疑問論難止むときなし(20/04/09)

 江戸期における陽明学(儒学)の開祖は中江東樹(1608~1648)とするのが通説です。彼には図抜けた弟子がいた。「わが門下に躰充(たいじゅう)とて、俊秀なる人ありて、平日疑問論難止むときなし」という具合で、つねに師を質問攻めにした。弟子の「疑問論難」にていねいに応答して生まれたのが藤樹の『翁問答』(1640(寛永一七)年ごろ)だった。師に対する「平日疑問論難止むときなし」という弟子の挙措は学問(ものごとを分かろうとする態度)のあり方を示す証拠となろう。この弟子は分かった振りをするなどという曖昧な素振りはとらなかった。胸の温気(うんき)で疑問を氷解させようと努めたのです。

 大人(教師)と認められる人の大切な資質は、子ども(生徒)に質問しつづける姿勢だと私は考えてきた。大人(教師)に対して、これまた疑問でいっぱいになった子ども(生徒)が出会うとしたら、そこにどんな現象(化学反応)が生じるか。ひょっとして火花(スパーク)が散るかもしれない。(何にも起こらないのがほとんどですね)(今の時代、生育不良の子どもじみた大人がなんと多いか。それは自他=社会にとって、じつに不幸なことです)

  人とていねいに交わることが「学問(学習)」の端緒であり、その方法ではないかといいたい。人と交わるといって、会って挨拶を交わす、気候や世間の噂を云々するばかりを意味しないのはいうまでもない。(social distance を「社会的距離」だと。島のだれが言い出したのか。隔靴掻痒、いやな言葉だな。要するに「間」、「間合い」でしょ。) 

 わが胸中に好奇心や疑問をもたなければ、「学ぶ・教えられる」という経験はなんともつまらないお仕着せ(苦行、惰性)になってしまう。気の進まないままに教室に入り、赤の他人から「干乾びた一連の単語」(それは情報ですらない)を授けられるだけ。未知の人が着古した衣服に自分のからだを合わせるような、窮屈さやしどけなさしか感じられない服従の態じゃないですか。(山埜郷司・やまのさとし)