教育の効果というものに…

 「私は教育という言葉をきくたびに、あまりたのしい気持ちにならない。教育といわれているものと、発見や独創とは正反対なものだからである◆本質的にいって人を教育するということが、果たして可能なのだろうかと私は疑っている。教育の効果というものに、私は失望することばかりである」

 「世の教育ママが満足している子どもたちは、全く面白くないのが多いし、教育ママの処方通りに、一流校を経て一流会社のエリート社員になったり、出世街道の役人になったりして、エスカレーターからすべり落ちないような人たちの中に、存外欠陥人間が多いことも、カラメ手からしばしばきかされることである◆教育者は人の師表になるべきだといわれたり、頭が下がる立派な人であるべきだともいわれたりする」

(ぼくはこれに乗らなかった)

 「そんなことは、おそらく退屈な、魅力のない、くだらぬ人間でなければ、そうあり得ないにちがいない。こんな魅力のない、先生にならう子どもが、勉強が面白いはずがないではないか。実際、学校の先生には、私が接した限り、魅力ある人があまり多くないように見うける」

 「師表であるためには公序良俗の型にはまらねばならないし、文部省が型にはまった教育をおしつけるので先生方は独創的な工夫をこらすわけにはいかなくなるし、その気力もなくなるのだ」(武谷三男「ほんとうの教育者はと問われて」朝日新聞・1969-10-28)

 武谷さん(1911-2000)は物理学者であり、哲学者でもあった人です。湯川秀樹氏などと活動をともにした。専門の物理学における業績は言うまでもないことで、加えて、現代における科学技術の問題に関しても積極的に発言し、行動した人でありました。長く在野(無所属)の人として活動された。第二次大戦中、理科学研究所のメンバーとして秘密裏に日本の原子爆弾の開発に従事。その当時特高に逮捕されたが、「俺を捕まえていると原爆の研究が遅れるぞよ」といって釈放されたという経験もされました。戦後は「原子力」の科学的限界や危険性についてつねに指摘され続けた。「原発はトイレのないマンション」とその欠陥性を指摘したことでも知られます。ぼくは必死で彼の著書を読んだことが懐かしい、新鮮な驚きをもって読んだから。

 何十年も前の文章を出した理由は特にありません。いつの時代でも学校とか教育、あるいは教師というものの評判がよろしくないという風潮を確認するためだけだったかもしれない。  

 武谷さんも使っておられる「一流校」「一流会社」というのはどんな学校であり、どんな企業なのか。その基準があるのかどうか。ある時代に一流であったものが、時代が変われば三流であったり、消えてなくなったりすることもあるでしょうし、一つの基準から観れば一流でも、別の基準に従えば四流であったり。漠然としているにもかかわらず、あれはホントに「一流」なのかなあ? おしなべて、「一流」は権力に近い、近づきたい人や集団につけられる符丁じゃないですか。さらにいえば、かんたんに「転ぶ」(変身・変わり身が速そう)性質をもっているように、「四流(支流)」のぼくには思われますな。

 つまり、世に言われるもろもろの話題には大した根拠がないに等しいということです。

 発見や独創を生かしたり伸ばしたりすることは、制度としての学校教育ではまるであり得ない話です。凸凹をそろえることがなによりも大事な仕事なのですから、そんな余技に関わることは金輪際なさそうだという意味でしょう。にもかかわらず、武谷さんも言われるとおり、無い物ねだりをして、学校や教師を非難するのが世の常です。

 学校教育は子どもの独創性を尊重しないといって批判しても仕方がないのであって、各自のもっているであろう独創性を全体の均質性に合致すべく変換することが学校教育の役割であり、機能だからです。まともな仕事をして非難されるんだから、学校も教師も同情に値するね、とはいわねえ。

 「生きる力を養う」という、どこかで耳にしたお題目あるいははやりの言葉が学校教育の実情を明かしているようです。「生きる力」の創生論議(いまは廃れたと思いますが)に熱心になればなるほど、不登校者や退学者が続出するというのは悪い冗談どころではなさそうで、そんなことは土台無理難題なのだということです。とすれば、優等生や高い偏差値の児童・生徒の中身はどのようなことになっているのか、まことに不気味な感じがしませんか。  真面目は不真面目(アソビあり)になれない、というのはホントですね。昔、やまのかみにバカにされたことがあります。(しょっちゅうでした)「お前には浮気はできない、すれば本気(マジ)になるからさ」だって。どういうこと?

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。