「家」崩壊からの旅立ち

 「人間の能力は対等ではない。競争して他人をけおとす場合もあるだろうし、力のない他人がほろびるのにまかせる場合もある。だが、能力のちがいのある相手を助けようという気組みが生じる時、家らしい間柄が生じる。その気組みなくして、家はうまれないし、守れない。血のつながりとか生殖という事実は、はじめの動力になるとしても、家をつくり保つための十分な条件にはならない。

 私たちは、それまでにくらべて格段にゆたかになった一九六〇年代以後の日本で、このごろさかんに子ごろし、親ごろし、妻ごろし、夫ごろしの新聞記事を読む。家庭とは、他人をもっとも殺しやすい場であることは、前にのべた。他人の家におしいって殺すよりは、おなじ家の中にいて殺すほうが、はるかにたやすい。殺人のもっともしやすい場にあって殺さないという規約を守り、たがいにそだてる―そだてられるという間柄を長い間にわたって保ってゆくためには、原爆にうたれてにげまどう群衆の中でおとなと子どものあいだにめばえた助け合い、巡礼遍路のゆきかう道ばたの宿屋で生じた助け合いとよく似た気組みが、男女の性交・生殖・血縁をいとぐちとしてあらわれることが必要だ」(鶴見俊輔「世代から世代へ」)

井伏鱒二

 「原爆にうたれて…」というのは『黒い雨』、「巡礼遍路のゆきかう…」は『へんろう宿』という小説で克明に書かれている「赤の他人」の交わりや支えあいのことで、いずれも井伏鱒二(1898-1993)の作品です。一読をすすめたいですね。

 明治以来、あるいはそれ以前の「家制度」が壊れ、家族関係が壊れてしまったのは事実ですが、家や家族関係を成りたたせていた地域そのものが破壊されてしまったことにもっと大きな理由を求めたいと思う。たがいにもやい(舫)ながら、大海に浮かんでいる小舟集団が村なり地域だとするなら、たった一軒・一家だけが安全であるなどということはありえない。好いも悪いも、一蓮托生、それが支えあい、助け合う関係をむすぶという意味でしょう。地域が根こそぎ引き剥がされたというのは、そこに根づいていた文化、それは人間関係をなりたたせる(生活環境)万般を含むものですが、その文化(生活の仕方・土台)が押しつぶされたということです。 

 土地を奪われ、土地に住みついていた人間の生活が奪われるとはどういうことか、それをわたしたちはいまになって思いしらされている。悪質な政治行政の心ない仕業でした。文明開化といい近代化といわれて、多くの人はその行く末に疑問をもたなかった。政治や行政の暴力はさらに加速しています。そのセクターに勢力を与えているのはだれか。

 ぼくはいま、自治行政単位で言うと「町」に住んでいます。本当は「村」や「郡区」ならもっとよかったんですが。つまり、島全体を統治する行政(政府)は明治以降、なんどかにわたり市町村制度を「整理」し、村や町や市をできるだけ少なくする「市町村合併」なる地域社会の破壊を繰り返してきました。その根っこにはいくつか理由がありますが、住民本位ではなかったのはたしかでした。村より町、町より市、市より都市という素朴かどうかわかりませんが、なんかハイカラになった気のする一部住民の一瞬の気分を悪用したんじゃなかったか、とぼくなんかは思ってしまう。地名の無意味な変更もコンビニ感覚で行ったでしょう。それはまるで、イ、ロ、ハだの甲、乙、丙だの、一、二、三だのと歴史を根こそぎ無視するかのような悪質きわまる変更でした。地名を安易な名称で変え、村を町に変えただけではなかった。そこにしか育たなかった文化や歴史までも殺したのでした。柳田国男という人はさかんに「家殺し」「家の自殺」のことをいいましたが、それは今に至っても底しれない痛みや苦しみを民衆に与えているのではないでしょうか。核家族もまた「家殺し」だったのか。これはたんなる家制度のことではありません。 

 学校崩壊 ― 不登校児の大量発生、いじめ(暴力行使による排除)の横行、授業(教室)の崩壊などは、学校にのみ発生する現象なのではなく、学校をくるんでいる地域社会、あるいはそれをも取り巻いている社会全体に生じている状況の、学校内への反映にほかなりません。生徒が教師や同級生などに暴力を振るう、教師が生徒に対して暴力に訴える、それは毎日どこかで起こっている暴力事件が学校にも起きたというだけで、不思議でも異常でもないのです。親が子を殺し、子が親を殺す、これも事情は同じです。

葛(くず)

 家であれ、学校であれ、はたまた地域社会であれ、そこではひとがひとに育てられ、ひとがひとを育てるというしっかりした文化という名の「生の営み」が息づいていたと思われます。それが目先の豊かさ、モノの大量所有・消費に心を奪われた結果、気がついたら取りかえしのつかない荒廃を招いてしまっていたのです。覆水は盆に返らず、ですね。 

 「育てる」と「育てられる」の代わりに登場した、「勝ち負け」を競い合い、「優劣」を比べ合う学校教育が家庭内にまで及んできたことは事実です。学校をとりまく大きな社会に蔓延している競争主義とそこからの脱落を悪(弱)とする風潮が、教師も親も子どもをも取りこんでしまったのです。そこから抜けだす糸口があるのかどうか。歴史を遡ること。

 いったん壊れてしまった家族のかたち、それを旧に復することはまず不可能です。ではどうするか。助け合い支えあうことでなりたっていた家族の関係(かたち)が壊れたという事実から、なにが見えてくるか。なぜこうなったか、を問うこと。

  親から子へ、子から孫へと生の営みの大切な部分を受け渡す機能をもっていた家庭から、その機能が完全に失われてしまった。だから、それに代わる受け渡しの場をどこかで設けなければならないということ。しかし、その機能を学校が担うのはきわめて困難であるということ。これだけはハッキリしています。

 「格差」問題があちこちで取りあげられています。それに関して、少し旧聞に属しますが、こんなインタビュー記事が新聞に出ていました。いつでもこんな問題にぼくたちは直面しているのです。(朝日新聞・07/04/28)

 ― 日本社会はこれからどういう方向に行くのでしょうか。

 「いまは、どこかをまねしたら道が開けるというものはない。自分で考えることだ。おまえはどう考えているんだ、と問いを突きつけられている状況だ。自分は、頼りにならない、ろくでもない政治しかないと思っているから社会や文化の革命はどうしたらできるかを考えているが、日本はまだしばらく、でれでれとしながら行くんだろうと思う。強制力がある政治になればまた別なのだろうが、政治が変に強制力を持っても良い社会になるかどうかはわからない。人が大人になっていくように、他人や弱者のことを考えられる、身近な平等が確保される、そういう成熟した資本主義になっていけば、まだましということかもしれない」(と答えるのは吉本隆明さん)「一人ひとりが孤立し、家族も地域もバラバラというのは米国型社会、資本主義の良くないところも全部まねしたからだ」とも。

 この十年以上も状況は変わらなかったどころか、悪化しています。隆明さんの予言(予見)はみごとに外れたといいますか。いや「予言」なんかしていないし、できなかった。考えなければならないのは、「家」「家制度」そのものであることは明白です。従来言われてきた「家」は崩壊しました。いまではその形骸のみが残存していますが、まだあらたな「家」に代わるものが生まれていないように思われます。「家庭」「家族」「ホーム」「ファミリー」と、それらしき言葉はさまざですが、さて、自分はなにごしっくりときて望ましいのか、もうこの探索の旅は始まっています。

 身近な所から、手近なことから水平・平等を実現するという方向をねらう、はたしてそんな道が開けるか。自分だけが豊かになってもしょうがないじゃないか、と他者の立場に自分を置いてみる。勝ち負けというその発想自体がどうにもぼくには我慢なりませんね。沈没寸前の船の上で「勝った、負けた」と、アホぬかすな。

   山に登れば淋しい村がみんな見える (右は尾崎放哉(1885-1926))