「私の組の生徒」

   一、劣生がいない

 私は劣生がいない教室、劣生などいなくなるような教育、ということをいつも念願しているものであり、また事実劣生などというものはいないものであり、またいなくなるものであるということを信じているものであるが、そういう私の考え方の基調をなすものは「知能優秀者のみがけっして人間価値の大なるものではない」ということである。問題は子どもの生活に対する態度にあるのであって、現在の生活対象、生活環境に対して、いかに真剣にして誠実なる努力をなしつつあるかどうかによって、人間の価値は測定され決定されなければならない。(略)

   二、競争を認めない

 よく私が競争を認めないというと、大反対する人がいる。それでは進歩がなくなるという。子どもが怠けてしまうという。けれどもそれはまちがいではないかと私は思う。競争させなければ進歩がないような子ども、怠けてしまう子どもをつくること、そのことがまちがっているのではないかと私は思っている。そういう、競争を利用し競争によってのみ効果をあげようとする教育は、他人をおしのけ自分だけ偉くなろう、成績をよくしようとする、きわめて利己的な、功名心とか敵愾心とか競争心とかのみを持った子供をつくってしまう教育である。そしてその半面には、自己の力をあきらめ、いじけてしまうようなこどもを大ぜいつくる教育である。(略)

   三、自己完成

 私は朝の会礼などのとき、「右へならえ」などと号令をかけたこともないし、またかけようとしたこともない。けれども長い間には、子どもはいつの間にかけっこうよく並ぶようになる。それは、私は「前へならえ」と号令をかけるかわりに、それ以上の努力をつくして、教室のなかで、また他人の見ないところで、学級全体の子どもの自己完成力、すなわち子どもの心を育てているからである。子どもが自分の心でほんとうに前へならおう、自分たち全体の心でほんとうによく整頓しよう、とする心を育てきたえるからである。ささやかであってもその努力は、いつかはだんだん現れて、号令をかけられなくも、いつでもどこでも、並ぶべきときに自分たちの手でしっかり並ぶ、という子どもになってくるのである。(略)

   四、心を育てる

 私は、子どもの心をしっかりと育てれば、自然と子どもの行動はよくなる、指導者が真剣に専心に念々子どもの心に着目し、すぐれた人生観とかゆたかな情操とか、また正しい判断力とか意志力とかいうものを、力強く子どもの心のなかに植えつけてやれば、末梢的な子どもの行動を口うるさく訓練しなくとも、子どもの行動は、子ども自身の意志で自然と訂正され、りっぱになっていくものである、ということを深く信じているものであり、この心の育て方、心の訓練の仕方こそ、われわれ教育者が最も苦心すべき指導技術であり、教育技術でなければならないと考えているものである。(略)(斉藤喜博『教室愛』昭和十六年)

 「四つの誓い」なんて、ちあきなおみさんのようですね。彼女の「矢切の渡し」は素晴らしい。「歌は経験だ」という見本じゃないですか。ある男性歌手(お地蔵さんのような風貌)がどうしてこれを歌ったのかよくわからないほどに、なおみさんの歌唱力をふくめた歌う条件は十分に過ぎるとぼくはいつも聴きながら涙が出ます。ぼくはこれを耳にしたとき、矢切はしっていましたが、「わたし」は「私」だと思いこんでいました。それで意味がよく通じなかったので、石本美由起(作詞)さんともあろう詩人がと訝りました。作曲は船村徹さん。「サブちゃん」の兄貴分。お二人とも亡くなられた。ここでyou tube なら歌うところですが、羽目は外さない。悪しからず、です。

 この『教室愛』は斎藤さんが三十歳の時に出版されました。彼は昭和五(一九三〇)年に十九歳で教師になりました。まさしく「戦時」体制のさなかでした。そのような時代に、群馬の片田舎、利根川べりの小さな小学校で戦い抜こうと苦闘していた人がいたのです。「四つの誓」ともいうべき不可能事を彼は終生にわたって実現しようとしたんですね。教育というものがもっとも危険にさらされる時代にありながら、斉藤喜博にとっては身命を賭してもあまりある仕事であったとうことになります。今日から見れば、まるで奇跡だと思われます。教育というものの力が信じられていた時代でもあったんです。そこに身命を賭した(大袈裟ではなく)教師がいたというのです。信られない話(「騙り)ではない)。余話ですが、斎藤さんは「アララギ」の土屋文明さんに私事。たくさんの闘いの短歌(科の場合は啖呵かな)を残されています。いずれは紹介を。

 ぼくは斎藤さんからも計り知れない恩義というか教えをうけた。じつに「薫陶」をうけたというのがふさわしいと今でも考えています。もちろん、批判精神は失わないで、でした。どんな人にも欠点や弱点はあるのがあたりまえじゃん。いまでは、こんな教師は「絶滅」しました。どこをどう探しても発見不能になったと思います。

 教育をいかに見るかは人それぞれですけど、反吐をはきたくなるほどに学校教育は堕落し退廃しているからこそ、という一種の変革への祈願というものもわたしにはあります、いやありました。(何事においても、「すべて然り」ということはあり得ない。現状を安易に受け入れないで精進されているたくさんの教師たちの存在を否定はしない)教育を考え教職というものの価値や望ましい姿を自ら(教師になっている人、教師になろうとしている人、あるいは親を含めて、現今の学校教育に関心を持つ人、もとろんここには子どもも入る)のうちに作り上げようとして、自ら意欲し、自らを高めようとしなければ、教育はいつまでたっても試験や成績や受験などといった情けない袋小路に閉じこめられているにちがいないんですね。哲学(覚悟)の問題としても「優劣の彼方」をめざすことからはじめたいぜよ。

投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。

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