立ち位置と一回かぎりの言葉

 また一人、幼い心に火をともした教師がいたと、万感の思いを持って語っている作家(詩人)がいます。どなたの中にも熾火を起こした教師というものが存在しているのでしょうか。ある講演からの引用です。(ここでも、辺見庸さんです)

《少し脱線します。私は、これまでにたくさんの先生、それから人生の師のような人たちにいろいろなことを学び、教わってきましたが、そのなかの一人に、中学時代の恩師であり、陸上競技の顧問でもあったT先生という人がいます。五十八才にもなって中学時代の恩師の思い出話をするのもなんだか変なんですが、じつは、この先生は、私に決定的な影響をあたえた人だといまでも思っています。同時に、非常に感謝もしているわけです。

 T先生は非常に長身で、持って生まれた存在感というか、およそ教師らしからぬ、まどかならぬとでもいいましょうか、つよい眼光を放ち、全身にオーラといいますか、そういうものを漂わせている人でした。「立ち位置」が独特というか、朝礼のときなんかに、その先生が同僚の先生たちと群れて、戯れている姿はおよそ見たことがなかったですね。いつも同僚の教員たちから少し離れたところに、ぽつんと立っておられた。凜としているといいますか、背筋に一本筋金が入った感がありました。多弁な方ではないし、静かなのだけれども、どこか荒々しく恐い感じもしました。声が大きいわけですね。いつも堂々としている。ときにはやや寂しげでもありました。そのころは、その姿をうまくいい当てる言葉を知らなかったわけですけれども、いまにして思うと、あれが「孤高」というのでしょうか。ある種の孤立感、孤絶感というものを肩のあたりに漂わせていました。子どもというのは面白くて、いろいろな理屈をもっているわけではないのですが、なにかそういう姿を人のありようとして真似ようとしたりもする。私はそういう先生の日々のたたずまいやビヘービアというものを、子ども心に「善きもの」と感じていました。自分というもののない、いつも集団とともに群れているような大人よりも、T先生のような、はぐれた感じの人間存在を好むようにもなっていました。結局、先生のようには立派になれなかったのですが、少なくともはぐれた態度が自分のなかにも染みついたような気がします》(辺見庸『抵抗論―国家からの自由へ』毎日新聞社。2004年)

 講演で語られた辺見さんの一種の教師論、人間論だと聴きました。「孤高」の人とはどのような存在をさすのでしょうか。群れない、戯れないという姿は、たしかに子ども心にも「格好いい」というか、凛々しい風情として憧憬の念を抱いたであろうとぼくもおもいます。不幸なことに、そんな大人(うし)に遭遇したことはなかったし、それが今のぼくに小さくない欠陥をもたらしているのかもしれない。協調性に著しく欠けているのは確かですが、群れから外れるばかりですから。

 さらに引用を続けます。

《いまでも、何十年経っても、忘れられないことは、そのT先生がクラス討論だったかクラス会だったかで発した一言なんですね。先生の一言に躰が貫かれたわけです。ぼくの母校は東北の石巻の片田舎の学校でしたし、そのころ積極的に手を挙げて話すなんてことはとくに奨励されている時代でもなかったので、生徒たちはなにも発言せず、もう半分寝たような状態で、口を半開きにしてボーっとしていると、T先生が突然絶叫するわけです。

 どう叫んだかというと、ガラス窓も割れるような声量で「おもえーっ!」「思え!」というのですね。その叫び声のすごさにもう腰を抜かした生徒もいたのではないかと思います。「おもえーっ!」と、たったこれだけの言葉でした。後にも先にも、「思う」ということを命令形で怒鳴られたのは、これっきりなわけですが、しっかり躰の底に染みついたのです。この「おもえーっ!」の一言で、それがもう骨の髄まで染みこんで、なにかにつけ、自分が無思慮であったりあるいは無意識であったり、無感覚であったり、判断停止状態のときに、なにか内側から湧く声として、このT先生にいわれた「思え!」というのが聞こえてくるんです。なんだか説教っぽい雑誌の企画によくある〝忘れられぬ一言〟みたいですが、私は人生論が大嫌いです。人生論としてではなく、私だけの記憶として「思え!」を大事にしているのです。私は長じて、この「思え!」を「思惟せよ!」という言葉に置きかえてみたりして、心の底に着床した叫びの意味を自分なりに噛みしめたりもしました。私たちはあまり多くのことを思わないほうがいいとされるような時代に生きています。テレビや新聞は日々われわれに「思うな!」「考えるな!」といいきかせているようでもあります。あまり深く、多く思うと、生きること自体辛い時代です。むしろ、だからこそ「思え!」は大事ではないでしょうか》(辺見庸・同上)

 「後にも先にも、『思う』ということを命令形で怒鳴られたのは、これっきりなわけですが」と辺見さんは述べられていますが、その驚きは想像を絶するというほかありません。いったい、それはどんな波紋を描き続けて辺見さんの脳裏(記憶)に残ったのか。これもまた、「一回かぎりの言葉」であったことだけはたしかでしょう。余計なことを考えるなといわぬばかりに、沈黙を強いる時代にあって、さて、わたしたちはなにを「思いなそう」としているのでしょうか。

 学校にあまりにも期待しすぎてもよくない。往々にして、それは裏切られるから。反対に少しも期待しないというのも考えものです。ひょっとして、かけがえのない友人や教師に出会えるかも知れないからです。その意味では、学校(教育)は人によっては諸刃の剣なんでしょうね。(「思え!」と叫んだ教師)