コシヒカリは美味しいけれど

 いかにも唐突な話ですが、稲の品種(銘柄)の例を提示してある問題について考えてみたい。コメ問題はこの島の食糧事情の中核ですが、それはまた、わたしたちの生活範囲に生じる大きな問題の暗示ともなっています。「早寝、早起き、朝ご飯」(文科省推奨の標語だった)ラジオ体操は朝飯前、それとも後ですか(?)

 年齢のせいもありますが、あまりご飯を食べない。身近には一回でコメ三合だの五合を平らげる猛者がいます。驚きですね。ぼくは若い時からそれほど大食ではなかった。(大食い番組を見たことがありますが、反吐が出ました)その反対に、相当に長い間、飲酒(日本酒・原料はコメだ)量は少なくなかったと自分でも認める。(大呑み番組は見たことないが、たぶん反吐ははかない)学生時代から晩酌の悪習慣がありました。勤めだしてからは、必ずといっていいくらいに呑み屋詣で、一晩に五合多い時は一升程度を数十年続けていました。素面(しらふ)じゃ帰れなかったんじゃないですか。なんでやねん。すっかり忘れました。(?)

 なぜ飲酒癖に淫したのか、理由はいくつかあります。もっともおおきな誘因は「ストレス」解消だったと今では思います。気が弱い・恥ずかしがり、加えて小心者でしたから、人中では息がつまりそうになりました。(ぼくは今はまったく呑まない。やまのかみの言では「浴びるほど呑んでた」のに、数年前にピタットハウスじゃない、ピタッとやめました。タバコもそれ以前には一日に20本くらいの喫煙を(15くらいから(?)、曖昧ですが)数十年続けていましたが、酒を止めるより前にプッツンじゃなく、プッツリ止めました。原因とか理由がありそうですが、思い当たらない。しいて言えば、呑みたくない、吸いたくないという気分が作用したんだと考えています。無関心になったわけです。こだわらなくなったと言うこと。病気があったわけではない、いやわからない)

 コメの話です。毎日、夕食用にご飯を炊きますけど、なんと一回一合です。これで二食分。やまのかみと二人。(同じ釜の飯仲間だね)5キロのコメがどれくらいもちますか。いずれにしても小食なんです。なんでコメの話か。今では輸入米が相当入っているでしょう。これからもどんどん入る予定。いいことかどうか。(FTA発効の行方次第)例によってこの島の政府・官僚は隠蔽体質が半端じゃないので、正確にはわからない。ずいぶん昔から、官庁のデータを使ってはいましたが、けっして信用していなかった。それは今も同じです。例えば「不登校・登校拒否」に関しても、問題がいくつも含まれていました。定義、調査方法、発表時期や方法、その他さまざまな疑念があったので、ぼくはあくまでも参考例として使ってきました。ある時期に数値がガラッと変わるなんというのはしょっちゅうでした。今日はどうですか。

 官庁や政府が公文書やデータをやりたい放題に改竄、削除、隠蔽、偽作等々の不正を白昼堂々と長年にわたってやっていた、それが白日の下に明らかにされました。表面化しなかっただけで、かかる犯罪行為は持続されてきた。いまのゴミ内閣だけの犯罪ではなく、おそらくこの島に政府や官庁が作られてこの方(奈良時代以来)、一度だって行われなかったことはなさそうだと断言します。

 この島国が石油の輸入を一方的に依存していた米国と戦端を開き、あまたの犠牲を払った挙句、あえなく惨敗します。直後に霞が関官庁街では昼間から黒い煙がもうもうと立ったといわれました。当時の写真もあります。公文書(?)を一斉に償却したのです。戦争責任逃れのために証拠隠滅を図ったわけ。この体質はまず変わらない。文書は作れと法律に書かれるから作るが、都合が悪くなれば、やりたい放題。(放置国・法痴国と「変換」してぼくは泣いてるよ)今行われているのは、官僚・政治家の遺伝体質のしからしむるところです。これを断ち切るのは至難です。当人たちの遺伝子組み換えかなんぞを実行するほかないくらいに、あたりまえの手法では手に負えないとぼくは考えている。

(「大将」の体質は組み換え不能ですね。話すことが嘘であると衆人には明白なのに、当人は真実だと信じている風がある。ウソはホントと思いこむ人間がいるんだ、というウソのようなホントの騙り。ウソが固まって作られた存在。これに提灯を持つ輩ばかり、右から左から。こんな「大将」に虚仮にされてたまるかと、嘘八百を真顔で言い募る手下連中。(後ろを向いて舌を出しているね)それでたいまいの給料を稼ぐ。「小石が浮かんで木の葉が沈む」事態が現在 ing です。「わが身可愛や」はどこまで蔓延(はびこ)るのか。犠牲になるのは「正直者」だけ。ウィルス感染防御は個人的自衛権の行使のみです。

 話題を変えます。本題に戻ります。(ホントかよ)

 この国では明治のなかごろまでにおよそ4000を数える稲の品種が栽培されていたといわれます。それがここにきて、日本中が「コシヒカリ」とその一族に席巻されてしまった。(ヒカリご一統様の占領時代です)農水省の統計では2009年に日本全体の生産米のうちでコシヒカリはおよそ37%強を占めています(右表を参照)。名称が異なりますから、いかにも多品種のようにみえるのですが、じつはコシヒカリの同族種(ひとめぼれ・ヒノヒカリ・あきたこまち(の祖先は農林二二号)だけで栽培面積は全体の七割をこえているのです。同じ遺伝形質だけになると、そこから新しい品種は生みだせなくなる。いわゆる品種の退化はさけられないことはよく知られています。同族・同種だけという純粋集団はかならず滅びるのです。以下の引用を見ればこの傾向は続いていることが判明します。(人間動物も例外ではない)(二世や三世議員の跋扈は「政治劣化・道義腐敗」の象徴だよ)

●平成30年産うるち米(醸造用米、もち米を除く)において、全国で最も作付が多かった品種は「コシヒカリ」(作付割合35.0%)でした。2位は「ひとめぼれ」(同9.2%)、3位「ヒノヒカリ」(同8.6%)、4位「あきたこまち」(同6.8%)、5位「ななつぼし」(同3.4%)となり、上位5品種の順位の変動はありませんでした。(中略)
● 主食用米の作付割合上位10品種が全体に占める割合は73.1%(前年74.8
%)、上位20品種では82.6%(前年84.1%)でした。(平成31年4月11日 公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構)

 社会生物学者のエドワード・0・ウィルソンは同じ問題を、他国の例をもとにして指摘しています。彼からは「アリの習性」をぼくは学びました。大胆な仮説を提示し、なにかと物議をかもしたこともあるようです。この分野においても、進化論、劣性遺伝、優生学などなど、いまなおダーウィンの傘の外に出るのはむずかしそうです。一方で遺伝子解読、ゲノム解析などの驚異的な「前進」により未知の問題から困難な挑戦を受けています。そのとき、われわれは何を根底(核心部)にすえて課題をとらえるべきなのか。答えは明らか。「経済(金)だよ」と大きな声が内外から聞こえる。それでいいのか、とかぼそい嘆きが遠くから響いているようです。ゲノム戦争は人間存在そのものにも及んでいます。

「…インドではもと三万種にものぼろうという変種のイネが農民によって栽培されていた。ところがその多様性はどんどん狭められ、西暦二〇〇五年にはイネの作付け面積の四分の三は一〇足らずの変種になってしまうかもしれないありさまである」

   「自然選択で作られた世界では、均一であることはすなわち脆弱であることを意味する。系統の純粋さは病気に対する抵抗力を弱め、一方広大な地域に単一種を隣接して栽培するのは、そうやって強力になった敵をわざわざ招いているようなものだ。年間通じた連続作付によってますます脆弱化したアジアの集合水田は、病気の急激な蔓延に対して無防備になっており、その結果、何百万という人々の生命の糧が脅かされることになる」(『生命の多様性』上下。大貫昌子・牧野俊一訳、岩波現代文庫。2004年)

 ウィルソン(同書)によれば、実際に、70年代にインドからインドネシアにかけて、矮化病ウィルスによって稲作農業は壊滅的な被害を被ったのです。そのとき国際イネ研究所が6273種からウィルスに抵抗力のある変種をたった一種だけみつけ、雑種を作ることに成功して危機を脱することができたそうです。

 人間の集団は自然選択で作られた世界ではないから、この「コメ」の話は妥当しないといわれるかもしれません。しかし、自然選択を人為選択に変えたから危機が発生したということを考えれば、けっしてそれはイネや動物世界だけのエピソードではないといえるでしょう。現今様々な悪影響が地球上にもたらされているとされる「地球温暖化」もまったく無関係の話題ではないと思う。「多様性(variety)」が声高に叫ばれるのは、逆に「同一性(conformity」が強烈であり、そのゆえに圧殺される人や圧殺されかかっている人が多いということです。地球上のいたるところで生み出されている「難民」の大量発生はぼくたちの日常生活とは無縁でないどころか、われわれの生活から派生しているのかもしれない。「大将」は「世界のリーダー」として「金」をグローバルにバラまいている。(あるFake大統領は「彼は打ち出の小槌」といった)その昔、フランスを訪問した「総理大臣」に向かって「トランジスタのセールスマン」と揶揄した当地のマスコミがありました。今はなんと罵られているのか。Faker or Fake Star(?)「美しい日本へ」どうする(?)(中途半端。また続けます)

投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。