
アメリカはかなり寛容で順応主義的な社会であり、まさにそれが、この地に構築された政治風土のパラドクスです。しかし、近い将来にアメリカの国境内でもう一度、たとえ今回と比較して人命損失が小さかったとしても、何らかのテロ攻撃が起こったとしたら、非正統的なものや多様性を尊重する広範な支援の声は、永久に壊滅的な状態に置かれます。戒厳令に相当する措置がとられ、それは憲法で保障される個人の諸権利、とくに言論の権利の崩壊につながっていくでしょう。でもいまのところ私はまだ、慎重ながらも楽観しています。わたしのような異なる意見を述べる知識人ー残念ながら少数にすぎないーに対する懲罰の熱狂的な波がいくつか起こっていますが、経済の悪化などの現実問題が逼迫してくれば、それも早晩、雲散霧消していくかもしれません。

(ソンタグ『この時代に想う テロの眼差し』NTT出版2002)
ソンタグ【Susan Sontag】[1933~2004]米国の女性批評家・作家。芸術や医療、政治など幅広い分野について批評活動を行った。小説「死の葬具」、評論「反解釈」「写真論」「ラディカルな意志のスタイル」「隠喩としての病」など。(大辞泉)
ソンタグは〈9.11〉の直後に上の言明を発しました。2年後(2004年12月28日)に彼女は亡くなります。71歳でした。ユダヤ系アメリカ人。卓越した批評を読むたびに、ぼくは深く啓発されてきた。彼女はまぎれもなく「一人称で語る」権利を行使した代表的な人、稀有な存在でした。現下の米国に起こっている事態は「図星」というべきか。(「コロナ」という名の禍に模したテロといえるかどうか)同じことがまた、この島社会にも生じている、「沈黙」を強いる圧力が。それは、世界規模(パンデミック)で耳目に入らざるを得ない、殺伐とした風景です。(山埜郷司)