鰹売りいかなる人を酔わす…(20/06/26)

途上
 
ああいつとなく 私に親しい人々も 既に半ばはみまかつた
ふと途すがら 昔の家の離家にゐた 獨身のかの老女を憶ふ
それもこの 梅の香りの戲れか 多謝す路傍の君子
――海が見える 一轉瞬の幻を 海の碧に委ねよう
              (三好達治『山果集』所収)

*三好達治(1900-1964)大阪市生れ。東京帝大仏文科在学中、梶井基次郎らの「青空」同人となる。1930(昭和5)年第一詩集『測量船』を刊行。日本の伝統詩と西欧近代詩が融合した、新しい抒情詩人としての名声を決定づけた。『一点鐘』『花筐』『駱駝の瘤にまたがつて』などの詩集の他、「萩原朔太郎」など評論も多く、翻訳には『巴里の憂鬱』『昆虫記』などがある。(新潮社偏)

 鎌倉の海に鰹といふ魚は、かの境にはさうなきものにて、この比(ごろ)もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄りの申し侍りしは、「この魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭(かしら)は下部(しもべ)も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と申しき。
かやうの物も、世の末になれば、上(かみ)ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。(『徒然草』百十九段)

 夏至は、挨拶なしに過ぎてしまった(6月21日)。数年前は必ず、鰹で一杯また一杯でした。近年では年中賞味できる魚になり、いきおい「はかばかしからざる人」としては、初夏暑中の楽しみの種でした。いまでは下戸、いやまったく呑まず。それにつれて「鰹」も遠くなりました。芭蕉は兼好に誘われたのか。「舌の上 小判消えゆく 鰹かな」、江戸期はかなり高価なものでした。

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