笑いのちから

 以下はアメリカの著名な文芸評論家、ジャーナリストだった人の実体験です。

 「わたしは十年ばかり前にハンス・セリエの古典的な名著『生命のストレス』を読んだことを思い出した。セリエはその書物の中で、副腎の疲労が、欲求不満や抑えつけた怒りなどのような情緒的緊張によって起こり得るということを非常に明快に示し、不快なネガティブな情緒が人体の科学的作用にネガティブな効果をおよぼすことを詳しく説明していた」

 「それを思い出した途端に、当然の疑問がわたしの心に湧いてきた。では積極的、肯定的な情緒はどうなのだろう。もしネガティブな情緒が肉体のネガティブな化学反応を引き起こすというのならば、積極的な情緒は積極的な化学反応を引き起こさないだろうか。愛や、希望や、信仰や、笑いや、信頼や、生への意欲が治療的価値を持つこともあり得るのだろうか。化学的変化はマイナスの側にしか生じないのだろうか」

 「たしかに、積極的な情緒を引き起こすということは、水道の栓をひねってホースの水を出すように簡単にはいかない。しかし自分の情緒をある程度までコントロールできれば、それだけでも病理学的にいい効果を生ずるかも知れない。不安の念をある程度の自信感で置きかえるだけでも役に立つかも知れない」(ノーマン・カズンズ『笑いと治癒力』松田 銑訳、岩波現代文庫。2001年)

 ノーマン・カズンズ(Norman Cousins)(1915~90)アメリカの最も高名なジャーナリスト。『サタデー・レビュー』の編集長を三十年にわたって務めた。また、広島の被爆女性25人をアメリカに招き、皮膚移植手術を受けられるように図った人でもあった。彼は1964年に重度の「膠原病(collagen disease)」に罹り、完治の確立は「五百に一つ」と診断されたほどでした。カズンズは海外旅行から帰国後(64年8月)、「最初のうち何となく身体中がズキズキするような不快感を感じたが、それが見る見る悪化した。一週間経たないうちに頸も腕も手も指も脚も動かすのがむつかしくなった。血沈は八十を越えた。(中略)わたしは入院した時に血沈が八十八に達し、一週間以内にそれが百十五にまでなった。これは通常危篤状態の信号と見なされる数字だった」

〇血沈(けっちん)=赤沈とも。赤血球沈降速度(反応)の略。血液に抗凝固剤を加えて一定の細管内に注入後,直立放置すると,血漿(けっしょう),血球の分離が起こるが,各種感染病,膠原(こうげん)病,悪性腫瘍(しゅよう),貧血等の患者ではその分離が短時間で起こる。通常はウェスターグレン法が用いられ,1時間値男子10mm 以内,女子15mm 以内を正常とする。(マイペディア)

 入院した病院では一日に四回も別々の部署によって血液標本を採るということもあった。「わたしは三日に一回しか血液は採らせない」と病室のドアに張り紙したほどだった。やがて、カズンズは病院の治療体制に対する徹底した批判を行うことになる。「そのうちに間もなくわたしは、病院は重症患者の居るべき場所ではないと確信するようになった。基本的衛生尊重の観念が呆れるほど欠如していて、ぶどう状球菌その他の病原体がまたたく間に病院中に拡がりかねない状態であるし、また何かといえばレントゲンを撮りまくり、トランキライザーの強力な鎮痛剤を無差別に乱用しているとしか思えないし、しかも時にはそれが患者の治療上の必要よりもむしろ病院の職員側の看護の都合から行われているらしかった。また病院の日課のほうが患者の休養の必要よりも優先するのがしきたりになってしまっている」

  「地獄に仏」とはよくいったものです。カズンズの主治医はヒッツィグ博士だった。彼は「患者の立場に身を置いて考えることができる人」だったから。しかも二十年来の親友だった。病状を正確に告げたし、治療法や病院の体制の欠陥を受け入れてもくれた。そこで、カズンズは「健全な情緒を追求する組織的な計画」を遂行しようと試みた。

 そのためには二つの条件(問題)をクリアしなければならなかった。

 第一は投薬法(多少でも毒性のある薬が使われているとすれば、成功は疑わしい)

 第二は病院の問題(もっと積極的な人生観を持たせてくれる場所をみつけなければ)

 その当時、彼は関節や椎骨(脊椎を構成する骨。全部で32~34あるとされる。頸椎、胸椎、腰椎など)のほとんど全部が「まるでトラックに轢かれているように痛んでいた」 危険な鎮痛剤(アスピリンなどの抗炎症剤)の投与をやめたらどうなるか。

  「わたしは痛みは心構えによることをよく知っていた。たいていの人は、どんな痛みでも痛みとなれば、あわてふためく。痛みはこわいという広告に取りまかれて、おどされつづけているから、ちょっと痛みらしいものを感じると早速にあれこれの鎮痛剤を使う」「痛みは人体の魔術だ。それは肉体が脳に向けて、何か故障があるぞと知らせる信号なのだ」

 ビタミンCが血液の酸素化を助けるという説を医学論文から見つける。膠原病患者にはビタミンCが不足しているとの報告もあった。それは膠原病による組織結合の破壊過程で大量に消費されるからであると考えられた。博士はこのようなカズンズの考察にていねいに耳を傾けた。「博士とわたしとの相互協力という考え方はまことに結構」ともいった。

 この本からぼくも大きな影響を与えられました。「握ったこぶしを開け」という哲人(アラン)の教えを再確認したからです。また、つらい病に苦しんでいた友人や知人にも一読を、と差し上げたことがありました。ある友人は「助けられた、ありがとう」とお礼を言われましたが、もちろんカズンズに対してでした。「笑い」については、多くの人が考察を重ねてきております。可能なかぎり読もうとしましたが、大半は挫折した。「笑い」をなんとも味気なく書くというのも一種の才能でしょうが、ぼくには無用なものです。「歴史」が暗記ものになり下がった学校の授業のようですね。ところがこの本はまず面白かった。カズンズの指摘する「療法」を彼の本で実践したわけでした。面白くなければ「本」じゃないといいたいですね。カズンズについては後日談があるのですが、それは次項で。入院中に「どっきりカメラ」のスタッフを病室に招き映写会もやっと言います。セリエの本はぼくも所持しています。「ストレス」なる概念を明確にした人としても高名な方でした。いまは終末医療のプログラムに「寄席通い」を導入した病院もあります。「笑う門には、福来る」笑いは百薬の長者だ。(「医療と教育」に共通な課題は)(この項、続く)

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dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。