られることはしばしばです。自分の判断を他人に頼るのではなく、迷いながらさしあたりは、こっちにしようという判断や決断にゆとりを持たせる生き方に魅せられたといえるかもしれません。

 以下の文章は彼の著書からの抜き書きです。ソローという人がいかなる方向に向かって生きようとしていたか、それがよくわかると考えたからです。彼は決まりきった思想(教条)や主義主張で生きた人ではなさそうです。「これしかない」「これが正義だ」という硬直した棒のような生き方を徹底して排したのです。自分を支えるのは「自分がしている生き方」という毎日の生活態度でしかないということをぼくたちに示してくれました。(いかにも芸のない話ですが、お読みください)

方位磁石

 「お金が手に入る道は、人を堕落させます。例外はないと言ってよいでしょう。みなさんがお金を稼ぐためだけに何かをしたというのであれば、それはむなしいことです。いや、もっと悪いでしょう。もし、働く者が雇い主の払う日当の他に何も手にするものがないとしたら、彼はだまされているのです。そして自分で自分をだましているのです。作家か講演者としてお金を得ようと思ったら、人気者にならねばなりません。それはもうただ堕ちていくことです」

 「何のために働くのですか。生計を立てるためですか。「よい仕事」を見つけるためですか。ちがいます。ある仕事を心から満足のいく形で仕上げるためです。働く人に十分な支払いをするとしても、単に生活のためというような、低い目的のためではなく、働く者が知識にふれ合う、あるいは道徳的な目的のために働いていると感じられるとしたら、そのほうがお金を支払う町にとっても結局は有益でしょう。町の皆さんは、仕事をお金のためにする人間でなく、その仕事を愛している人を雇うべきです」

 「自分の気に入った仕事に心ゆくまで専念している人が非常に少ないのに、ほんの少しのお金や名声に目がくらんで今している仕事を捨ててしまう人が多いのには、驚きます」

『森の生活』(岩波文庫)

 「人々が人生に求めるものは何ですか。ふたりの人がいるように思います。一人はあたりはずれのない成功に満足します。つまり銃を水平に構えて標的を狙うので、みな命中します。もう一人のほうは、生活は貧しく、出世街道から離れていますが、地平線よりわずかでも高いところに、絶えず自分の目標を上げていきます。私は後者のようになりたいのです。東洋人がいうように「いつも下ばかり見ている人は、すぐれたものに出会うことはなく、上ばかり見ている人はみな貧乏になっていく」ことは確かでしょうが」

Walden Pond

 「『賢い』という言葉はかなりの場合、誤って用いられています。他の人々より生き方に深く通じているわけでないのなら、つまり、他の人より狡猾で頭が切れるというだけなら、どうしてその人が賢い人といえるでしょうか。知恵の女神は囚人が踏み車を踏むような単調な仕事をするでしょうか。あるいは彼女をまねすることで成功の秘訣を教えてくれるでしょうか。そもそも人生に適用されない知恵というようなものがあるのでしょうか。知恵の女神は、論理を石臼で碾(ひ)いて精緻なものにする粉屋にすぎないのでしょうか」 

 政府の権威について

 【一】

 白昼に夢を見るような気分でぼくはこの駄文を書いています。民主主義をどう捉えるか、その根本の姿勢をぼくはアメリカという国家が作られた直後に誕生したソローという人から学びました。(もちろん彼からだけではありませんが)民主主義(democracy)はいまだにどこにも実現されていない。だが一面では、どこにでも見て取れるということもできるのです。彼にならって言えば、民主主義は第一義的には暴力に対する抵抗(不服従・disobedience)です。

《私はいかなる人とも国家とも争いたいとは思っていません。些細なことにこだわったり、つまらない差別をしたり、隣人たちよりも上位に自分を置きたいとは思っていません。むしろ私は国の法に従う口実を探してさえいると言っていいでしょう。もういつでもそれに従う用意はできているのです。ところが実際はこういう自分に疑問をいだいてしまうのです。(中略)

  しかし、私にとって政府はそれほど重要でもありませんし、政府について将来考えることもほとんどないでしょう。この世界に暮らしていても、私は政府のもとで生きている瞬間はそれほど多くありません。実際、人は思想、幻想、想像の虜にならないかぎり、すなわち存在しないものを長期にわたって存在していると思わないかぎり、愚かな支配者や改革者によって致命的なかたちで干渉されることはありません。(中略)

  私のような者が進んで従うつもりの政府の権威―というのも自分より知識と実行力がある人に、また多くの点でそれほど知識や実行力のない人にも、私は喜んで従うつもりなのです―そういう権威であっても、やはりまだまだ未熟なものです。政府の権威が厳密に正当であるためには治められる者の承認と同意が必要です。

 政府の権威は、私の身体と財産に対して、私が認めたもの以外は、なんら理論的な権利をもつことはできません。専制君主制から立憲君主制へ、立憲君主制から民主制への進展は、ほんとうに個人を尊重する過程です。私たちが現在知っているような民主制が、政府において可能な最後の到達点なのでしょうか。人間のさまざまな権利を認め、それを有機的につなげるさらなる前進は可能ではないのでしょうか》(ソロー『一市民の反抗』山口晃訳、文遊社刊。2005年)

 【二】

 ソロー(Henry David Thoreau)(1817~1862)、アメリカの詩人、思想家、ナチュラリスト。マサチューセッツ州コンコルドに生まれる。終生、自分の足で歩き通した人でした。どんな肩書きにもおさまらない存在だった。没年は「文久二年」。代表作には『森の生活』がある。純正の民主主義者だといえるでしょう。アメリカがメキシコの領土の半分を奪った戦争(*)に対して、彼は反対し、人頭税を支払わないという態度を取ったので、監獄に収容されたこともありました。(だれかが税金を彼に代わって支払ったのでやむなく出獄した。ソローの意に反して、税金を払ったのは彼の先輩であり師でもあったエマーソン(*)だったとされています。かれはアメリカが誇りうる至高の思想家、宗教家でした。二人の間にいくつか逸話が残されています。そのうちの一つ)

(*)1846~48年のアメリカとメキシコ間の戦争。テキサス州がメキシコから脱してアメリカに合併したことに端を発した。アメリカはニュー‐メキシコ・カリフォルニアの広大な地方を獲得。メキシコ戦争。米墨戦争。(広辞苑・第五版)

(*)Ralph Waldo Emerson(1803-1882) 多方面で大きな仕事をした人。彼についてもいずれはていねいに駄文を綴りたいものです。ここでは省略せざるを得ません。

 ソローが収監されていた刑務所に赴いたエマーソンは「こんなところに入っていて、君は恥ずかしくないのか」と詰問したのです。そのエマーソンに対してソローは応えた。

 「あなたこそ、そちら側(刑務所の外)にいて、恥ずかしくないんですか」  

 ソローはどのような民主主義(国家)を願ったか。「政府というものは、できるだけ国民に干渉しないほうがいい」し、「まったく干渉しない政府が最もいい」と彼は言う。また、「国民一人ひとりにそうした心構えができれば、私たちの政府はそうしたもの(まったく干渉しない)になるでしょう」とも。

【三】

《国家が個人を国家よりも高い自律した力として認め、国家自体の力と権威はその個人の力から生まれると考え、そして個人をそれにふさわしいかたちで扱うようになるまでは、ほんとうに自由で開かれた国家は決して実現しないでしょう。すべての人にとって公正であり、個人を隣人として尊重して扱う、そうした余裕をもった国家が最後にはできることを、私はひとり想像しています。

ウオールデン湖-『森の生活』に描かれている

 そのような国家は、もしも国家から離れて暮らし、国家に口をはさまず、国家によって取り囲まれず、それでいて隣人、同胞としての義務はすべて果たす少数の人たちがいても、その安寧が乱されるとは考えないでしょう。国家がそのような果実を結び、熟して自然と落下するような経過をたどれば、さらに完全で栄光ある国家への道が開かれるであろうとまた想像することもありますが、そのような国家はまだどこにもありません》(同上)

 ソローの考える民主主義に根差した「小さな国家群」観をみれば、ぼくたちはいま、いったいどのレヴェルにいるのかが判然とするでしょう。気が遠くなるという方もいるでしょうし、夢のまた夢だからこそ、目を覚ます理由もあるというもの、だからと遠くを見据える人もいるでしょう。たしかにこの島の政治や政治家の質を想えば、卒倒するばかりです。以前(半世紀ほど前)は政治家が無能でも、官僚が優れて国家運営をするでしょうよ、とまあ任せられるように考えたりしたこともあった。

ウオールデン湖畔ソローの自作の家

 現状はどうです。どっちもどっち、政官の堕落競争です。税金の分捕り合戦の様相を見せてもいる。この醜悪な争いには限界がなさそうです。さて、どうします。ぼくにはもう一度、ソローたちに学び、ゴミの山のような政治家連中には指一本触れさせないような生活状況を作るほかないでしょう。個人の成長と同時に国家もまた成長しなければ、「国民」の不幸は止むときがありません。私生活に土足で踏み込まない、それだけの政治をしてくれ。(この項、さらにつづけます)(2020/02/29)