
~~~~
オーデンには「時事詩」と称されるものがいくつかあります。前項で挙げた「1939年9月1日」はその代表作でした。この詩を紹介した堀田善衛さんは「その開戦の日の、これから先なにが起るかわからぬ不安と恐怖を、これほどまでにも具体的に記した詩文を、私は他に知らない。しかもその日にいたるまでの十年間の歴史もが、的確にかえりみられているのである」と述べられていました。「ルター以来この方、文明を狂気に駆り立てたすべての罪咎を暴くことは、精細な学問ならできる」「追放されたツゥキディデスは、すでにデモクラシーが何であり、独裁者がいかなるものか、老人たちが墓場への途次、いかなる繰り言をくりかえすか、知るべきことはみんな知っていた、そして歴史を書いた」「私たちは、そのすべてを苦しまねばならぬ」「鏡の中から現れてくるのは帝国主義の顔と国際的な悪である」<Out of the mirror they stare, Imperialism’s face And the international wrong.>(オーデン・前掲)

それから三十年後、またしても「帝国主義の顔と国際的な悪」が、この地上に現れたのです。その「帝国主義の顔をした、国際的な悪行」を、詩の言葉で撃破しようとしたのが「1968年8月」でした。堀田さんの訳文をそのまま引用しておきます。第二行目、堀田さんの引用は<Things quite impossible for man>となっていますので、そのまま使わせてもらいました。堀田さんが「言葉」とされているのは<Speech>です。それはまぎれもなく、「非武装抵抗」であったでしょう。いかなる「人喰い鬼」でも、<Speech>を支配できないのだ、とオーデンはいう。「言論・言辞」はそれだけでは、たんなる記号、単語の羅列です。その「言葉」に、ミサイルや戦車に勝るだけの力を持たせるのは、何でしょうか、それが、今も問われています。「ペンは剣よりも強し」<The pen is mightier than the sword.>と証明するだけの「ペン」は、一網打尽の如く、いたるところで折られてしまっているではないか。だれが、「ペンは剣より強い」と示せるのでしょうか。権力はまず「元老ん』を弾圧する、唯々諾々と、それを受け入れていないか。我も他人も。
人喰い鬼はまことに人喰い鬼らしく 人にとって不可能なことをやってのけるものだ しかし獲物として一つだけ奴の手の届かぬものがある 人喰い鬼は言葉をものにすることは出来ないのだ 圧伏された平原を横切り 絶望と殺戮の中を横切り 人喰い鬼は尻に手をあてがって 唇からよだれをほとばしらせて歩いて行く (堀田善衛「天上大風」ちくま学芸文庫)

◉ チェコ事件(チェコじけん)=チェコスロバキアの自由化政策 (プラハの春) に対して 1968年8月にソ連などが行なった軍事介入。チェコでは,A.ノボトニー政権のもとでの非スターリン化の遅れ,官僚主義,経済停滞などへの不満が,67年6月の作家同盟大会などで爆発。 68年1月の党中央総会で A.ドプチェクが党第一書記に就任し,人事の刷新,検閲の廃止,政治的自由の回復,経済改革などを大胆に進めはじめた。ソ連,東ドイツ,ポーランド,ハンガリー,ブルガリアは,7月に反革命の危険に関する書簡をチェコ指導部に送り,7~8月のチェコとソ連間のチェルナ会談,8月のチェコと前記5ヵ国のブラチスラバ会談で妥協が成立したが,チェコの自由化が他の東欧諸国に広がるのを恐れたソ連は前記4ヵ国とともに8月 20日夜に突如 20万の軍隊を送りチェコ全土を占領,指導者を逮捕,モスクワへ連行した。チェコ国民は非武装抵抗を続け,ドプチェクらが帰国後国民に平静を呼びかけたため事態は鎮静し,69年4月以降 G.フサークら保守派が復帰した。のちに東欧への干渉は「ブレジネフ・ドクトリン」として正当化されたが,89年 12月ワルシャワ条約機構5ヵ国 (ソ連,ブルガリア,ハンガリー,東ドイツ,ポーランド) 首脳は「プラハの春」軍事介入について「主権国家チェコスロバキアへの内政干渉であり,非難されるべきだ」と誤りを公式に認める声明を発表。ソ連も独自に謝罪の声明を発表した。(ブリタニカ国際大百科事典)

◉ プラハの春(プラハのはる)=1968年チェコスロヴァキアにおいて自由化運動が進められた時期の名称 チェコスロヴァキアでは,ノヴォトニー第一書記によるスターリン的しめつけに対する反発が生まれ,経済の停滞から1968年1月にノヴォトニーが失脚して改革派のドプチェクが第一書記に就任した。ドプチェクは「人間の顔をした社会主義」を唱えて言論の自由化や市場原理の導入などの改革を断行。共産党は4月の行動綱領でこの路線を確認し,知識人らも6月に「二千語宣言」を発表して自由化支持を表明した。この“プラハの春”は,共産圏からのチェコスロヴァキアの離脱と東欧諸国への波及を恐れるソ連の介入を招き,8月20日ワルシャワ条約機構軍(主力はソ連と東独軍)がプラハに侵攻して武力弾圧を行った(チェコスロヴァキア事件)。ドプチェクは解任されて改革は終息し,第一書記となったフサークの下で改革派は共産党から追放され,ソ連との関係改善をはかる「正常化政策」が進められた。(旺文社世界史事典三訂版)
####################

「ソ連」が「ロシア」になった歴史を無視しているのが、戦争犯罪人の「プーチン」です。第二次世界大戦以来の「ソ連」の政治的軍事的狙いを見れば、けっして世界の諸国と伍して「平和裡に」物事を進めようという姿勢や態度はまったく見られません。「悪の枢軸」と、どこかの大統領が、ある国を指して言いましたが、今日の「ソ連ーロシア」は、まさにそれではないか。間違って「権力掌握」を果たした輩は、その権力維持のために、あらゆる手段を使う。「帝国主義の顔」で「国際的な悪」をなす、そんな連中によって絶えず、この「殺戮」は繰り返されてきたのです。見方を変えれば、「国際的な悪」も「帝国主義の顔」も、どこの国だって持っているし、持ちうるのです。「プラハの春」を戦車で踏みつぶした「ワルシャワ条約機構軍」(実態はソ連ですが)の構成メンバーのいくつもが、今日のウクライナ侵略に異を唱え、ウクライナ国や同市民のために、軍事的経済的人道的に支援・支持しているのを見ると、国家や権力というのもが、どんなに非道で無慈悲な、別の側面では、節操を持たない、移ろいやすい、日和見主義の愚連隊であるかがわかろうというもの。
HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH
「ウクライナの春」は、まだまだ来ない来ないかも知れない。でも、春は必ず来るのだ。頻りに「プラハの春」を想い出しては、春には嵐がつきものであると思ったりしています。弾丸やミサイルの嵐は、断じて許されないものだぞと、ひそかに声を出しながら。(ヘッダーはプラハを流れる「モルダウ」です。スメタナの「わが祖国」も、そこに、滔々と流れているのでしょう。(スメタナ『わが祖国』より「ブルタバ(モルダウ)」-プラハの風景-:https://www.youtube.com/watch?v=M3SmylXuTUc)

ぼくは「無政府主義」を公言してきました。どんな組織・集団でも「政府的なもの(governmental)」は必要です。村や町の自治会みたいなもの。それらが、必要以上に権限や権力を行使すると、ろくなことにはならない。その程度のものとして「政府・機関」は認める、そんな「無政府主義者」を自称してきたのです。戦車やミサイルを持っている「自治会」は、隣町の「自治会」に脅威を与える。しかし戦車やミサイルがないから、戦争にはならない。平成の「市町村合併」がもてはやされましたが、それは戦車やミサイルだけは持っていない「帝国主義」の真似事だと思ったりしました。(大きいことはいいことだという、本当の「嘘」です)「小は小で生きる」すべがあるのです。あらゆる「生命体」はすみわけ(棲み分け)をしています。どうして人間集団のいくつかは、それができないのか。愚かしいこと限りないし、悲しいことは底なしです。

ロシアという<ogre>は「圧伏された平原を横切り 絶望と殺戮の中を横切り 人喰い鬼は尻に手をあてがって 唇からよだれをほとばしらせて歩いて行く」、そんな暗黒の景色がぼくたちに見えているでしょうか。「歴史は繰り返さない。人が繰り返す」と誰かが言いました。誰が言ったかなどはどうでもいいことで、同じような過ちを何度でも繰り返す、そんな人間がいるのであろうし、ならば国家でも、性懲りもなく「悪行」を重ねる国家があるのでしょうか。しかし、「国家」が悪いのではなく、もちろん「国民」が悪いのではない、その「国家や国民」を隠れ蓑にして、自らの賤しい、お粗末な「野心」「野望」「見果てぬ夢」を、無駄・無謀とは知りながら、あるいは知らないで、追い求めているんです。そんなことのために、だれかれを「地獄」にまで連れて行かないでほしい。蟻や蚯蚓(みみず)以下というのがふさわしいと言うべきか。例えようのない「人喰い鬼」としかいいようがありません。
OOOOOOOO
蛇足ながら。【ブリュッセル時事】国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)は16日、ロシアに対し、ウクライナ侵攻の軍事作戦を即時停止するよう命じた。ドナヒュー裁判長は、ロシアの武力行使が「国際法に関する非常に深刻な問題を引き起こしており、深く懸念している」と表明。ロシアを提訴したウクライナ側の命令要請を認めた。(時事通信・2022/03/16)ーーこの決定を「歯牙にもかけない」ロシアをどうして、更生させることができるのか。(2022/03/18)
_________________________________